第106話 デュレイの居場所と、妖精の歴史
「では宜しいので?」
「好きにするがいい。それが俺の為になるならばな。」
「御意。」
そう言って下がる親父。
家来の者が尋ねる。
「今の者は一体……。」
「お前が知る必要の無い者だ。下がれ。」
「分かりました。」
家来が下がる。
そしてため息を付く、豪華な椅子に座った背の低い小太り男。
エルス・ゴウ・アストレル。
ダイツェンの支配者にて、ヘルメシア帝国の実権を狙う者。
もう猶予が無い。
急がねば。
でないと、《あ奴》の様に消されてしまう。
明らかに焦っていた。
どうもそれは、皇帝に暗殺未遂がバレたからだけでは無いらしい。
《あ奴》とは?
そして消した《実行犯》とは……?
宿屋に到着したその夜。
護衛の傭兵が取り囲む中。
2人部屋なのに、全員が集まってすし詰め状態。
それはこれから会議をする為。
部屋割りは各自。
クライスとロッシェ。
ラヴィとセレナ。
アンとエミルとメイ、実質1人部屋。
後は、本国の貴族であるトクシー。
なので会議の場は、自然とクライスの居る部屋になった。
「ベッドは滅茶苦茶にするなよ。」
ロッシェがメイに念を押す。
いたずらをしそうな顔をしていたからだ。
「そんな事はしないさ。なあ?」
クライスにそう言われると、やる気が削がれる。
結果、メイは大人しくなった。
大きなテーブルが無いので、あれこれを端に退けてPを床に広げた。
改めて見ると、小さな山から川の支流まで結構詳しく書いてある。
その中で、気になる黒丸が幾つか。
それはメイが答える。
「そこはね、妖精が住んでいた跡よ。」
「何で印を付けてあるの?」
ラヴィが尋ねる。
「あんた。妖精を連れてるって事は、あそこに行ったんでしょ?」
「ああ、シルフェニアの事?」
「そうそう。入ってみて外とは違ったでしょ?雰囲気とか。」
「確かに。迷いの森だっけ?そんな風にも呼ばれてるわね。」
「元々不用意に人間を入れない為に、ちょっとした仕掛けをしてるのよ。でも、或る日……。」
「或る日?」
セレナが反応する。
メイは続けた。
「攻め込んだのよ。人間が。」
「嘘!そんな事する訳が……。」
「妖精は畏怖の対象とでも言いたいの?それはその出来事があってからよ。」
ラヴィは、メイの話を肯定する。
「人間にも強欲に駆られて、何をするか分かんない連中が居るもの。不思議じゃないわ。」
「そう、ただの人間だったら良かったんだけどね。」
「何か引っ掛かる言い方をするわね。」
今度はアンが反応。
アンの顔をじっと見て、メイは言った。
「あんたも何か調べてる様だけど、これだけは言っとくわ。『黒歴史は2つある』のよ。」
ギョッとするアン。
「ま、まさか……。」
「そのまさかよ。攻め込んだのは錬金術師の集団よ。」
メイの言葉に戸惑う面々。
特にエミルは。
「う、うちの住んでる所は。襲われた感じが無いよ。信じらんないなあ。」
「当然でしょ。あんたの所が受け入れたのよ。逃げて来た妖精達を。」
「ほ、本当?」
「何なら、あんたの母親である女王に聞いてみたら?旅が終わった後なら、話してくれるでしょうよ。」
「うーん。」
悩むエミルは、天井すれすれをクルクル飛び回る。
光の玉にしか見えないロッシェとトクシーは、説明を求める。
「俺達には妖精の言葉が聞き取れないんだ。俺達にも分かる様に話してくれよ。」
「そう?あたいも詳しくは知らないから、簡潔に話すわ。」
そしてメイが話した事は。
ある日、錬金術師達が妖精の住む集落を襲った。
妖精達は逃げ惑った。
追い駆けながら、そいつ等は次々と妖精の集落を襲い続けた。
その内、逃げていた妖精達は皆シルフェニアに逃げ込んだ。
シルフェニアを守る為に錬金術師同士の戦いが勃発し、襲った連中は皆殺し。
助けた方の錬金術師達は感謝され、妖精と仲良くなった。
お終い。
「完結過ぎて、逆に分からん。」
腑に落ちないロッシェ。
「あらすじをなぞった様なものだからね。それに、それが本題じゃ無いでしょ。」
『その辺は適当で良いのよ』とメイが言う。
『確かに』とクライスは頷く。
その他の者は、もっと詳しく話を聞きたかったのだが。
今は昔話に花を咲かせている状況では無い。
「とにかく妖精が抵抗したせいで、その辺りは魔力の流れが歪んでるのよ。人間が暮らすのに適さない位。」
「なるほど、それで印を付けて警戒してるのね。」
セレナは納得した。
「そう言う事。妖精は当時、あちこちに暮らしてたから生息範囲が広かったのよ。」
そう言って、メイがPに記されている点を何か所か指差す。
確かに、点は国に関係無く広がっていた。
しかしどちらかと言うと。
ヘルメシア帝国の方に偏っていて、グスターキュ帝国はシルフェニアの他2、3点しか無かった。
その指摘には、メイはこう答えた。
「今の国の形になったのは、妖精襲撃よりもっと後よ。国の歴史はちゃんと習った?」
「ええ、まあ。」
生半可な返事のラヴィ。
前は余り歴史に興味が無かった。
自分の野望には関係無いと思っていたのだ。
しかし、どうもそうでは無いらしい。
今頃後悔しても遅いのだが。
「どうせ宮殿にはお抱えの学者でも居るんでしょ?戻った時に確かめる事ね。」
宮殿に戻らなくても詳しく知ってそうな人間が、ここに居そうだけど。
敢えてメイは言うのを避けた。
クライスが嫌がっている様に見えたのだ。
こいつを怒らせると、ご主人に叱られるからなあ。
メイは言葉を伏せたが。
蔵書を山の様に持っていた事を知っているアンは、それに気付いた。
兄様は何処まで知っているのだろう?
気にはなるが、本人が話したがらない内は突っ付かない方が良い。
そう判断し、追及は止めた。
メイは話を続ける。
「このダイツェンにも、その痕跡があるわけ。見て。」
そう言って、メイが指差した箇所。
キョウセンの町から西へ行く街道、その途中にある〔帝都へ通じる交差路〕から少し南下した場所。
〔交差路から北上し、渓谷を挟んで向こう側へと続く街道〕の途中で、西にある場所。
帝都に向かうには。
『交差路で北上する』第1ルートか、『交差路から西、北、東へと迂回する』第2ルートか。
近いのは第1ルートだが、途中で峡谷に架かる橋を渡らねばならない。
第2ルートは峡谷を避けられ、陸路で行けるが遠回り。
恐らく、第2ルートは第1ルートの3倍の時間が掛かるだろう。
メイがまた話し出す。
「第2ルートは時間が掛かり過ぎるから、第1ルートが作られたのよ。しかも……。」
「非常時になれば、橋を落として通行出来なくする。」
難しい顔をしてクライスが答える。
「流石、物分かりが早いわね。」
「時間稼ぎ、か。」
ラヴィがクライスに、不思議そうに尋ねる。
「どうしたの?」
「もう橋落としに掛かっている可能性が高い。」
「それって進路妨害……?」
「それもあるだろう。でも……。」
クライスはまた考え込む。
トクシーが我慢出来ずにメイに聞く。
「率直に聞きたい。デュレイは何処に……。」
「そう、それ。それが本題なのよ。デュレイだっけ?が居る場所は恐らくここ。」
メイが指差すのは、ここより遠い方の場所。
渓谷の向こう側の地点。
メイが言う、この場所である理由。
その1。
キョウセンに近い方ならもっとここに傭兵を集め、救出を邪魔してくる筈。
今の所、そんな様子は見られない。
その2。
ダイツェンの中心都市〔ナイジン〕は渓谷の向こうであり、街道はそこへ続いている為通る人を制御し易い。
つまり隠し場所へ、往来を近付き辛くし易い。
その3。
これが最も重要な要素なのだが。
「こっちの〔朧の洞窟ミレイジュ〕は、最初に錬金術師達が襲った妖精の住処。つまり、結界が殆ど無いから人間が出入りし易いの。」
「人間に対して警戒心がそれ程無い、その頃に襲ったからか……。」
それ位はロッシェでも分かる。
橋を落とすのも。
一行が到着する前にデュレイを別の場所へ移送する、その為の時間稼ぎ。
筋は通っている。
しかし、何処へ移送すると言うのだろう?
そこまでロッシェの頭は回らなかった。
代わりにアンが。
「アストレル家の屋敷、かしら?」
「もう手元に置くしか無いだろうな。でもそこに連れ込まれると、救出は困難になる。」
そこまで相手の行動を読んでいるから、クライスは考え込んでいるのだ。
Pをじっくりと眺めているラヴィが、ある物に気付いた。
「このさ、第2ルートの西進途中で北上してる線は何?道?」
「あー。気付いちゃったかー。」
メイがポツリと言う。
「ん?都合でも悪いの?」
「いや、通れる事は通れるんだけど……。うーん。」
今度はメイが考え込む。
その時、天井から声がした。
『メイよ。今回は許可します。通りなさい。』
「ご主人!」
声変わり前の男の子の様な声。
中性的で、男女どちらかか分からない。
これが魔法使い?
皆悩ましく、声の主を想像していた。
メイは声に喜びが出ていた。
「良かったね。これで時間短縮出来るよ。いろんな意味でね。」
「?」
クライス以外は、皆疑問形の顔。
メイが続ける。
「この細い道は、ご主人が支配下に置いている地域へ繋がってるんだ。だから、ただ線が書いてあるだけなんだよ。」
「あ、不可侵領域なのか。」
漸く理解するラヴィ。
「そう、そしてここは使い魔にとって特別な場所でもあるんだ。《流転の場》。」
「流転?」
「行けば分かるよ。」
それだけ述べるメイ。
やっと分かりかけたのに、また混乱するラヴィ。
ニヤニヤするメイに、一抹の不安を覚えるのだった。




