第159話 翼の生えた何か
デュレイが手を握り締めて数分。
握り返す動作を見せる両親。
気が付いた!
そうデュレイが思った時。
父親のアドレイムが、呻く様に呟く。
「さ、寒い……。」
そこでデュレイは、改めて横になる人々を見る。
夢中だったせいか、びしょ濡れな状態の身体を把握するのにワンテンポ遅れた。
慌てて窓に駆け寄り、閉められているカーテンをビリビリ破る。
大きめに切った物は、アドレイムの体に巻く。
小さめに切った物は、母親のセリーの身体を拭くのに使う。
粗方水分を拭き取った後、一旦搾って。
今度は召使いの身体を拭いて行く。
全員を拭き終わる頃には、汗びっしょりのデュレイ。
湿度が高いからなのか、運動量が多かったからなのか。
休む間も無く、窓を思い切り開いて風通しを良くする。
爽やかな風が書斎を通り抜ける。
その風が行く付く先は。
クライスが正に入ろうとしていた、宝物庫の様な部屋だった。
豪華に飾られたその部屋は。
何故か、湿気が殆ど無い。
敢えてここは、根や枝を生やしていなかった様だ。
中を覗き込むクライス。
部屋は広い方か。
幅7メートル、奥行き10メートルと言った所。
正面には窓があり、やはりカーテンが閉められている。
横の壁には陳列棚。
入って右には調度品。
高そうな壺や宝石が散りばめられたネックレス等、権威を誇示する様な物がズラリ。
左には標本や剥製。
虫や魚の標本、小型の鳥などの剥製。
四段構成の木製の棚に、整然と並べられている。
大型の動物は趣味では無いらしい。
熊や鹿等は置いていない。
その代わり、最上段に珍妙な物が。
それは動物と言うより、キメラだった。
「亀、か。」
リンツに憑り付いていたのも、亀。
厳密に言うと、ゾウガメの姿をした魔物だが。
そこに在ったのは、スッポンの様に甲羅がツルツルの亀。
体長は15センチ程。
何故か、甲羅から翼を生やしている。
余りにも展示にそぐわない物。
水生動物の剥製は、他に無い。
その事実が、余計に目立たせていた。
スッポンの翼を摘まむ。
そしてクイッと捻る。
少し、スッポンが顔を顰めた気がする。
更にグイッと捻る。
スッポンの口と翼、同時に発せられる声。
「「イタタタタタ!」」
声を聞いて、クライスはニヤリ。
今度は両翼を掴んで、上下にブンブン。
翼からは。
「も、もげ、もげるうー!」
スッポンの口からは。
「イタタタ!こ、こら!喋るな!イタ、イタタタ!」
そしてとうとう、翼の方が音を上げる。
「は、早く!何とかしてくれ!もう良いだろ!」
何だ、折角楽しんでいたのに。
もう断念か?
弱音を吐くなよ。
クライスはそう漏らすと。
片方の翼を離し、右手でグルグルとスッポンを振り回す。
「さあ、何時まで持つかなあ?」
明らかに嬉しそうだ。
気に入ったおもちゃに出会った時の喜び。
傍からはそう見える。
ああああああ!
スッポンの口から洩れる、苦しそうな声。
そろそろか?
クライスが思った時。
「くそう!もう我慢ならねえ!」
スッポンがそう叫ぶと、翼が甲羅からスポっと抜けた。
スッポンはそのままカーテンに突入。
ズボッと嵌った後、カーテンを絡め取ってズドンと床に落ちた。
クライスの手に握られていたのは、ウィドー。
無事を確認し、パッと離す。
ウィドーもそのまま床に落ちた。
翼をピクピクさせ、『もう限界……』と呟いた後、ガクッとなった。
逆にスッポンは。
もぞもぞとカーテンから顔を出し、ジロッとクライスを見たかと思うと。
「この野郎!乗っ取ってやる!」
スッポンとは思えぬジャンプ力で、クライスの方へひとっ跳び。
胸へ向かって体当たり。
「貰った!」
スッポンは叫んだ。
ドスッ!
ぶつかった音では無い。
地面に成す術無く落ちた音。
スッポンの乗っ取りは成功しなかった。
それどころか、少々弱った感じがする。
肝心な所で力を使い切ったか?
スッポンはそう考えたが。
そうでは無かった。
「お疲れさん。」
そう言いながら、ウィドーを拾い上げるクライス。
逆さまになってもがいているスッポンを、ツンッとつま先で蹴る。
クルッと回転し、正常に戻るスッポン。
これ幸いと、凝りもせず再びジャンプ。
クライスの胸へ。
しかしまた弾かれる。
何故だ!
訳が分からない。
人間相手に後れを取るなど、今まで無かった。
簡単に乗っ取れた。
こいつだって……。
そこまで考えて『待てよ?』と思い直すスッポン。
こいつ、本当に人間か?
感じる魔力の質も、人間の物とは違う様な……。
あれこれ考え込むのを遮る様に。
軽く踏み付けるクライス。
そして、ウィドーの身体がピカーッと光ると。
力を吸い取られていく。
「うっ、ううっ……。」
スッポンは踏ん張れず、クライスに軽く踏まれているだけなのにやたら重く感じる。
ふううぅぅぅ。
大きなため息が出る。
出るが、吸えない。
『吐かなければ良かった』と思う時には、既に遅かった。
ペタンと甲羅を床に付け、手足を甲羅内へ引っ込める。
最後に頭を引っ込めると。
ウンともスンとも言わなくなった。
逆に、力が漲るウィドー。
こちらもフウッと息を吐くと、ホッとした様子。
「本当に何とかしやがった……。」
ウィドーが漏らす。
満足はしないが、まあまあな結果となり納得するクライス。
クライスがウィドーを連れて来た訳。
それは或る役目を与える為。
それはズバリ、《不純物》だった。




