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1.ノーマンズランド

 扉をくぐり抜けると、二人はまるで階段を踏み外したかのように急降下した。そこは光も風も許さぬ漆黒の世界。すぐさま平衡感覚は狂いだし、彼らは前のめりになって大地へと転倒していた。


「きゃぁっ?!」

「うわっ!?」

 たどり着いたそこは物置の内部でも、ましてや漆黒の虚無空間でもなかった。

 始めに二人の瞳が目撃したのは、新緑に染まる草むら。キラキラとみずみずしいそれは、暖かいそよ風にサラサラとそよぎ、驚くほどにやわらかで繊細な肌触りだった。


「いたた……うぅ……」

「大丈夫か、すみれ?」

 転落のダメージは、現実を疑ってしまうほどに軽微だった。転落と呼ぶよりも、急激に重力が正面斜め下方向へとねじ曲がって、そのまま[転倒]してしまった。といった表現の方が正確で、実際現実にもっとも近かった。


「う、うん……思ったより全然平気、冬一は?」

「重傷だ……」

「えっ?!」

「顔面はこのエアバッグによって救われたが……。俺はオタクじゃないっ、オタクじゃないんだぁぁっっ!!」

 彼はうつぶせに倒れ込んだまま、幸い何かの偶然で現れてくれたソレ、エアバッグをむにゅりをわしづかみにする。


「……っ」

 すると、すみれの体がビクリと一度だけこわばり、そのまま無反応に黙り込んだ。


「頼むぅ信じてくれぇぇー!! 嘘でもいいからっ、嘘でもいいからそういうことにしておいてくれぇぇーっっ!! ……ああ……終わった…………俺の新学期デビューが終わった…………全力でハブられる…………あだ名はきっと……」

「[丸めたティッシュ製造機]なんだぁぁぁーー、ちくしょぉぉぉーっっ!!」

 少年はまくらに涙を擦り付ける要領で、エアバッグへと顔面をゴシゴシした。


「~~っ、~~~~っっ!!」

「……あれ、このエアバッグちょっとゴワゴワする……あれ、あれ、あれ? あれこれ何だろ――うっっ?!!」

 身を軽く起こし、草むらへと両手を突いて上半身を立てると、そこには彼の知らない現実があった。もちろん、ベタベタで解説するのも茶番じみている流れではあるが、それは当然エアバッグではなかったのだ。 


「問題です、事故なら許されることってあると思う?」

 フルフルと、少年には彼女の肩が怒りに震えているように見えた。怒りを押し隠した質問が、少年へと不吉に投げかけられる。


「――?!?!!」

 彼は歌舞伎役者みたいに腕を突き立て、続いて頭を抱えて、各種意図不明のポーズを取った後、苦しげに質問へと答えた。


「お許しをっっ!!!」

「許さない!!!」

「ひーっっ?!!」

 お尻を向けて倒れ込んでいた身体は、女子陸上部のしなやかな瞬発力で浮き上がった。


「ぷにゅっっ?!!」

 跳ね上がった下半身は少年の両頬をふとももで包み込み、容赦なくそのままグルリと……右半回転した。

「んげほぉっっ?!!」

 完全に暗殺体術なそれは、少年を横倒しにねじり巻き込んで、少年の頭部を大地へ叩き付けていた!


「冬のバカぁぁーーっっ!!」

 不幸な少年を無力化させて、すみれは慌てて彼から飛び退く。それからお尻を両手で抱え、ふとももをぴったりと内股にはさみ込んだ。

 その姿はモジモジと乙女チックな恥じらいをたっぷり発揮していたが、一方の少年は度重なる首へのダメージに、草むらを転げ回り悶絶し続けていたという……。



        ・



「し……死ぬわボケぇぇぇぇーっっ!!! 何でいきなり、仲間から致死量のダメージ受けなきゃなんねーんだよぉっ?!!」

「お尻触ったっっ!!」

「触ったからって、どこの世界に人の首折ろうとする幼なじみがいるんだっ?!!」

「うるさいうるさいうるさい、お尻触った!! お尻触った冬が悪いのっっ!!」

 それからしばらく、やっと身を起こした彼はすみれへと詰め寄った。

 彼らは広大な大草原のど真ん中で、最高に心地よい晴天の下で、自分たちの状況など完全に忘れて口論した。


「過剰応酬過ぎるつってんだよぉっ!! もういいっ、やり過ぎた分触り返してやるからなぁっ!!」

「こんなんじゃまだまだ足りないくらいよっっ!! 触ったらアンタのオタグッズ、学校でバラまくからね!! マジックで湯間冬一って名前書いてっっ!!」

 草原は白と水色の野花があちこちで花咲いて、それはもうかわいらしく目を見張る光景だったのだが……。


「や、やややっ、やってみろよこらぁぁぁーっっ!!」

「後悔しないでよねっ?! 湯間ティッシュ製造工場くん!!」

「誰がティッシュ製造工場じゃぁぁーっっ!!」

 良くも悪くも、彼らは臆せず図太くマイペースだった。

 マイペース過ぎて、忍び寄る[ソレ]に、いつまでも気づくことがなかった。


「なによっ、やんのっ?!!」

「おうっやったるわボケぇっ!! お前を色んな方法でヒィヒィ言わせて、全ての秘密を俺は守るっっ!!」

「うげぇーっ、アンタ発想がキモいのよっ!! 再教育っっ!!」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[塔ヶ島すみれ][O・L少女][武器・こんぼう][陸上部ぶっちぎりのエース]

[湯間冬一][被害妄想系・隠れオタク][武器・どうのつるぎ][O依存症候群]

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 二人は凶暴な釘バットと、確実に骨を砕くであろう、銅塊の剣を一触即発に構え合う。


「バカバカバーカ、バーカバーカっ!!」

「キモイキモイキモイキモイ、ちょ~~~キモイっ!!」

 ギラギラとにらみ合い、そのまま顔面を近付けて、極めて子供っぽく悪口とツバを飛ばし合った。


「……………………」

 [忍び寄るソレ]は、とにかく無視されまくっていた。その巨体が二人の足下へと影を作るまで、ずっと。


「……ん?」

「あれ?」

 あと一歩察知が遅ければ、そこで二人は[怪物]に飲み込まれ、惨たらしく人骨だけを残しておしまいだった。

 しかし彼らにとって幸いだったのは、その巨大な影が、実に奇妙な形で大地へと映り込んでいたことだ。


「うぉっ?!」

「ひゃぁぁぁーっっ?!!」

 影は汚れた赤のカラーセロファンみたいに、彼らの頭から足下まで全てをおおった。さすがにそこまで来ると気づくもので、彼らはその影の実体に視線を向けるなり、びっくり大急ぎでその場から飛び退いていた。

 ぷるぷるとしたその大山が崩れ、二人の立っていたソコへと倒れ込む。たちまち、その部分だけの草むらが跡形もなく消化されて、土くれの地肌を露出させた。


「ひーーっっ!! なにコイツぅぅぅーっっ!!」

「こ、このフォルムっっ! ぷるぷる感っっ!! 半透明っっ!! まさかっ、まさかコイツは……っっ!!」

 二人はさらにそこから逃げて、ソイツより20mほどの距離を取った。ソイツはファンタジー世界ならば、別段珍しくも、むしろ存在そのものがありきたりで、しかし現実に遭遇すると最悪の性質を持ったものだった。

 彼らを襲ったその怪物は……。


「すっ……!」

「スライムっっ!! しかもすっごいおおきいのっっ!! なによあれぇーっ、全っ然っっ、ザコじゃないじゃないのっよぉっ!!」

「こらーっっ、今俺が言いかけてただろぉっ!」

「アンタ、オタクじゃないんでしょ、何でスライム知ってるのよ」

「はっっ?! ……な、何だあれはっ、あれがスライムっ?! スライムって何なんだ、すみれ?! 頼む教えてくれ! 一っ般っ人っっ、の俺に!!」

 彼の見苦しい擬態はともかく、そのスライムは高さ4m、奥行き横幅6mもある、あまりに巨大な怪物だった。

 ぷるぷると波打つその巨体は、ほぼ全くの無音で彼らへと迫り寄ってくる。一体どうやって移動しているのか、遠近感を失わせる得体の知れない動きだ。


「……あれには武器効かなそうだよね」

「スライムだしな」

「あれ冬一、スライムのこと知ってるの?」

「と、友達がたまたまゲームしてるところ見てたんだよ?! 全然俺ゲームとかしないし違うよっ、違いますよっ?!」

「はいはい……」

 彼らは後ずさりしながら、その巨大なスライム生物の様子をうかがっていたが……。


「ねえ、冬一……何か、追い付かれてきてない……?」

「だ、だな……よし走るか」

「うん……」

 スライムとの距離は伸びるどころか、不気味な速度に縮められていた。


「ね、ねえ……!」

「うおっ、うぉぉぉーっっ?!!」

 二人は走り出した。最初は駆け足だった。でもそれでも敵との距離は広がらなかった。


「んなっ、バカなぁぁぁーっっ!!」

「あれっあれ見て冬一っ! ヤバいよっ!!」

 だから彼らの逃走は、すぐにほぼ全力のペースになった。逃げて逃げて逃げて逃げて、しかしそれでも着実に距離が縮まってゆく。


「……くそっ!!」

 若い二人はまだまだ走れたが、しかし徐々に道はせばまり、周囲は不毛の荒れ地となっていた。彼らの視界の向こう側に、天然の絶壁が立ちふさがっている。

 スライムはここへと獲物を追い込んで、逃げられなくなった動物を補食する。そういった知能と習性を持っていた。


「冬一……っ?!」

 これ以上逃げても、余計に逃げ道を失うだけだった。気づけば、U字の絶壁入り口に彼らは追い込まれてしまっていた。今から方向転換しても、追い付かれて溶かされて養分にされるだけだ。


「もう戦うしかない」

「戦うって……っ、でも……っ! いきなりあんなの倒せるわけないよっ!」

 巨大で、早くて、武器で攻撃したところで飲み込まれて終わりの怪物。そんなものを、どうやって倒せばいいのだろう。


「大丈夫だ、思い出せ!!」

「思い出すって何をよぉっ!!」

 すみれを背中に、少年は敵の巨体を不敵にギラリと睨む。巨大スライムはゆっくりとした速度で、彼らとの距離を15mほどに詰めていた。


「ふっ……」

「冬……?」

「あまりに現実が辛くて忘れたかっっ?!!」

 相対距離11m。少年は銅のつるぎを大胆に構える。


「 俺たちには!! おっぱいロケットがあるじゃないかっっ!! 」


 そして! その最終兵器の名を叫んだ!!


「はっ?! って、おっぱいロケットゆーなぁーっっ!!」

「いいからさあっ、ヤツに向かって撃てぇぇーっっ!!」

 剣先でスライムを指し示す。


「そ、そんな簡単に出ないよぉっ!! こんな状況で発射とかっ、む、無理だよぉっ!!」

「打ち上げ延期など許されん!! 俺が何とか時間を稼ぐっ、その間にお前は妄想なり自家充電なり、何とか胸キュンしてヤツへとぶっ放せぇっ!!!」

「じ、自家発電って何のことっ?! だからこんなところでそんなの無理ぃぃっっ!! 女の子にはムードが大切なのよぉぉっ!!」

 相対距離8m。スライムはゆっくりと獲物の様子をうかがっている。


「いいからやれっっときめけっっ発射しろっっ!! じゃないとマジで死ぬっっ!!」

「そんなのわかってるけど無理なのぉぉーっっ!!」

 食欲が抑えきれないのか、荒れ地に残るかすかな枯れ草まで、スライムは内部へと飲み込み消化してゆく。消化液とおぼしき、鼻を突く刺激臭がうっすらと立ちこめる。


「なあすみれっ、俺たちは……俺たちは……っっ!!」

「冬……っ、でも、でも私……っっ」

 それでも、乙女の覚悟は決まらない。無茶な注文なのだ。この状況で胸キュンしろ、なんて要求は。


「 一緒におっぱいを取り戻すんじゃなかったのかよぉぉっっ!! 」


「――っ?!」

 否。

 否、乙女心というのは複雑怪奇である。ちょっとしたパズルピースの一致が引き金に、実にあっさりと心変わりするものなのだ。


(ぁ……ぁ、ぁぁ……ぁぁぁぁ……?! 冬……冬……冬……っっ。何か……何か今……すごくカッコイイ……!! わっ、わぁぁ……っ?!)

 スライムとの距離、残り5m。


「ちくしょぉっ、こうなったら、すみれだけはやらせねぇっ!! どぉぉちくしょぉぉぉーっっ!!」

 少年は剣を横薙ぎに構え、スライムの巨体へと突撃する!! 少女は……。


(きゅんっっ!!)

 恋する彼の勇ましい姿。すみれは瞳をまん丸にしてそれを見つめ、運動に上気していた頬をさらに熱っぽくさせて……。

 激しいときめきと発熱をする胸を、ロケットを、民家をも破壊するミサイルを両手で抱き込みうつむいた。


「くっっ、ぅぅぅーっっ!!」

 暴発する!! それを悟った彼女は、うつむいてしまった姿勢を戻し、ほんの一瞬のちゅうちょの後、胸を突き出し上着をはだけさせた!!

 剣はスライムの身体を横へと斬り裂き、彼の想像よりずっとずっとゼリー状に近いその性質を暴き立てた。知能が災いして、スライムは後方へとひるむ。


『ジュッッ!!』

 スライムの体液が飛び散り、少年のラフなTシャツの袖へと付着した。

「どわちゃぁぁぁっっ?!!」

 慌てて彼はシャツを脱ぎ払い、患部をその下の肌着で拭う。溶けてはいなかったが、真っ赤に皮膚が炎症になっている。そこへ……。


(すごいっ、すごいっ、すごいなにこれっっ、ふぁぁぁっっ?! カッコイイっっ、カッコイイっっ、今のもちょっとカッコ良かったっっ、すごくカッコ良かったっっ!! ああっもうダメっっ、もうっ、もうっ、もうっっ、また……っっ!!)

「冬っっ逃げてっっ!! わ、私もうっっ……!! うっ、うちっ、うちっ、打ち上がっちゃうよぉぉぉーっっ!!!」

 桃色に息を乱して、トロトロに瞳をうるませた少女が、プシュープシューと水蒸気を立てて、おっぱいロケットをスライムへ向けて照射していた。


「ちょっえっ待っ?!!」

 雷鳴のごとく重々しい発射音。

 すぐさまそれは、先ほどの第一発よりも緩やかなスピードで推進し、やがて超加速に達した!!


(ひーーーーっっ?!!)

 問題が一つあった。逃げてと言われても、彼へとときめいたロケットミサイルは、状況など有無を言わせずターゲットをロックオンする。

 つまり、逃げてなどと言われても、実際問題無理だったのだ!!

 上手くスライムの背後へと回り込めば、敵を壁にするチャンスもあったが、だがもう時間が足りない。インパクト・Oは超高速だ!

 とにかく彼はスライムめがけて走る。少しでも生き残るために! こうなったら、やけくそで!! 巻き添えにするために!!


「俺ってもしかしてっ、もしかしてっ。もしかしなくても人間誘導装置ぃぃっっ!!」

 少年が背後を振り向く。


「おっぱいは――っっ!!!」

「ぶぺらっっっ?!!!」

 ちょうどその少年の右頬に、インパクト・Oの左フックが直撃した。スライムの斜め横方向へと、今度は横きりもみ回転で少年は吹き飛び……。

 目標へ着弾したミサイルは、巨大スライム(戦略対象外)の目前で大爆発する!!

 大嵐と化した爆風、あらゆる周波数で共鳴する圧倒的なソニックウェーブ!

 さらに威力を増したインパクト・Oは、大爆煙を立てて敵を跡形もなく吹き飛ばしていた!!



        ・



 少年はまたもや奇跡的な軽傷だった。といっても完璧な左フックが、立ち上がり不能のKOとなって、荒れ地へと彼を横たわらせていたのだが。


「ぉ……ぉぉ……ぉぉぉぉ……。おっ……は…………おっぱい、は……」

 ミサイルをぶっ放したことにより、少女はその場へと女の子座りでへたり込んだ。甘く忙しない呼吸を繰り返して、今は全身の筋肉が脱力して立ち上がれない。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……ぅ、ぅぁ……ぅぁぁぁ……」

 敵はもういない。彼らは勝利したのだ。その、制御のあまりに難しい超火力で。


「お、おっぱいは……硬かった……。おっぱいは……やわらかくなかった……。インパクト・O……ばん、ざい……」

 少年は両手を空へとかかげ、弱々しく脳内乳もみに指先を動かし……力尽きた……。


「う、うそ……冬一……っ、あ、あれ……っ」

「え……?」

 でも、彼らの戦いはそこで終わりじゃなかった。確かに彼らは勝利した。

 だが……。


「…………」

 沈黙。


「なんじゃこの世はぁぁぁーっっ?!!」

 絶叫。


「も、もう無理ぃぃぃーっっ」

 泣き言。それから、スライムの群れ。

 先ほどのスライムは特別だったのか、群れの個体は小ぶりで、高さ1mにも満たないものだった。

 しかしだが、その個体が見渡す限りに、少なくとも彼らの目の前に10体以上が現れていた。その粘液生物たちが、ゆっくりとゆっくりと、今も着実に近づいてきている……。


「お……お助けぇぇぇーっっ!! 俺にはやり残したゲームと漫画とラノベとプラモがあるんだぁぁーっっ!! こんなことならエッチなフィギュアとかっ、ゲームとかっ、コミケ会場のコスプレねーちゃんをカメラに収めとくんだった、チクショォォォーー!!!」

 少年は見苦しく叫び、だだっ子みたいに両手をバタバタとさせる。さっきまでのカッコ良さはどこにもない。


「ふ、冬……あ、あのね……あのね私……」

 死を覚悟したすみれは、その少年に向かって何かを言いかけ……。


『タタタタタッッッ……サクッッ!!』

『サクッッサクッッ……サクサクッッ!!』

 だが不可思議なものを目撃して、言葉を止めた。


「うぉぉぉぉっっ、やっぱり死にたくねぇぇぇーっっ!! お助けーーっっ、誰かお助けーーっっ!! もし助けてくれたら俺、たとえそいつが男でも全てを捧げるからぁぁっ、神様お願いどうかお助けぇぇーっっ!!」

 進路のスライムを一掃して、それは少年の目の前に立ち止まり、彼の手をがっしりとつかんで持ち上げた。


「おわぁっ?! どっこいしょっ?!」

 その体格からはとても想像できない筋力で、やや小柄な彼女は、少年を摩訶不思議な鳥の背中へと乗せる。


「え……え……?」

 彼が彼女の、細く少しだけ筋肉質な腰へと腕を回すと、立て続けにすみれの前へと走り出した。前屈姿勢で機敏に走るその、イワトビペンギンに似た妙な動物で。


「ほら早く乗ってっ! アイツら倒しても倒してもやってくるから、早く逃げよっ、スライムだけに、トロトロしてると食べられちゃうよっ。……ぷぷぷっ♪ スライムだけにトロトロとか、うぷぷっ、あたしながら傑作……あはははっっ♪!」

 彼女一人で自己完結して、それはもう陽気に笑う。褐色の肌、背中で三つ編みにした長い髪の毛。極めて軽装の、ほぼ半裸にも等しい軽鎧ビキニアーマーに、身体並みにバカでかい青竜刀。そして、目つきの鋭い騎イワトビペンギン。


「あ、ありがとう……」

 差し伸べられた手を握って、すみれは冬一の背中へと腕を回した。すると彼女はやっと気づく。少年の視線が、その部分に集中していたからだ。


「ようこそ、異邦人のお二人さん♪ あたしはダークエルフのパティア、今から私たちの隠れ里に案内しちゃうよ~っ♪」

 彼女はエルフよりもさらに希少なロマン種。尖った横長の耳を持つ、ダークエルフの女戦士だった。

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