第133話 少女の一途な我が儘(まま)は
「と、突然何を……。」
『婚約解消に付き合え』などと言う突拍子も無い言葉に、驚きを隠せないトクシー。
しかし、少女の目は真剣だった。
「お父様が無理やり決めちゃったのよねー。まあ相手が相手だし、渋々従おうかと思ってたけど……。」
ハリーはそう言うと、真っ直ぐな目でトクシーを見る。
「現れちゃったもんねー、白馬の騎士が。丁度良いかなって。」
ギクッ!
騎士だって!
それも白馬の!
夢見がちな年頃なのだろうが、大人を揶揄うもんじゃない。
これは何としても避けなければ。
トクシーが考えている内に。
「おーい。どうしたのー。」
接近する馬車から、ラヴィが声を掛ける。
そしてハリーを見つけると、馬車からスタッと降りて来た。
「何?女の子にちょっかいでも掛けてるの?」
「いや!いやや!そうではありません!向こうが勝手に……。」
トクシーがラヴィにそう答えるが、ハリーは気に入らなかったらしい。
トクシーの左腕にガシッと掴まり、ラヴィに向かってアッカンベー。
「トクシーはあたしと一緒に行くの!あんた達は要らないの!どっか行って!」
流石お嬢様、我が儘を貫き通そうとする。
しかし、お嬢様度では格が違った。
「どっかに行くのはあんたよ。ほぉら、向こうで待ってるわよ。」
顎をくいっと上げて、ハリーの後ろを見やる。
振り向くと、スーツ姿の老人が立っていた。
白髪交じりで、年は60過ぎに見える。
シュッとしたシルエット。
「じいや!」
ハリーは思わず声を出す。
確かに巻いた筈。
こんなに早く見つかるとは。
「お嬢様。戻りましょう。」
そう声を掛け、ハリーに近寄る老人。
首をブンブン振って抵抗するハリー。
「嫌!戻らないもん!この人と一緒じゃなきゃ!」
「またそんな我が儘を……お困りになってますよ。」
老人が諭すが、頑として動かない。
しょうが無いわね。
いっちょ、ぶん殴りますか。
腕捲りをしてラヴィが寄って行く。
その時。
「良い加減にしないか!」
腕をブンッと振って、ハリーを引き剥がすトクシー。
怒った顔は真剣だった。
「そのご老人はハリーの大切な人だろう!無下に扱うんじゃない!」
「で、でも……。」
「でもじゃない!周りの人を蔑ろにする輩は、こっちから願い下げだ!」
最早、トクシーの言葉は暴力的だった。
それでも。
「変われるチャンスなの!変わりたいの!お願い、一緒に行って……!」
食い下がるハリー。
そんなに婚約を破棄したいのか。
ハリーの言葉はやや震えていた。
優しいトクシーだが、心を鬼にする。
「私も彼女等と旅の途中なのだ。止める訳には行かない、大事な旅の。」
そう言って、ハリーを睨みつける。
そこで観念したのか。
がっかりした様子を見せ、ハリーは引き下がる。
と見せかけて、意気揚々と老人に言った。
「じいや!あたし達も『旅に出る』わよ!」
「え!今何と!」
「旅に出るって言ったのよ!」
戸惑う老人を放置して、ハリーはトクシーに尋ねる。
「トクシーは何処へ行くの?」
「関係な……。」
「教えて!」
かなりの剣幕に、押し黙るトクシー。
その肩に手を置いて、ラヴィが言った。
「行先だけでも言ってあげたら?」
「良いのですか?」
「向こうも引き下がれない様だし。それに何か考えがあるんでしょ。」
ラヴィは何と無く察していた。
ハリーの言う《旅》とは何なのか。
渋々トクシーは言った。
「帝都だ。」
「……そう!そうなのね!」
ハリーは喜んだ。
何故なら。
「じゃあ、帝都に『戻る』旅に出るわよ!文句無いわよね、じいや!」
「は、はあ……。」
ポツリと答える老人。
そしてトクシーの前に進み出る。
「何方か存じませんが、同行しても宜しいでしょうか?」
「同行、とは?」
トクシーの投げ掛けに老人は答える。
「申し上げにくいのですが……。お嬢様は婚約が嫌で、帝都から逃げ出したのです。」
「あらまあ。」
ラヴィが声を上げる。
老人が続ける。
「私、お嬢様の付き人をしております【リンツ・フォン・ハイセム】と申します。」
そう言って、頭を下げるリンツ。
トクシーとラヴィも頭を下げる。
「お嬢様は一度言い出すと、頑固で意固地になってしまいます。今回もすんなりと帝都へお戻りにならないでしょう。ですが……。」
「『私達に同行する形なら帰ってくれる』、そう言いたいのね?」
「その通りです。御迷惑はお掛けしません。どうでしょうか……。」
余りに申し訳無さそうなので。
『ちょっと待ってて』と言って、トクシーを引き連れクライスの所へ行くラヴィ。
「あんたの事だから、全部聞こえてたんでしょう?」
「まあね。それにしても、敵側のお嬢様とは。また面倒臭い……。」
「済まぬ、クライス殿。私ではどうも下げる事が出来ず……。」
「いえ、ビンセンスさん。この際、利用させて貰いましょう。」
「利用、ですか。」
少し不本意なトクシー。
騎士道に反する気がしたのだ。
でもクライスは続ける。
「向こうも俺達を利用するんですから、利害一致と言う事で。それに、敵側の動向を探るチャンスでもあります。」
「騙している様で、何とも心苦しい……。」
悩むトクシーに、ロッシェが突っ掛かる。
「少しはクライスの強かさを見習った方がいいぜ、先生。でないと、大事な時に大事な人を守れないよ。」
ロッシェはクライスの事を、何だかんだで結構買っているのだ。
弟子にそう言われたら、反論する余地は無い。
「承知しました。でも、危険な目には会わせたく無いので……。」
「分かったわ。もうシルバには入った事だし、馬車の席を代わっても良いわよ。」
ラヴィはそう言うと、馬車で待機しているセレナを呼ぶ。
すぐに駆け寄る。
何があったのか分からないが、取り敢えず。
セレナの肩をポンと叩いて、ラヴィが言う。
「今までご苦労様。ここからはビンセンスさんが、馬車を走らせるから。」
「え?ビンセンスさんが先導するのでは……?」
「ここまで来たら、もう大丈夫でしょ。それに私も降りるんだから、あなたも。ね?」
「そう言う事でしたら。」
ラヴィの強いお願いに、従うセレナ。
そしてハリーとリンツを馬車へと呼ぶラヴィ。
「ハイセムさんでしたっけ?この子を、ビンセンスさんと一緒に馬車へ乗って貰います。良いですね?」
ラヴィの言葉に、リンツは喜んだ。
「おお!宜しいので!是非お願いします!」
ハリーも、トクシーの隣に乗る事になって喜んでいた。
独り不満顔のトクシーに、ラヴィが囁いた。
「諦めなさい。小悪魔があんたに魅了されたと思って。」
「嬉しくありませんよ……。」
ボソッと言うトクシーの顔は、何処か憮然としていた。
それをニヤニヤしながら見ているメイの所へ、エミルが飛んで来た。
「何かおかしな事になったね。」
そう言うエミルは、刺激的な何かを期待していた。
それはメイも同じ。
「面白くなって来たわ。やっぱりこうじゃないと。」
騒がしい表が気になりながらも、顔を出せず悶々とした気持ちになるデュレイとソウヤ。
デュレイが見たら、さぞ羨ましがるであろう光景。
それでもまだ、姿を現す訳には行かない。
早く動き出して欲しいと願うばかり。
話は纏まった。
トクシーの元のポジションには、やはり道を知っているリンツが立つ事となった。
馬車にはトクシーとハリーが座り、ラヴィとセレナはリンツの後ろを歩く。
目的地は共に、帝都ガティ。
珍妙な同行者が加わり、更に大所帯となる一行だった。




