第127話 ダイツェンを抜ける前に
少々遠回りしてしまったが、無事にステイムの町へ到着。
ここを過ぎると。
ダイツェンから離れ、また支配者不在の地域となる。
そこを越えれば、いよいよ皇帝の直轄地〔シルバ〕に入る。
気を引き締めて行かねばならない。
何故なら。
アストレル家が町に見せかけた共同墓地へ誘導した意図、それがはっきりとしないからだ。
取り敢えず、町で宿の手配と物資の調達。
妨害が入るかと思いきや、敵側の動きは無かった。
何か別の事に構っている様にも感じるクライス。
それは、果たして正解なのか?
「町で変な噂を耳にしたんですが……。」
物資調達担当のセレナが宿へ戻って来た。
同行したロッシェは、両手に荷物を抱えてひーこら言っている。
「何だい?」
馬車のメンテナンスをしていたクライスが尋ねる。
「例の扉の件、かなり長引いている様です。」
「魔境と繋がってるって奴?」
暇なので、クライスの手伝いをしていたエミル。
荷台からひょこっと顔を出す。
「そう。何か開きそうで開かないんだって。」
「閉じそうで閉じない、じゃなくて?」
そう聞き返すエミル。
扉を閉めに言ったと聞いたから、『開かない』と言う表現が引っ掛かったのだ。
「そこなのよね、私も変な感じがして。」
「噂を流している者にとっては、開いて欲しいんだろう。」
冷静に分析するクライス。
ダイツェンを始めとした王族反対派が、扉の向こうの勢力と結びついているなら。
合点が行く表現。
そう言いたいのだろう。
「相当闇は深いのでしょうか……。」
心配するセレナ。
「用意周到な計画、魔物を使った嫌がらせ。そう考えた方が良い。」
『残念だが』と俯くクライス。
今その瞳には、何が見えているのだろう?
ふと思うセレナだった。
メークをブラッシングしてあげるラヴィ。
首にギュッと抱き付き、ふと漏らした。
「私の進んでいる道って、正しいのかなあ。」
ここまで来たが、その道のりで大勢の人を巻き込んでしまった。
多くの人の人生を変えてしまった。
振り返る時間が余り無かったので、先送りしてきた事案。
自分は本当に正しいのか。
間違っていないのか。
善なのか、悪なのか。
自分では分からない。
主観では無く客観が決める事。
それがもどかしかった。
そこへ。
「何弱音吐いてるの、今更。」
「アン……。」
様子を見に来たアンだった。
「それがみんなの為になると思って、これまで進んで来たんでしょう?なら良いじゃない。」
「そうは思うんだけどね……。」
「少なくとも、私や兄様は感謝してるわ。変われる切っ掛けになったもの。」
「ありがとう……。」
「それにね、今の事を今生きる人間が判断しようとしても無駄なの。」
「え?何で?」
「良かったかどうか判断するのは、未来の人間よ。私達は、彼等に何を残せるかが重要なの。」
『兄様の受け売りだけどね』とアンは言う。
温故知新、正にそれ。
《今》は、未来に生きる人への指針となる。
『それが良い方で参考になるかどうか、それが大事だ』と、曽てアンはクライスから聞いた。
その時の真剣な眼差しを、アンは忘れない。
まるで自分に言い聞かせている様に。
まだ幼かったアンを、一人の未来の担い手として交わした言葉。
でも自分はそうでは無いかの様。
ふと見せる悲しい顔も、恐らくそれが関わっている。
小さかったアンが、兄を支えたいと思ったエピソードの1つでもあった。
アンの言葉が、ラヴィの心の奥に突き刺さる。
「そうか……そんな考え方もあるのね……。」
未来の為に、今を生きる。
それが、自分の生きた証。
改めて、人生とは難しいものだと考えるラヴィだった。
「済まんな、お前達を宿に入れる訳にはいかんのだ。」
「だからと言って、お前までここに泊まる事は無いだろう?」
まだ姿を現す訳にはいかないデュレイの元で、トクシーも過ごしていた。
ここは、セレナが買い物とは別に探して来てくれた空き家。
所有者に金を積み、一晩使わせて貰う事となった。
風呂も台所もある。
ベッドも古いが付いている。
今までの旅に比べたら、何と言う贅沢。
デュレイは隠密行動をしていたので、公に宿へは泊まれなかったのだ。
客間の隅っこで、ふてくされているのはソウヤ。
どうして俺がこんな目に……。
そう言いたそうだった。
傍に近寄るトクシー。
手を差し出して言う。
「お前も今は旅の仲間。手伝ってはくれまいか?」
料理を作りにセレナが来てくれる事となってはいたが、下ごしらえでもしておかないと申し訳無い。
ついでに親睦を深めておこうと考えたのだ。
「ちっ、仕方ねえなあ。協力するさ、今はな。」
そう言ってトクシーの手を取り、立ち上がるソウヤ。
「やるからには、手際良く動けよ。こう見えて、料理は出来る方なんだ。」
「何と!ではセレナ殿に頼まずとも良かったのか……。」
「何言ってる。若い姉ちゃんの手作りなんて、そうそう食えないんだ。この機会を逃す奴は馬鹿だぞ。」
ソウヤに言われて、『そんな物かのう』と考え込むトクシー。
笑って参加するデュレイ。
男3人がワイワイ騒いでいる光景を、窓の外から見ていたセレナ。
急に恥ずかしくなり、入りにくい空気に戸惑う。
それをあざとく見つけるソウヤ。
手招きされ、おずおずと家の中に入るセレナ。
楽しいクッキングタイムが繰り広げられた。
でもそれが、意外と気分をリラックスさせてくれた。
宿に戻り、その事を楽しそうに語るセレナ。
笑顔を見て嬉しそうなラヴィ。
ふふふと笑うアン。
ロッシェがクライスに囁く。
『やっぱり美人は笑ってないとな!』
『ああ、そうだな。』
珍しくロッシェの意見に同意するクライス。
目を丸くするが、『やっと俺の気持ちを分かってくれる様になったか』と喜ぶロッシェ。
しかしクライスが同意したのは、少し違ったニュアンスみたいだ。
ともかく、こうして夜は更けて行った。




