第167話 騎士、少女を諭す
王宮の周りを形成する、高い壁。
見上げると首が痛くなりそうな位。
表面は土塗りで、上になればなる程外側に反り返って出っ張っている。
簡単にはよじ登れない仕組み。
壁の頂点は立っている丘より1メートル程はみ出しているので、梯子を掛けるのも難しい。
これで堀でもあれば、ほぼ完璧な要塞になるだろう。
王宮としては似つかわしく無い姿。
ラヴィの居た宮殿は、もっと煌びやかだった。
権力の象徴の様に。
ヘルメシア帝国の皇帝は、そんな事はどうでも良いらしい。
常に何かに怯えている。
ラヴィには不憫でならなかった。
坂の頂点にある、大きな門。
これもまた特徴的。
門の扉と言えば、中央から左右に開くのが一般的。
しかしここの扉は、向かって右側は外開き。
左は、レールに沿って横にスライドさせる方式。
左右で構造が異なる。
これも、守り易くする工夫なのか?
しかも右が〔幅1.5メートル程、高さ2.5メートル程〕で木製。
左が〔幅15メートル程、高さ3.5メートル程〕で鉄製と、随分差がある。
頑なに侵入を拒んでいる。
兵士が壁の上を巡回しているのも見える。
人が歩けると言う事は、厚みも相当か?
興味が尽きない。
熱心に見入るクライス。
これは並大抵の知識では作り上げられない。
誰の入れ知恵か?
錬金術師?
それとも……。
門の右手に詰所が在る。
トクシーがそこへ行き、ごにょごにょと用件を伝えると。
中へ誰かが伝えに行った様だ。
トクシーが皆の元へ戻って来る。
ご苦労様と言った顔で、デュレイが話し掛ける。
「いつもの事ながら、面倒臭いな。」
「ああ。警備が厳重なのは、致し方無いが。」
『それより』とトクシーが、階段に座って休憩している元スラッジ民を見る。
詰所に居る者も、あの集団を見てギョッとしたそうだ。
トクシーがデュレイに念を押す。
「本当に、彼等を中へ導いて構わないのだな?」
「それは心配無用。クライス殿とも話したしな。」
「ほう。それで彼は何と?」
「一言、言いたいそうだ。」
「苦情で無いと良いがな。」
「彼なら、やりかねないな。」
ハハハと笑い合う2人。
クライスは、誰に対しても同じ目線で語る。
貧民であろうと、王族であろうと。
敬語などの礼儀は欠かさないが。
その奥、相手をどう見てているのかは量りかねる。
何せ、敵国の騎士であるトクシーやデュレイには敬語で。
自国の王女であるラヴィにはタメ口。
〔その方が、ラヴィも気を遣わなくて良い〕と言う理屈は分かるが。
事情を知らない者が見たら、不敬罪で告発されかねない。
彼には、恐れなど無いのだろうか。
そう思わせる態度。
困った時や悩んでいる時には、頼もしく感じるが。
敵には回したく無い。
2人の認識は一致していた。
門が開くには時間が掛かりそうだ。
その間に、ハリーに事情を話そう。
そう考え、トクシーがハリーの元へ寄る。
「何?」
ハリーの声には、少し疲れが見える。
こんな坂を歩いて来たのだ、普段歩き慣れない道は堪えるだろう。
「済まんな、歩かせてしまって。」
「荷物が多過ぎるのよ。あれをずっと引かせていたなんて……。」
馬のメークも休んでいる。
その後ろ脚腿をラヴィが擦っている。
緩いカーブが続く長い坂道は、馬1頭では登るのがキツい。
ハリーは気を遣い、荷を軽くする為に馬車から降りた。
元スラッジ民の何人かが、荷車を押してくれた。
メークの負担は軽くなり、足取りも落ちる事は無かった。
そこまでして持って行く事は無かろうに。
ハリーはそう考えていた。
その経緯をトクシーは説明する。
「ここまで来る途中、色々な人を助けたのだ。」
「それで?」
「その度に、礼として納められる物が増えてな。」
「断れば良いじゃない。」
「出来ればそうしている。余りに善意の気持ちが強すぎて、無下に扱えなかったのだ。」
「それって、自慢?」
「……かもな。」
意外な言葉を呟くトクシーに、ハリーは首をかしげる。
トクシーにとっては、勲章に近い。
武勲を重ねた証拠。
それを一緒に献上する。
民意を背負っている風にも感じていた。
いつの間にか、ハリーは正面からトクシーをジッと見つめていた。
『早く本題に入りなさいよ』と言わんばかりに。
「そんな事を話しに来たんじゃ無いでしょ?」
「ああ、そうだったな。」
気を取り直すトクシー。
ハリーにはっきりと告げる。
「陛下への謁見が終われば、お別れだ。」
「え?どう言う事?」
急なサヨナラ宣言に焦るハリー。
静かなトーンで、トクシーは話を続ける。
「前に話したな。『さる高貴なお方に仕えている』と。」
「ええ。鎧の紋章は、どう見ても王族の物だし。それにあの子、ワンズと知り合いだったものね。」
「そのお方が理由なのだ。実は、今の我が主君は《アリューセント閣下》だ。」
「『敵国に捕らわれている』って言う、あの?」
ハリーも12貴族。
父からそれ位は聞かされていた。
そうで無くとも、周りに仕えている者の世間話から嫌と言う程聞こえて来る。
そうか、胸の紋章はそう言う……。
少し納得するハリー。
トクシーが続ける。
「私は使いなのだ。彼女等、《グスターキュ帝国の使者》をここまでお連れする役目の。」
「逆じゃないの?てっきり、あんたが勝手に連れているもんだと……。」
「それがそもそもの誤解なのだ。ただの敵国の兵士が、どうして堂々と敵領内を歩ける?」
「そ、そうだけど……。」
「私の任は、使者をここへ案内するまで。それが終われば、閣下の元へ帰還する。」
「そんな……。」
「当然の事だろう?主君の元へ戻るのは。」
「だったら!あたしに乗り換えれば良いじゃない!」
別れたく無い。
必死に引き留めようとする。
しかし、騎士に言ってはいけない言葉を発してしまった。
途端に顔を曇らせるトクシー。
「簡単に鞍替えなどと言う事を申すな。浅ましいぞ。」
うっ!
そんなつもりで言ったんじゃ無いのに!
この分からず屋!
そう怒鳴りたくなる気持ちを、どうにか抑える。
それ以上は、もっと嫌われる原因になってしまう。
ぐすっ。
涙を浮かべるハリー。
あーあ、泣かしちゃった。
そう言う顔で、遠くから見つめるラヴィ。
実はラヴィも、気に掛けていたのだ。
別れは誰だって辛い。
でもそこを乗り越えないと、先は無い。
頑張って!
心の中で、双方にエールを送る。
トクシーはオロオロせず。
ただ、こう言った。
「『今の』と申したであろう?閣下にお仕えする必要が無くなれば、その先に道の交わる事も有るかもな。」
言い方とは難しい。
クライスにアドバイスは受けたものの。
『変な希望を持たせるな』と釘を刺された。
トクシーは優し過ぎるから。
相手の人生を狂わせる事も有る、重々承知。
それでも、そう言わずにはいられなかった。
年端も行かない少女をあっさりと突き放す事は、どうしても出来ない。
それを分かっていたから、クライスはこうも言った。
『持たせた希望には、責任を持つ事』と。
それが騎士道だと。
敢えて逃げ道を作ってやった。
トクシーはそれで救われた。
ならば、応えるまで。
泣きじゃくるハリーの頭を、優しく撫でてやるトクシー。
涙の訳を分からないまま。
別れる辛さからなのか、可能性を残してくれた事に対する嬉しさからなのか。
暫くトクシーの傍で泣いているハリー。
一連の様子を、少し離れた所から見つめながら。
ハリーの未来とトクシーの未来が重なる事を、願って止まないリンツだった。




