2.エルヴン・テリトリー
「よく来たのぅ。ここはノーマンズランド、我々エルフの隠れ里じゃ」
イワトビに乗せられて、二人の異邦人はしばらくの道のりを進んだ。丘を越え、小川を越え、深い茂みを抜けると、そこがエルフの隠れ里だ。
一キロ四方の盆地に、深緑の木々とログハウスが不規則に立ち並び、ところどころから何か白い湯気が立ち上がっている。
「……途方にくれておるようじゃのぅ」
「そうでもないみたいだよ~、オババさま」
「……ふむ?」
街は呪術的な装飾が各所にほどこされ、各種の不思議な食品や日用品が売り買いされていた。白と紫のしま模様をした果物が、金銀の棒状の形をした通貨やダイヤの小粒、または物々交換で取引されてゆく。
中でも、もっともその異邦人たちの視線を奪ったのは、美しく若々しいエルフたちそのものだった。
往来のエルフとダークエルフたちは、ソワソワと物珍しそうに彼らへ好奇心を向けて、長老の屋敷の前までその姿を追いかけてくる者も少なくなかった。
「まあよい、ワシはこの里の長老ファネル。異邦人よ、何の目的でこの地へ現れた。……返答によっては、ただではおかぬがな」
長老はすぐさま小部屋へと彼らを案内させた。調度品の整ったそこは、どうやら謁見や応対に使う場所らしい。金銀の装飾や、現実では考えられないほど大粒の宝石が各所にはめ込まれ、確かな権力を誇示していた。
「わぁっ、ロリババァだぁ!」
「おお、ロリババァで長老……! 俺初めて見たよっ!」
「私もっ! わーーっ、記念に握手してもらってもいいですかー!?」
「あっずるいぞすみれ! お、俺は……俺はっ、俺はむしろクズ野郎と! ののしって欲しいです!! ロリババァの罵声希望!!」
「あっ、それいいっ! 私もぜひ同じコースで!!」
部屋と長老が生み出す重々しい雰囲気は、二人の現代人によって粉砕された。現代とは、そういった重た~いノリを許さない、身もふたもない性質を持っていたのだ。
「…………。な、なんじゃコイツらは……」
「あははははっ♪! やっぱり二人とも面白いっ、あははははっっ♪!」
「ええいっ笑うなパティアっ! 貴様っ、少しはワシを敬えバカ者っっ!!」
いきなりペースを乱されて、どう見ても12、13の年齢にしか見えない長老様は、その外見を気にしているのか必死に権威を維持しようと背伸びをした。
「俺をののしってください、オババ様っ!」
「するかバカ者っ!! こんっなアホな異邦人は、生まれてこの方貴様らが初めてじゃっっ!!」
とか言いつつ、しっかりとオババ様はののしっていた。
「ふぉぉぉぉーっっ!! キタコレっキタっっ、ロリババァの罵声っっ!! テンソン上がってきたぁぁぁーっっ!!」
「ああっずるいっ、フィネル様私もっ!」
「ワシの名はファ・ネ・ル・じゃっ! ええいっ、このっ、なんて出来の悪い連中じゃっ! このっ、このバカめがっっ!!」
意外とリクエストされたら拒否できないタイプなのかもしれない。あるいは天然なのか、オババ様は彼女の要望も結果的に叶えていた。
「はぁぁっ、幸せ……。異世界来てみてホント良かったぁぁ……オババ様かわいいよぅ……♪」
「ひゃぁっ?! お、おいっ、こらっ、こらパティアっコイツを引きはがせぇぇっ!! きゃぁぁぁーっっ?!!」
ぎゅぅぅぅぅ~~!! っと、すみれはエルフの長老のロリバディを抱き締める。
「あははははっ、あははははっ♪ オババさまも形無しだね~~、あはははっ、ロリババァってそれ良いね! オババさまにぴったりだよーっ、あーーーっおかしぃ~~っ♪♪」
「助けろと言っておろうが~~っ、仕事しろバカ者ぉぉぉ~~っっ!!」
パティアは笑いの沸点が少しおかしかった。エルフの一員としては、飛び抜けて開放的だった。だから余裕でオババ様の計算違いをおかしそうに笑い続けた。
・
「と、とにかく……っ、貴様らは……その娘の胸を戻しに、来たんじゃな……? ぜぇ、ぜぇ……」
それから五分ほどのち、ようやく事態は収拾した。
オババ様はアルビノの白髪をボサボサに乱し、杖で職務怠慢な部下を数回ぶん殴った後だった。パティアの頭部にはタンコブが浮かび、だが全く反省の陰も見せず、今も陽気な笑顔を浮かべている。
「はい! どうしても私、これを治したいんです!」
「どうか協力してくださいオババ様! 勝手にときめくたびに家を破壊したり、おっぱいミサイルが俺を自動追尾してきては……とてもじゃないが現実世界に戻れないんだよ! はっきり言っていつか俺はコイツに殺される! 爆殺とかそんなド派手な死に方はイヤだぁっ、今すぐ助けてオババ様ぁぁーっっ!!」
何とか仕切り直して、オババ様好みの形式で彼らの謁見は再会された。
「なんと、そんなにすごいのか? その、みさいるとやらは?」
「あ~~。あたしが遠くから見っけたときにはねー。……マスタースライム一匹ぶっ飛ばしてたよ。ま。スタースライムだけに、たちまちお星様に~~、キラーンッッとっ!」
オババ様は驚きに瞳を広げた後に、どうしようもなく強引なボケを冷たくスルーした。
「……どれ、見せてみよ」
「あ、はい……」
落ち着き払った視線をすみれへ向けて、彼女を自分の目の前へと手招き誘導する。
「あ、これはね、星とスターを……」
「黙れ! お前はエルフ族のギャグセンスを、異邦人に誤解させておるっ!」
「あう……すみませんオババさま……」
また激しい包容が来やしないかと、オババ様は一瞬だけ怯み、だがまた落ち着きを取り戻して、すみれの乳房……だったものへと触れた。
「うっっ……?!」
子供のような腕から、無数の魔法陣が展開し、ぐるりぐるりとギアとチェーンのように低速回転する。
するとすみれの胸へと、ビリビリと痺れるような感覚が走り、彼女は膝を落としかけてそれを堪え忍んだ。
「ねぇねぇ、どうオババさま?」
返事はない。彼女の表情は真剣なものへと変わり、静かに静かにインパクト・Oを解析する。彼女が解析魔法に満足するまで、実に二分少々の時間がかかっていた。
・
「うっ、あう……っっ、な、なんか……うぅぅーー……」
胸へと痺れる何かを長時間流されて、彼女はそのままペタリと木製の床へとへたり込んだ。硬質なその二対のロケットを抱き込んで、もしもじと内股をすり合わせている。
「上位のアイアンゴーレムをも、余裕で吹き飛ばせる破壊力を持っておるな」
そんな彼女を長老は見下ろして、淡々と診断結果を患者へと伝えた。
「ときめいた相手を自動追尾し、あるいは精神や肉体の激しい高揚でも暴発する。この場合、追尾は行われず直線軌道で打ち出される。威力は気分次第。逆に言えば、気分が乗らなくては撃つことも出来ぬ。……兵器として見た場合、欠陥武器以外の何物でもないのぅ」
続いてオババ様は、もう一方の異邦人へと振り返る。ずいずいと彼との距離をつめた。
「あ、いや、俺は別に何ともなって……。アポゥッッ?!!」
次は彼だった。オババ様の小さな手のひらが、少年の下腹部へと伸びて、ズボリと埋まった。
「かっかはっ、ちょっ何してっっ、ら、らめぇぇっっ?!!」
まるでやわらかな布団みたいに、下腹部はオババ様の手のひらにそって変形する。
(はっはうぁっっ?!!)
膀胱に近いその位置もあって、冬一少年はおしっこちびらないように必死で我慢した。
「……ふむ」
検診はすぐに終わる。続いてオババ様は[処置]をした。
「は、はふぅぅ……あ、危なかった……。ビリリンッッ?!!」
圧迫は終わったが、手のひらは下腹部へ密着したままだった。そのまま、強烈な電撃が彼の頭からつま先まで全てに流れ込んだ。
「ん、んん? オババさまトウイチになにしたの?」
「異邦人のくせに魔術の素養があったため、ワシが強制的に目覚めさせてやったわ」
「おおーっ、トウイチすごいっ!!」
「そうとも言いきれん」
二人の異邦人は、ちょうど同じようなタイミングで立ち上がった。冬一はオババ様の言葉に、有頂天の笑顔を浮かべている。
「やったーーーーっっ!! 感じるぜ、感じるぜ、感じるぜオババ様っっ!! 俺の、あふれる才能を!!」
「はぁ……このお調子者っ、落ち着きなさいよ! 暗黒面に堕ちるようなフラグ立てるんじゃないのっ!!」
少年はわきわきと両手を逆手にして、自らから発散する未知の力に愉悦した。
「オババ様っ、俺は一体どんな魔法が使えるんだっ?!!」
「…………」
そんなアホ丸だしの少年へと、オババ様は心より残念だと哀れみの目線を向けた。
「魔術の素養は、生まれた瞬間より決まっておる。一つ二つ持ってるだけでも貴重だ。貴様はアホなのに4つもそれを持っておった」
「おおっっ、マジかファネルちゃんっっ!!」
「う、嘘……」
「おーー……トウイチすっごー、あたしなんか一つしか持ってないのに……」
がっかりと、だががっかりとオババ様はため息をはいた。
「異邦人は……実によくわからぬ魔法を覚える……いわばお前は[特質系]じゃ」
「なんと特質系! さあ教えてくれっっ、俺はどんな魔法が使えるんだっっ?!」
「山丸ごと焼き払えるようなクリムゾンフレアかっ?! それとも頼れる癒しの回復術?! いや、いやだが、地味に睡眠とか、毒とか、状態異常系もクールでカッコイイじゃないか、くふふぅぅ~!」
「はぁ……っ」
さらにオババ様は深いため息をつく。さすがにそのネガティブな反応に、彼以外は残念な鑑定結果に気づいていた。
すみれにいたっては、そのアホをジト目で冷たく見守る始末だ。
出来の悪い通知表を渡すように、オババ様は告げにくい結果を口にした。
「一つ目の魔法。貴様は液体をゲル状にすることが出来る」
「……え、ゲル状?」
「二つ目の魔法。貴様はサービスシーンを目撃すると、自動的に時が数秒止まり、観察することが出来る」
「……おおっ、それは便利! って、あれ?」
「三つ目、狙った相手の[ぶろぐ]と呼ばれる何かを炎上させることが出来る」
「………………」
「四つ目、O・ロケット耐性。貴様はO・ロケットの直撃時にマジックシールドが発生する。……以上だ」
少年はたっぷりと沈黙する。その4つの素質は、どう考えても彼の望む方向のものではなかった。
「この地よりはるか北西の湖畔に、我々エルフの古い聖地がある。今は憎きヒュームに占領されてしまっておるが……。聖地の地下には泉があり、その湖水を受けることで胸は元に戻るであろう」
「……!!」
彼を無視して、時間をかけ過ぎてしまったとオババ様は話を進める。現れた希望にすみれは真剣に表情を引き締め、期待に胸を熱くさせた。
「その地には……」
「どったの、オババさま?」
「……いや、まあよい。その地には我らの秘宝が隠されておる。パティアよ、お前はこの異邦人に同行し、その秘宝を回収してこい。……ヒュームとの戦いに備えるためにな」
場の空気が深く張りつめて、長老からは確かな威厳が立ち上った。この時ばかりはパティアも表情を引き締めて、重々しく言葉を受け止める。
「オババさま、一つ聴いて良いですか?」
「なんじゃ、パティア」
「オババさまは……」
パティアは長老へと近づいて、静かに密談した。長老は彼女の言葉に軽薄な微笑みを浮かべる。
「エルフは滅亡の瀬戸際に立たされておる。それが答えじゃ」
里の最大権力者の言葉に、陽気なパティアは表情を鋭利に張りつめて……。
「わかった。でも不足の事態までフォロー出来ないから、そこんとこ理解しといてね、オババさま」
また何事もなく晴れやかに笑った。一帯の気候は暖かく、盆地という地形もあって少年少女たちの衣服は汗ばんでしまっていた。
「納得いかねぇぇぇぇーっっ!!!」
「突然うっさいからバカっっ!! アンタ絶対今さっきの話聞いてなかったでしょっ?!!」
「鑑定ミスだーーっっ!! 今すぐセーブデータリロードして乱数変更をっ、はよぉーっっ!! オババ様っ、オババ様っ、もう一度俺にチャンスをっっ!! こんな不毛でどうしょもねーー力は……イヤだーーーーっっ!!!」
彼は大地へと膝を突き、上半身を後方へとのけぞって、大げさに両手を開いた。
「あれ……目から急に水が……お、俺……俺……っ……」
涙を拭う。
「はわっっ?! げ、ゲル状やんけーーーーっっ!!!」
覚醒した才能は早速、彼の熱い涙をネトネトの粘液質に変えていた……。
「これぞホントの途切れぬ涙! うぷぷっ、トウイチってば面白~~っ♪! ナイスボケっ!」
「ボケてねーしっ、ボケちゃいねーしっっ!! チクショーーっ、こんな出オチスキルはイヤだぁぁぁーーっっ!!!」
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[湯真冬一][液体をゲル状にする力を持つ]
[ただし自らの体液も含む]
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ロリババァ言葉が大好きです!