第150話 スラッジの救世主伝承
鬱屈した空気の中。
一行は進んで行く。
結局、スラッジの元住人は。
馬車の後ろを、2列になって行進する事となった。
そしてクライスとロッシェは位置を代わり。
ロッシェが馬車の横に。
クライスが行列の最後尾に付いた。
道案内は、『せめてこれ位させて下さい』とネルが名乗り出た。
その隣にトクシーが付く。
リンツは馬の隣に。
馬車を動かすのは、再びセレナとなった。
『ごめんなさいね、ビンセンスさんじゃ無くて』と一応断りは入れたが。
ハリーは、トクシーが下りてしまってムッとしていた。
『申し訳ございません』とリンツが謝るが、『慣れてますから』とセレナは答える。
『こんな我が儘じゃ無いのよ、今は』と言いたそうなラヴィ。
ここはグッと堪えて。
ネルの隣、トクシーとは反対側に付く。
ネルとも話してみたかったのだ。
「ネルさん、今までの暮らしってやっぱり辛かった?」
「そうでも無いですよ。」
そうネルは返答して、後ろの方で歩いているケイをちらっと見る。
「母親になってから、多少の事では動じなくなりました。」
「逞しいわね。」
「守るべき人が出来れば、誰でもそうなりますよ。あなたもね。」
そう言って、ラヴィに微笑みかける。
何か恋愛の臭いを感じたのだろう。
トクシーは、とんと気付かない様だが。
「そうかなあ。」
何と無く考えてみるラヴィ。
守りたい人。
弟、妹。
身内。
後はセレナ?
他には……。
そこで変な顔が浮かび、顔が真っ赤になる。
そして俯く。
ええい、これは無し!無し!
考えるのを放棄。
別の話題にしよう。
話を何とかすり替えようとする。
「ここに暮らしていた人って、大体……。」
「70人程ですね。」
話題転換に、敢えて乗ってあげるネル。
「多いのか少ないのか、分からないわね。」
「辺境の村では、極当たり前の人数かと。」
トクシーが話に加わる。
政治的な内容になったと思い、これなら話に加われると思った。
どうも、ガールズトークの様なジャンルは苦手。
これ幸い。
「何故この位置に、集落が出来たのでしょうな?」
「私に聞かないでよ。」
トクシーに無茶振りされ、すぐに切り返すラヴィ。
この国の人間では無いから、知らないのは当然。
でもその事実を言うと、この場がややこしくなる。
そう言うのを押し付けないで。
ジトーッと見る目は、トクシーにも意味が分かった。
それでは、ネルに答えて貰おう。
「話では、スラッジが先らしいですよ。」
「え?帝都でしょ、ここ。」
ラヴィが、至極当然な疑問を呈する。
「ええ。何でも、昔は別の場所にあった帝都を。或る代で、ここに遷都したとか。」
「へえ。何でまた、そんな手間の掛かる事を……。」
「そこで、あの言い伝えです。」
「あ、ケイの言ってた救世主って奴?」
「はい。どうやら、あの教会で信奉者が唱えたのがそのまま残った様で。」
「ふうん。」
そこでラヴィが気付く。
「信奉者?崇めてたのは神や悪魔じゃないの?」
それをネルは否定する。
「何でも優れた人物だったとか。その人が造ったらしいんですよ、あのステンドグラス。」
教会の他の部分は朽ち果てて行くのに、尚も新品同様に輝くあのガラス細工。
ヒビどころか汚れさえも無く、ただ輝きを湛える。
その神秘性が、言い伝えの摩訶不思議さを増幅しているのだ。
ネルが続ける。
「後の代の皇帝が救世主到来を恐れ、帝都建設の際ここを取り込んだ造りにした様です。」
「そんな物で防げるとは思えないなあ。」
ラヴィは納得が行かない。
「同意です。他に理由が有るのでは?」
トクシーが同調する。
ネルは困った顔をする。
「私もそこまでは……。何せ、シスターの受け売りですし。」
「シスターも居たの?」
そう言って、ラヴィは付いて来る群衆に目を凝らす。
でもそれらしき影は見えない。
再びネルの顔を見るラヴィ。
そして首をかしげる。
妙な動きに笑いそうになるが、ネルは我慢して返答する。
「今は居ません。もう何年も前に……。」
「亡くなったの?」
聞いちゃいけない事だったかな?
ラヴィの顔が少し曇る。
「いいえ、出て行ったんです。『伝承をもっと世に知らしめなければ』と言い残して。」
「なーんだぁ。そうだったの。」
傷付けたと思ったので、ホッとしたラヴィ。
すぐに聞き返す。
「何処に行ったのは、分からないの?」
「残念ながら……もう高齢でしたのに……。」
つくづく思いにふけるネル。
「まあ、元気にやってるでしょ。意外と。」
「そうだと……良いですね。」
無理やりなラヴィの励ましに、笑って答えるネル。
そんな雑談をしている内に。
スラッジの端に来た。
ネルが言う。
「ここからは、墓地を通り抜けて行きます。その先がガティの《外周》になります。」
「外周?ここって町中じゃ無かったの?」
もう町に入っているものだと思っていたラヴィ。
ネルが答える。
「先程、『取り込んだ』と言ったでしょう?それは支配下に置いただけで、人が暮らす場所として認めてはいないと言う事ですよ。」
「そんな、酷い!」
「いや、分かりますよ。」
粋がるラヴィに、トクシーは冷静に言う。
「怖いから、目の届く範囲に置いておきたい。でも触りたく無い。関係者なら筋が通ります。」
「関係者って、自分が倒される側だと考えたの?どんな圧政を敷いていたのよ……。」
トクシーの例え話に、王女として呆れるラヴィ。
反感を買ってるのを自覚してるなら、直せば良いのに。
為政者として、どうよ?
ラヴィには不満だらけ。
今の皇帝もそんな考えなら、やっぱり私が仕切らないと……。
野望達成を今一度誓うのだった。
墓地に入った一行。
馬車は何とか、中央にある道を通る事が出来た。
それにしても、デカい。
ダイツェンの首都〔ナイジン〕から無理やり通らされた共同墓地なんて、比較にならない程。
それだけ、ガティは大都市だと言う事なのだろう。
石で出来た立派な物もあれば、ただ板をぶっ刺しただけの物も。
それで何と無く、葬られた人の階級が分かる。
そして一般人より上の位の者は、別に墓地がある様に感じた。
遠くまで墓は見えるが、背丈は人間より低かったのだ。
見栄っ張りが集う上流階級が、そんな墓で満足する筈が無い。
まあ、そんな事どうでも良いか。
そこまで考えてラヴィは、ふうとため息を漏らす。
クライスと旅した時間が長くなり、目に入る情報を一々勘繰る様になってしまっていた。
要するに、考え過ぎる癖が付いた。
お陰で、余計な心労を背負う事に。
恨むわよー。
と思うと同時に。
それまでの思考パターンでは気付かなかった事を、気付ける様になった。
そこは感謝していた。
結局、自分にとってクライスとは何なのか?
そこに行き当たる。
ああもう、面倒臭い!
これも無し!無し!
必死にクライスの陰を否定しようとするラヴィ。
そんな事をすれば、余計に意識してしまうのに。
ラヴィは、まだ若いと言う事。
それで、良しとしよう。
度胸の付いたラヴィとは対照的に、周りの景色が辛気臭くて参って来るハリー。
疲れたので、目を閉じてセレナに凭れ掛かる。
段々眠くなる。
馬車の振動が心地良くなってくる。
ああ、まるでお母様の隣に座っている様。
懐かしいな……。
そう思っている内に、本格的に寝てしまった。
その健やかな寝顔を見て、かつてのラヴィを思い出すセレナ。
セレナのハリーを見る顔は、慈愛に満ちていた。
やっと墓地を抜けようとしていた一行。
何だかんだで先頭を歩いていたラヴィが、そこで目にした物は。




