3.Oの征き先
冗談みたいな本当の話。本当だけど、冗談としか思えない話。
塔ヶ島霧子の血筋は、思春期に達するとおっぱいがロケットになるという、もはや一般常識に生卵と醤油を一緒にぶっかけて、その
ままぶん投げ捨てたような存在だった。
(アホらしい!! あまりのアホらしさにこの世の全てを呪いたくなるぞ、アポロよっっ!!!)
裏山の向こう側から、テクテクと徒歩にて帰還した彼。なぜか奇跡的な軽傷で済んでしまっている。この世がギャグマンガなのでは
ないかと、少年は心から疑いたくなった。
「はぁぁぁ……」
真実を霧子から知らされて、それからしばらく。すみれはまたしゃがみ込んで、胸をかかえて、やがてエクトプラズムが出そうなほ
ど深い深いため息をはいた。
「どうした、すみれ?」
「うるさい……」
「いやまあ、ヘコむ気持ちはわかるけど」
「うっさい……っ!」
おっぱいがロケットになったまま戻らないなんて、あまりに衝撃的過ぎる。しかもそれが、制御不能のトキメキ大発射なのだと知ら
されたら、途方に暮れる方が正当だろう。
「マジで戻らないのか? ……ちょ、ちょっと見せてみ?」
「みっ、見せるかバカぁぁーっっ!!」
「うわっ?!」
立ち上がりざまの裏拳が、のけぞった少年の鼻先をブォンとかすった。
「フフフ……誰もが一度は経験するものよ、すみれ」
「私は声変わりした少年かぁーっ!! そんな慰めはノーセンキューだからママっ!! すね毛とかヒゲにショック受ける男子中学生
とはっ、絶望の次元が違うのよぉぉっっ!!!」
基本いつもズレズレな母親のフォローにも、すみれは頭を抱え込んで絶叫する。
「落ち着けよ」
「うるさいっ!!」
「……種子島」
「このっっ、またぶっ飛ばすわよっ!!」
「わーっ、わーっ?! アポロはいやーっ、わーーーっっ?!!」
もはやJAXAからオファーが来るレベルだった!!
(こんなんじゃ……。……こんなんじゃ……冬一の彼女になる資格なんてないよ……)
さらに心の底から、瞳にうっすらと涙をにじませて、ロケット少女は落ち込んでゆく。
「…………。ねえ……冬……」
やがてたっぷりと落ち込んだ後、ぽつりとすみれは声を上げた。
「私の……その……む、胸が……ロケットになっちゃったんだよ……? 冬一はそれでいいの……?」
悔しそうに視線を外しながら、悲しげに彼女は彼へと投げかける。彼は……。
「ズガガガガーーーンッッッ?!!!」
Oへの憧憬と衝動を、心のオシャレ小箱に忍ばせる[隠れおっぱい星人]だった。彼女の主張する、衝撃の現実に今さら気づく。
「い……イヤだぁぁぁぁぁーっっ!!」
気づくなり、立て続けに叫んだ。この世の理不尽を呪った。日々の中に隠れる、Oという命の糧。それが今、すみれの胸から消失し
てしまったのだ!
ロケット化したOが良いという、特殊で危険でさらに同意の得難い好みでもない限り、男には悪夢でしかなかった!
(イヤなんだ……そうなんだ、イヤなんだ……。ちょっと嬉しい……でも、今の私は……)
すみれは彼の絶叫に、ちょっとした幸福を見つけて、しかし救いのない現実にまた落ち込んだ。
(俺は……俺は……俺は……っっっ!! おっぱいの無いすみれと、これから仲良くできるのか?!! すみれと言えばおっぱい……
だが、だが、だが……!! ダメだ、わからねぇ!!)
(俺はおっぱい無いすみれを、女として愛する自信がねぇ!!! 俺は、俺はすみれのことを……すみれのおっぱいのことが……好き
だったんだ!!)
今、おっぱいを取り戻す物語が始まる……。
「言い伝えで聞いたことがあるわ……」
「ママ……?」
「胸がロケットになったご先祖さまが、やわらかき双乳を取り戻すために、ここではない別の世界へと旅立ったという、伝説を……」
唐突な話だった。しかしだが、Oを喪失した二人には、たとえそれが嘘であっても、すがるしかない希望の光だったのだ!
「本当か、おばさん!」
「ええ、その別世界への扉が……」
二人は塔ヶ島霧子へと注目する。彼女はゆっくりと、彼方を指さし……。
「なんと!! あそこの物置の中にっっ!!」
実にお手頃な到達手段を指し示してくれた。
「すごいっ!! ママってば男をたぶらかしてばかりじゃなかったのねっ!!」
「開かずの物置にそんな秘密が!! 管理を怠って錆ついてたとか、男を監禁してたとか、そういうわけじゃなかったんだな!!」
わっしょーーーい!! と、霧子は物置の扉を力ずくで開け放ち、南京錠をバキリとはぜさせる。
その物置の中では、巨大な扉が壁へと一体化しており、閉じることができないのか開き切ったまま、暗黒の虚無空間をのぞかせてい
た。
「でも、言っておくわ……向こう側に何があるかはわからない……。最悪死んじゃうかもしれないから注意してね、ウフッ♪」
物置を背中に、霧子おばさんは二人を脅かして、続いていつも通りに笑う。
「そんなの関係ない! 私は失ったモノを取り戻すだけよ!」
「以下同文! しいて言うなら、おっぱいのないすみれに希望無し、色気無し、女の価値無し!!」
「アンタは一言以上多いのよっ!! 最っっ低っっ!!」
「へげぽっっ?!!」
最低限の挙動で、真となりの彼へとエルボーが突き刺さる。
「わかったわ。行ってらっしゃい、ママはここから応援してる。……じゃあ、旅立ちの前に装備を二人にさずけるわ」
物置には、膝くらいまでの高さの小コンテナがあった。
「おお!!」
「ママってば、RPGの王様っぽい!!」
彼女はそこから[初期装備]を取り出す。
「勇者たちよ、これは[こんぼう]と[どうのつるぎ]です。早速装備しなさい」
それを彼らへ渡した。
「って、これ釘バットじゃないっスか!!」
「うわもったいない、しかもこれジャイオンツのサイン入りバッドだよこれっ?!」
上等なバッドへと釘を無数に打ち込み、ヘッド部分を折り、鋭利に尖らせたもの。こんぼう。
「重っっ?!!」
銅のつるぎは赤く錆び付いて、もはや剣の形をした金属塊、鈍器そのものだった。
「……あら? 皮の鎧から酸っぱい臭いが……腐ってるかしら……着てく?」
「私は絶対イヤっっ!!」
「腐ってるなら防具にならんでしょ、おばさん!!」
呪われた(腐った)皮の鎧はそのまま、無かったことにされてコンテナに戻された。
「じゃあ最後はこれ、向こうの世界のお金よ」
「お金……? わぁぁ……っ」
皮袋の方は腐っていなかった。その中身を母が広げると、そこには小石状の、光輝くガラス質がいっぱいに詰まっていた。
「なんですかこれ?」
「ダイヤモンドよ」
「ぶっっっ?!! えっっ、ちょっっっ、えっっっ?!!」
「ま、ママっっ?!!」
ダイヤの皮袋は、コンテナの奥にまだまだいっぱいあるようだった。
「家の修理にちょっと使おうかしら……」
何はともあれ旅立ちのときはきた!!
さあ、ゆけ、Oの戦士たちよ!!
これは……Oを失いし若者たちの……回帰の物語である……。
「とにかくいくよっ、覚悟が鈍る前にいくからねっ、冬!!」
ぎゅっと熱血にすみれは左手を握り締める。明るく元気にはつらつと、活動的な決心のまなざしを向けた。
「あ、じゃあ先にどうぞ」
「とかいう矢先に尻込みしてんじゃないわよっ! いいから行くよっ、ゴーゴー、突撃蹂躙侵攻隊!! どんな敵も釘バットで血みど
ろよっ!!」
右手のモノを、ブォンブォンとキチガイに釘バット的に振り回し、がっしりと彼の襟首をつかんだ。
「うわっ、わーーっ、わーーっっ?!! やっぱりまだ旅立つ覚悟がついてないし待って待ってっっ、せめて押し入れの中の私物を処
分してからーーっっ!!」
「そんなのママも私も三年前からもう気づいてるからっ、この隠れオタっっ!!」
旅立ちを前にして、少年もまたショッキングな事実を知らされていた。
「ぎゃーーっっ、迫害されるぅぅっっ!! オタクがバレた以上、全紳士淑女から軽蔑と誤解と嫌悪の視線を向けられるぅぅっっ!!
俺はオタクじゃねぇぇーーっっ!! あ、あれはっ、あれは友達から預かっただけなんだぁぁーっっ!!!」
少年は常々、オタクがバレたら人々に迫害されると、心の底から深く深く思い込んでおり、本当はオタク趣味なのに必死に偽装して
いたのだった。
「見苦しい言い訳するなーーっっ、いいからいくよっっ、おりゃーっっ!!」
「 こ の 世 の 終 わ り じゃぁぁーーっっ!!」
頭を抱え込んだ少年を、少女はそのまま引っ張って、虚無の扉にダッシュした。
「いってらっしゃーい、生水には気をつけるのよーっ♪」
慌ただしいっていうレベルじゃねーグダグダさで、二人の体は漆黒の彼方へと消えた。