第158話 呪縛からの救出
『ううう』と唸りながらこちらを睨む人影。
部屋の隅で、胡坐をかいて座り込む。
首から下は、樹木の幹の様になっている。
黒茶色で、とても堅そうだ。
頭からは、髪の毛の様な細長い物がゆらゆら揺れている。
何年も切っていないと思わせる長さで、腹の辺りまで達している。
床との接地面を見ると。
周りがもっこりと盛り上がっている。
足が腫れているとは思えない。
別の誰かが丸まっている可能性がある。
そこまで判断して。
クライスはデュレイに、観察の結果を話す。
「本体は、恐らくお父さんでしょう。足元には、複数人居る可能性が有ります。」
「複数人……。」
デュレイは考える。
この屋敷には、両親とその召使いが3人程居る筈。
パッと見、父親しか見当たらない。
かと言って、別の場所に逃れているとも思えない。
門番が居たのが、その証拠。
屋敷の中に閉じ込められているままだとすれば、ここしか考えられない。
では何故、こんな惨状になっているのか?
デュレイは、クライスに見解を求める。
「何がここで起きたんでしょうか……?」
クライスは答える。
「それは、もうすぐ分かるでしょう。」
そう言えば、突っ込んで行った筈のウィドーの姿が見えない。
クライスは、本体が父だと言った。
なら、魔力が一番集まっているのは父の身体。
普通に考えるとそうなる。
しかし、幹の様になっているそれには傷1つ無い。
取り込まれたのか?
それとも、他に魔力の濃い場所があると言うのか?
デュレイの専門外の為、己では判断出来ない。
こうなると、クライスに丸投げせざるを得ない。
クライスの邪魔にならない様、一歩立ち位置を引く。
そして剣を構えたまま、じっと見守る事にした。
そろり、そろり。
クライスは、変わり果てた姿の人影に寄って行く。
足を降ろす度、みしっと音がする。
さわさわと葉の揺れる中、尖った音。
床一面に広がっている剥き出しの根は、半ば硬直化している。
枝を折った様な音を立てながら、慎重に近付くクライス。
ゆっくり時間を掛けて、漸く傍へ到着。
上から下まで、じっくり舐め回す様に眺める。
固唾を呑んで見守るデュレイ。
数分は眺めただろうか。
クライスは、全てを把握したかの様に静かに頷く。
そして、大きく右手拳を振り被って。
ズ、ズーン。
人影の胸部分を思い切り殴った。
「!」
大声を出しそうになるデュレイ。
拳を擦り付けながら、グリグリ捻じ込む様を見せる。
そしてゆっくりと腕を引くと。
ツツーッと、何かがくっ付いているのが見えた。
物体の正体を尋ねたいのはやまやまだが。
まだ終わりでは無いらしい。
デュレイはグッと堪える。
クライスは右手をパッと開くと。
くっ付いて来た樹液のネバネバっぽい物をグシャッと掴む。
そして一気に引いた。
その勢いで、堅いと思われた幹上の胴体がグバアッと割れ。
中から人が出て来た。
前のめりに倒れ込む姿。
デュレイの父親、【アドレイム・デュレイ】だった。
服は破けたのか、裸。
かなりやせ細っている。
長期間、この様な状態になっていたらしい。
身を乗り出して、確認しようとするデュレイ。
身体のあちこちに傷はあるが、命に別状は無さそうだ。
それよりも、ここに来る前の予想が当たっているなら。
父親は《魔物に体を乗っ取られ》ている。
ピクリとも動かないが、警戒は解いてはいけない。
クライスがアドレイムを抱き起そうとした時。
「危ない!」
咄嗟に叫ぶデュレイ。
クライスの頭上から、つらら状の枝の集まりが貫こうとする。
左手のひらを頭の上に向けるクライス。
それを避けて、今度は網状に形状変化。
クライスを丸ごと包もうとする。
すっぽり包まれたクライスは。
枝が何重にも重なって行き、姿が確認出来なくなった。
どうする?
動くべきか?
いや、俺如きが取れる手段は限られている。
ぶった切るしか無いが、それでは彼まで切り刻んでしまう。
悩み、動けないデュレイ。
『どうする?』
その言葉だけが頭の中を駆け巡る。
すると。
「ご安心を。」
ギュンッ!
見る見る内に、部屋全体に生えていた枝や根が縮んで行く。
そこから姿を現したのは。
無傷のクライスと、抱えられたアドレイム。
そして召使い3人と、母親の【セリー・デュレイ】。
父親以外は、覆われる様に取り込まれたらしく。
着衣の乱れは無かった。
茂みはすっかりと無くなり、本来の書斎の姿を取り戻した。
近付いても大丈夫。
クライスは頷いて知らせる。
慌てて駆け寄るデュレイ。
剣を床に置き、それぞれの頬を叩きながら必死に問い掛ける。
「気付いて下さい!助け出しましたぞ!」
クライスは、アンから預かっていた鞄をデュレイに渡す。
「この中に有る小瓶を、飲ませてあげて下さい。意識を取り戻すでしょう。」
そう言って、スクッと立ち上がるクライス。
「何処へ?」
鞄を受け取り、心配そうな目をするデュレイ。
まさか、一人でけりを付けに……?
デュレイの不安と申し訳無さを察したかの様に、クライスは少し笑みを浮かべて答える。
「ここからが、俺の本当の領域です。手出し無用。」
そう言って、廊下へ向かう。
待って下さい!
俺も!
デュレイはクライスの背中へ手を伸ばすが、手元の鞄が目に入り躊躇してしまう。
これを託されたと言う事は、デュレイの持ち場はここ。
家族を救うのに全力を尽くせ。
そうクライスに言われていると思った。
伸ばしていた手を降ろし、そのまま鞄の中へ。
小瓶を取り出すと、横たわる人々へ丁寧に中身を飲ませる。
そして一心に祈る。
早く回復してくれ。
気付いてくれ。
俺は帰って来た。
ここに居る。
だから、目覚めてくれ……!
そして、両親の手を片方ずつ握り締めた。
クライスは、再び1階へと降りて来た。
確かに、魔物はアドレイムに憑り付いていた。
しかしクライスの攻撃によって、憑代を別の物へ移した。
突っ込んだウィドーごと。
その証拠に、ウィドーとクライスを繋ぐ金の糸はこちらに伸びている。
そして、茂っていた廊下もすっかり綺麗になっている。
ただかなりの時間水に浸っていたのか、腐食している箇所が見受けられるが。
天井からも滴り落ちる水滴。
これが指す事は。
魔物は、《水属性の魔力》で木々を操っている。
木属性も少し織り交ぜながら。
かなり高度な魔力操作の技術を持っている。
それだけは確か。
だからこそ、少し笑みを浮かべた。
骨のある奴と戦えそうだ。
久々に腕が成る。
それは自信の力を過信しているのでは無く。
挑戦者の如く、己の力を測る術を得た感じ。
クライスはワクワクしていた。
俺を失望させないでくれよ?
そう思いながら向かうのは。
意外や意外。
水場のあるキッチンでも、風呂場でも。
ましてや、トイレでも無く。
豪華な飾り付けが施された、宝物庫にもコレクションルームにも見える部屋だった。




