第109話 時の微睡(まどろ)みの中で
メイが黒い球に触れると、女性の姿に変わった。
それを本人は『元の姿に戻った』と表現した。
その意味は……?
「あたいの身の上話はあんまり意味無いから、ここでは割愛するけど。」
そう話を切り出すメイ。
「ある日、次元の狭間に放り込まれたの。それで流れ着いたのが、この世界の〔魔境〕と呼ばれてる所。」
その出だしから、訳が分からなくなるロッシェ。
理解が遅い奴は放っておいて。
「この世界に出る時、本当ならただの1エネルギーになる筈なんだけど。その昔、出口の穴に細工した人が居るの。」
「それが魔法使い?」
ラヴィが聞く。
「そう。その人のお陰で、元の姿じゃ無いけどこうして存在出来るの。」
その発言の後、メイはまたトラ猫の姿になった。
「さっきみたいに膨大な魔力を補充出来れば、少しの間だけど元の姿に戻る事も可能。でも……。」
そこで一時言葉に詰まる。
「何回も繰り返すと、完全に魔力の塊へ変換されちゃう。だから制限してるの。」
「〔魔法使いが管理してる〕と?」
今度はセレナが尋ねる。
「あたい達の事を思ってね。だから感謝の意味を込めて【ご主人】と呼んでるの。」
「なるほど、〔使い魔として使役されているから〕だけでは無いと……。」
「使い魔になれる事は名誉な事なの。あたい達の間ではね。」
ふと素朴な疑問が湧くアン。
「その穴を制御出来るんなら、元の世界に帰れるんじゃないの?」
『もっともな疑問ね』と、メイはそれを受けて答える。
「残念だけど、ご主人でもそこまでは出来ないそうよ。通る事自体は可能だけど、その先は選べない。」
『現状を受け入れるしか無いのよ』と、メイはトーンダウンする。
その様子を見て、無理やり話題転換しようとするラヴィ。
「メイの仲間は居るの?魔境とやらに。」
「たくさん居るわよ。いろんな世界から来た者ばかり。」
「恐ろしい者も?」
「まあね。皇帝暗殺の件にも絡んでるだろうね。」
そこで漸くトクシーが口を挟む。
「お主はテューアの向こうから来たのだろう?何か異変を感じてはいないか?」
「それは門の力が弱ってる、とか?」
「そうだ。近況の村エッジスに錬金術師を集めているらしいんだが……。」
「緊急事態と言いたい訳ね?切羽詰まってると。」
「ああ。何か情報を知っているなら聞かせて欲しい。」
悩んだメイは、前足をバツ印に交差して言った。
「ごめんなさいね。その辺の情報はご主人に止められてるの。」
「何と!それは『魔法使いが絡んでいる』と言う事か!」
「違うわ。」
そう言って、クライスをちらっと見るメイ。
その視線に気付いたのは、クライス本人だけだった。
「ある人の名誉の為に秘匿されてるのよ。それ以上の事が知りたければ、エッジスに直接行って聞いてみる事ね。」
そして横を通り過ぎる振りをして、アンの耳元で囁く。
『そこが黒歴史の終着点よ。折り返し地点でもあるけど。』
ギョッとするアン。
その顔で、クライスは何を言われたのか察した。
相変わらず訳が分からないロッシェ。
ある程度理解出来ていると思われるセレナに説明を求めるも、セレナも上手く説明出来ない。
把握と理解は違う物。
少し時間が掛かる。
メイはそれを見透かす様に言った。
「まあゆっくりすれば良いわ。何なら1カ月位でも。」
「聞き捨てならないな。ここでずっと暮らせってえのか?」
ロッシェが突っかかる。
馬鹿にされた様でならなかった。
メイは弁解する。
「気を悪くしたなら謝るわ。単なる例えよ。ここはね……。」
そうして発した一言。
「ここでは時間が止まってるの。いや、『時の流れが歪んでる』と言った方が良いかしら。」
「時の流れが……歪んでる?何だそりゃ?」
ロッシェが言った。
そう思うのも無理は無い。
しかし錬金術師達は、そうでは無かった。
「時のベクトルが乱れてるって事?」
「ベ、ベクト……何それ?」
アンの発言にロッシェは戸惑う。
頼むから、俺にも分かる様な簡単な単語で話してくれよー。
ロッシェの気持ちが少し分かるラヴィ。
ポンポン専門用語みたいなのを出されても、理解が追い付かない。
だから簡単に分かる様に。
メイが少し離れた所を指差す。
「あの木を見て。ほら。」
一同が、指された木を見る。
何の変哲もない木。
桜の木に見える。
それが。
竹の様に急激に成長し花を咲かせたと思えば、つぼみから収縮し若葉の状態まで戻った。
そしてゆっくりと成長して行く様に見えた。
枝ぶりが立派になった時点で、成長がピタリと止まった。
葉っぱが生えては引っ込み、また生えては引っ込みを繰り返す。
それらは、自然界では明らかに見ない光景。
「ね?時間がねじ曲がってるでしょ?」
「ま、待て!それじゃ、俺達も急激に年を取ったり……?」
ロッシェが焦る。
「あるかもね。」
あっけらかんと答えるメイ。
「うわあああーーーっ!は、早く!早く出ないと……!」
大声を張り上げてオロオロし出すロッシェ。
戸惑ってはいるが、冷静さを保っているトクシーは。
静かに、メイへ尋ねる。
「『魔法使いの許可』と言うのは、これも込みで……?」
「ご明察。御主人の許可を受けた者は、時間軸の乱れの影響を受けないの。」
「魔法使い、一体何者なんだ……!」
トクシーは驚愕せざるを得ない。
そこまで操れるのか!
道理で人を遠ざけようとする筈だ。
能力の底が知れない。
トクシーがある程度納得した所で。
メイが皆に聞いた。
「どうする?何時出ても、入った時と同じ時刻に出られるけど?」
『うーん』と考えた後、ラヴィが切り出す。
「折角これからの事を考える時間が出来たんだから、少し作戦を練らない?ここなら邪魔者が入って来る事も無いし。」
「えー、俺は早く出たいよー。気持ち悪いー。」
抵抗するロッシェ。
しかし多数決の前に敗れた。
「流石に無策では。いざと言う時、どうしようも無いですね。」
師匠のセレナに、そう言われてしまう。
「デュレイを確実に救う為、秘策でも練りますか。」
先生であるトクシーも賛成。
クライスはじっとそれを聞いている。
尋ねられれば答える、今はそう言うスタンスの様だ。
アンだけは『少し考えたい事が……』と言って、一団から距離を置いた。
「分かったよー。でも早くしてくれよ。」
渋々従うロッシェ。
ラヴィが言った。
「だったら、妙案でも出す事ね。そうすれば、すぐにでも出るんだから。」
「分かった!分かったから!頭脳労働は俺の役目じゃないんだがなあ……。」
ラヴィに切り返されて、文句を言いながら議論に加わるロッシェ。
エミルだけは、ずっとクライスの傍にいた。
顔の曇りが気になっていたのだ。
『大丈夫?元気無いけど。』
上目使いでクライスに囁くエミル。
それに笑顔で応えるクライス。
『ありがとう。気にしないで。』
そうは言われたが。
無理して笑顔を作っている様に感じ、せめてその思いを共有したいと左腕にしがみ付くエミル。
エミルの考えを察し、そのままの状態を許すクライス。
明らかに、メイの説明の中に理由があった。
クライスの微妙な作り笑顔の理由。
それが分かるのはずっと先の事。
それより今は、デュレイ救出だ。
皆思い思いに案を出し合い、話し合った。
そして決まった様だ。
メイは一か所に集まる様言うと、また呪文の様な文言を唱え始める。
するとまた景色が歪む箇所が。
入って来たのと同じ様に、皆通って行った。
そして街道へ戻って来た。
ショートカット成功。
これで、敵の裏をある程度掻く事が出来る。
一行はまた進み出した。
今度は東向きに。




