第129話 オアシスの主(ぬし)
ロッシェがメイの元へ辿り着いた時。
そこには。
ゴクゴクゴク。
「プハーッ、うめえなあ。」
オアシスの中心にある噴水。
涼しい風をくれる。
その傍で。
噴水の頂点に顔を出す、大きな蛇。
コブラの様な、ツチノコの様な、そんな風貌。
噴水の高さはロッシェよりあるので、相当な胴の長さ。
それを直立で支えられる、尻尾の頑丈さ。
間違い無い、魔物だ。
そう言えば、町に人影が無い。
休憩所にも誰も居なかった。
こいつのせいか!
ロッシェは背中に担いでいた槍を取り出し、蛇に向かって構える。
そして怒鳴る。
「やい!大人しくしやがれ!」
ロッシェの言葉に反応せず、黙々と水を飲んでいる。
無視されて、カチンとくるロッシェ。
そこへ『シャアアアアッ!』と威嚇するメイ。
流石に使い魔には反応した。
メイの方を見やり、顔を近付ける蛇。
「おや、珍しい。この辺は俺のナワバリなんだけどな。主に刃向おうってのかい?」
「なーにが主よ。いきがっちゃって。誰のお陰でここに住めると思ってんのよ。」
「その口振り……お前、使い魔やってんのか?馬鹿だなあ、そんなのさっさと止めちまえ。」
蛇とネコの言い合いに、ロッシェが割って入る。
「待て待て!その言い様だと、お前は使い魔だったのか?」
少したじろぎながらも、臆さず言うロッシェ。
「何だ、最近の人間は敬いの心が無いのか?俺は《神》だぞ。」
「神?嘘付け!」
高飛車な態度を取る蛇が、自分の事を神だと言い出した。
それはロッシェも聞き逃せない。
「何の根拠があってそんな事を……!」
「根拠も何も、周りを見ろ。誰も居ないだろう?」
「それが?」
「俺の邪魔をしない、つまりは俺を崇めてるって事だ。」
「勝手に解釈するな!」
蛇の言い分に反論するロッシェ。
呆れ顔で、メイも物申す。
「ただ単に関わりたく無いだけでしょ。怖いから。」
「怖い?俺が?なら畏怖の対象って事じゃないか。」
とことん自分の都合の良い様に解釈する蛇。
メイは敢えて強気で言う。
「あのねえ。あんた、本物の〔畏怖の対象〕ってのに会った事無いでしょ?」
「何だって?」
「見かけが怖いから人間が寄って来ないだけなのに、舞い上がっちゃって。」
蛇に吹っ掛けていくメイ。
蛇はメイの失礼な物言いに、頭に来た様だ。
「お前がそんなに言うなら、連れて来て貰おうじゃないか。俺が直々に見定めてやる。」
蛇はまんまと釣られた。
本当に、自分より強い人間に出会わなかった様だ。
「俺はこう見えても、《或るお方》にここを任されて何百年も経ってるんだ。ちょっとやそっとでは認めないぞ!」
凄い剣幕の蛇を尻目に、メイが呼ぶ。
「あっそ。じゃあその目でしっかり確かめる事ね。おーい、……。」
ロッシェは、誰の事か見当が付いた。
「クライスー。ちょっと来てー。」
「何だ一体、こっちも大変……ん?」
ひょこっとやって来たクライス。
蛇が大声を上げる。
それは驚きの声では無く。
歓喜の声。
「まさか……旦那?旦那ですかい?」
目を背けるクライス。
その素振りで確信する蛇。
「だんなあああああ!」
ビヨーンとバネの様に体を弾ませて、クライスに飛び付く蛇。
その巨漢に押し潰されるクライス。
「大丈夫か!」
駆け寄ろうとするロッシェ。
僅かに外に出ている左手で『大丈夫』と合図をし、離れている様指示するクライス。
それを受けて距離を取るロッシェ。
『なるほど』と頷くメイ。
畏怖では無く尊敬なら、有ったのね。
それがあの燥ぎ様。
『悪いが、少し空間を作ってくれ。喋りにくいんだが……。』
『おっと、済まねえ。』
クライスの身体を中心に蜷局を巻く蛇。
『姿は違うが、この気の感じ……間違い無いねえ!』
蛇の目から涙が零れそう。
『ごめんよ、【ワイリー】。みんなにはまだ内緒なんだ。』
『そうなんですかい?それは済まんこって。』
小声で話す、蛇のワイリーとクライス。
ロッシェには声が聞こえない。
その為に距離を置かせた。
この話はまだすべきでは無い、そう判断しての事。
それをメイは理解した。
使い魔が故に。
『そういや、やけに元気だな。またこの辺の魔力を吸い過ぎてるんじゃないのか?』
『バレました?いやあ、こちらも色々あるんで。』
『まあ、任せたのは《俺》だからな。でも自重しろよ。メイが感付いてる。』
『あの使い魔ですかい?全く、目ざといなあ。』
『後、人間が怖がってるのも事実だから。』
『え?えーー!』
『間が抜けてる所は変わってないな。町に姿を現す時は、もっと考えろよ。』
『済みませんです、はい。』
漸く自覚した様だ。
シュンとなるワイリー。
『良くやってくれてるよ、お前さんは。』
『お久し振りでその言葉、ありがてえ。』
『そろそろ開放してくれないか?みんな怪しんでる。』
そうクライスが言うと、ワイリーは漸く気付く。
いつの間にか周りに、人だかりが出来ているのを。
剣を構えて、ラヴィが叫ぶ。
「こら!仲間を開放しなさい!さもないと……!」
剣を振り上げるラヴィ。
町の人達も、棒の様な物を持って駆け付けている。
「こんなお嬢ちゃんが立ち向かってるんだ!」
「俺達も参加するぞ!」
「子供達が安心出来ないのよ!勘弁してよ!」
叫ぶ人達の後ろから、子供達が足にしがみ付きながらジッとこちらを見ている。
『子供とは仲が良いんだがなあ。』
そう呟くワイリー。
『良いから、さっさといつもの姿に戻れって。あの剣を持ってるじゃじゃ馬に殴られたく無かったらな。』
『おお怖っ。旦那がそう言うんなら、そうしますかねえ。』
ワイリーの身体がビカッと輝くと、シュルシュルと姿が小さくなって行く。
そして一旦、小さな白蛇になったと思うと。
ボンっと音がし、白髪の少年へと変わった。
その代わり様に面食らう人間達。
ラヴィはクライスの緩んだ表情を見て、敵では無いと安心する。
「あ、あんた達!」
町民が止めようとするが、大人の足の陰から見ていた子供達が『わーっ!』と駆け寄る。
そしてワイリーと戯れる。
或る子供が言った。
「この子は、神様の使いなんだよ。凄いんだよ。」
意外な言葉に。
それまで警戒モードだった町民も、話そうと寄って来る。
「ちゃんと仲良くしろよ。でないと意味が無いだろ。」
ワイリーにボソッと言うクライス。
頷くワイリー。
ボケーッとしているロッシェに、ラヴィが話し掛ける。
「どうなってんの?説明して。」
答え辛そうなロッシェ。
「いやあ、俺にもさっぱり……。」
「丸く収まったんだから、良いじゃない。」
メイがそう言って、あっさりと流そうとする。
そしてクライスを連れて、群衆から離れる。
遠くからじっと見ていたアン。
その肩に手を置いて、セレナが言う。
「良かったわね。取り敢えず無事で。」
「……うん。」
しかし、アンは別の事を考えていた。
尋ねたい事がある。
ワイリーの存在、それは不可思議。
クライスのワイリーに対する表情も、まるで昔からの知り合いの様。
何か有る。
話を聞こうと、ワイリーに寄って行こうとする時。
その前を、メイが横切る。
そしてボソッと言った。
「止めときなさい。あんたの兄が、それを望んでいない。」
ハッとするアン。
すぐにクライスの顔を見る。
ジッとアンを見据えるクライス。
今は聞かないでくれ。
そう訴えている。
喉元まで出かかった質問の言葉を、グッと堪えて飲み込む。
兄様がそう望むなら。
分かったわ。
でも時が来たら、全部話してね。
それでも兄を信じようとする、健気な妹がそこに居た。
その心持ちに気付く者は、他に誰も居なかった。




