5.腐神抗戦
「こうしよう。俺が勝ったらこの場は見逃してくれ」
剣を突き付けられても、ドールはすぐに臨戦態勢へと入らなかった。
「ドールさんが勝ったら、一つだけこの場で出来る範囲で、ドールさんの願いを叶える。ただし、同行するとは言っていない、願いを叶えるだけだ」
何とか彼女から逃れるために彼は自分自身を賞品にした。情けない交渉内容だがドールというその少女は喜んで乗ってくるはずだ。
「ど、どんな願いもですかっっ?!!」
予想通り彼女は彼の賭に乗るどころか、むしろ飛びついてきた。
「いやっ何で鼻血出てんのっっ?!! 俺に何させるつもりっっ?!! ごめん超怖いから!!」
眉を八の時にして、彼女は興奮のあまり鼻血をたれ流していた。少年が不安に陥るくらい鬼気迫る形相だ……。
「で、では……ではっっ!! 私が勝ったら……!! お脱ぎください、アンガルア様!! ラフを取りますので……我々の聖なる絵本のために、どうか!! 下まで全部、ばさーーーっと!!!」
ドールさんアイが再び少年の全身を透視していた。視線は首筋や、腰、胸元にまで集中してとんでもなくウルフでアメーバだ。
(つ、ついていきたくねぇぇ……っ。ついてったら俺……一体なにされるんだろう……腐女子っておっそろしい!!)
「わかった、じゃあ……いくぜ!!」
絶対にそれはイヤだ。恥ずかしいし自分の裸体が怪しげな絵本に使われるなんて、さらにごめんこうむる。
少年は何がなんでも勝利しなくてはならない。
だから渾身の踏み込みでショートソードを彼女の胴へと薙いだ!!
金属と金属が激しく擦れ合う!
予備の脇差しでパラディン・ドルフィスは少年の奇襲を飛び退き受け流した。彼女の大剣は今、彼の足下に転がっておりそれを回収する余裕はまだない。
「何と鋭い動き!! だがまだ神々の力は覚醒していないようですね!!」
「んな力っっ、あるかぁぁーっっ!!」
合計五発の、薙ぎ、薙ぎ、突き、薙ぎ、払い! それら全てをドールは防御向けの短刀、マインゴーシュで受け流す。
彼女は彼の素晴らしい剣術の素質と気迫に驚愕したが……。
それはひとえに腐女子教への恐怖ただそのものだった!
「くっっ、うほぉぉぉーーっっ?!!」
七発目の薙ぎはついにマインゴーシュにより受け止められてしまった。力と力の押し合いとなり少年の気迫と火事場力もあえなく跳ね返される。
「すごい! これが黄泉の剣術!! 何という勢いだ!!」
後方へとよろめく。しかし隙を見せるわけにはいかない。絶対に。
だって負けたら裸にされて、お嫁にもお婿にも行けなくなる。
そういう精神的陵辱を受けるに決まっていたからだ!
「うっっ、うがっっ?!!」
倒れそうな体を側転で立て直し少年は敵へと向き合った。その敵が、少年を狙う狼が、腐った淫獣が、暴力的な突撃力で獲物へと詰め寄る。
レーザービームのように繰り出される短刀をショートソードで受け止め、受け止め、受け止めて、さらにそこから追加の強撃を受けて、少年はさらに後方へと吹き飛ばされていた。
「また防がれた?!! やっぱり素晴らしい、やっぱり貴方は神だ、ああっ、アンガルア様っっ!!」
「くっ、くそ……っっ!」
背中を木の幹へとぶつけて少年の呼吸が数秒だけ止まる。その隙にドールは散らばった髪を整えつつマインゴーシュを腰へと戻していた。
(や、ヤバ……)
それは戦闘の放棄ではない。短刀をしっかり握ったまま彼女も彼から後ずさったのだ。
一歩、二歩、三歩、それから四歩。そこまでいって大剣騎士は腰を慎重に落とす。注意を彼へと向け続けてドールは本来あるべきその武装、白銀の大剣を背負いあげた!!
「ですが、これは防げるでしょうか?」
「や、やってみろよっっ?!!」
ヤケクソで少年は叫ぶ。叫びつつ打開策を考えた。
彼女に勝つ方法、その大剣を防ぐ方法。
(ちくしょぉぉぉーーーっっ!! あんなん食らったらっ普通に死ぬやんけーーーっっ!!!)
ドールの体が飛ぶ。
「~~っっ!!!」
異様な筋力がその大剣が薙ぎ払いの軌道を描く。とてつもない超重量。いくら上等な武器だとはいえショートソードで受け止められるものでもない。
(ホモか死かっっ!!)
(……。ドアホーーっっ、どっちもイヤじゃぁぁぁーっっ!!)
大剣は昼夜の月光と化してショートソードの防御ごと少年を薙ぎ払う!!
どこか奇妙な金音が高々と響く。
「くぅぅっっっ?!!」
悲鳴を上げたのは何とドールの方だった。
その時、二人にとって不可解なことが起きたのだ。超破壊力の大剣がショートソードへと激突し、だが十分な衝撃ダメージを与えるよりもはるか先に……。
「うおおおおっっ?!!」
大剣は滑ったのだ。ミスティン・ショートソードの刃の上を。
渾身の一撃をほぼ空振りしたにも等しかった。想定外の慣性にドールはバランスを崩し、剣の遠心力に振り回されかけた。
そこへ湯間冬一の剣が追撃する。
「ぐっぐぅぅっっ!!」
ドールは大剣をそのまま投げ捨てていた。
少年の一撃目は鎧へとぶつかり弾かれた。
さらに二撃目の突きがドールの鎧の隙間を狙って伸びてくる。
再び剣と剣が金切り声を上げる。
彼女は遠心力により背中を向けた無防備な状態だった。だが歴戦のその応用力がとっさにマインゴーシュを抜かせ、その無理の姿勢からクルリと突きを受け流したのだ。
「な、何ですかその剣はっ?!!」
二人は距離を取り互いを警戒しながら呼吸を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……き、聞くなーっっ!!」
「その剣と衝突したとき……確かに滑りました……一体、それは何なのですか?!」
少しだけうろたえるようにドールは大剣の通じない彼を、エルフのショートソードを指さす。
彼女からすればその少年は決まり通りの正攻法では解決しない、特に重戦士には戦いにくい相手となっていた。
「だから、聞くなよぉっ?! どうしても聞くのかっ!? どーーーしても聞くのか?! 後悔するぞこらーっ?!!」
当の少年はもうヤケクソだ。自分の固有魔法が、魔法剣が、期待よりずっと有用だったのは事実だが……しかしそれは己の変態性の露呈でもあったのだ。
「アンガルア様っ、その術は一体っ?!!」
「お、俺はっ、俺はっ、俺はーーーっっ!!!」
天に向かって少年は吠える。追いつめられたダックスフンドのように!! 半分ヤケクソ、もう半分悲痛に!!
「笑えっっ、卑しめっっ、バカにするがいいっっ!! 俺はこーいうモノですよぉぉぉーーーっっ!!!」
彼は水筒をひっつかみその中身をドールへとぶっかけた。
「きゃっっ?!! うっ、うああっっ?!!」
悲鳴、そして悲鳴。当然である……。
水筒の中身は空気中でゲル状へと変わり、さらに彼の強い意志がでんぷん糊のような粘度に仕上げていたのだから。
「こんっちくしょーーーっっ!!! これが俺のヌルヌル魔法とっっ、ヌルヌル魔法剣じゃぁぁぁっっ!!!」
その変態的な攻撃に、液体にひるんでいた彼女へと少年は再度突撃した。
剣と剣がまた衝突し、だがヌルヌル化したショートソードは防御をくぐり抜け鎧へ到達する。
装甲のない部分を狙って剣は伸びていた。決定打にはならなくとも彼女の戦意をそぐだけの一撃になったはずだった。
だが……。
「……素晴らしい魔法です。私の想像力が今、どんどんと! どんどんとかき立てられています!! そのお力で、グナガウア様を……ドロドロの、グチョグチョの、ニチャニチャの淫液まみれにしてしまうのですねっっ!!」
突然そのショートソードの目の前に光輝く魔法の盾が発生していた。
「なんっっじゃそりゃぁぁぁーーーっっ?!! つか淫液とかゆーなっ、余計な妄想も頼むからしないでくれ!!」
少年はさらに追撃を入れたが何度打ち込んでも魔法盾に防がれてしまう。
「[ヘヴンズ・シールド]自動発動する魔法の盾。平たい表現になりますが……。何人たりとも、この私に傷を与えることは出来ません。特にアンガルア様のような技巧派戦士に対しては、ほぼ無敵と言えます」
今度は腕のシールドを構えマインゴーシュを突きのスタイルにする。いかに滑ろうと神速の突きならば相手の防御は通じない。冬一は軽装防具だ。
「シッッ!!」
「だわっだわわわっ、ひぃぃーーっっ?!!」
突き、突き、突き、突き、ただひたすら突き。避けて避けて避けて避けてかろうじて受け流す。
「ひゃわぁっ?!!」
ついにバランスを崩し少年はしゃがみ込む形で回避した。だがその回避方法では次がない。立ち上がる前にやられてしまう。
(ど、どうするっ、どうするっ、次どうするこれっ?!! ……あ?!)
その時、ふわりとドールのスカート部分がめくれ上がった。
その内側からちらりと見えたのは……。
(ぶっっっ?!!)
運動性を追求するとそうなるんだろうか?
そこにあったのは白い無地の……。
だがしかし大胆に深く深く食い込んだTバックだった……。
(こ、これは……!!)
意外とむっちりとしたそのふともも。筋肉と脂肪がバランス良く付き、白くなまめかしく引き締まっている。Tバックというその神布はふとももの絶対深層まで全てを露出して、たまらない下腹部すらもあらわにしていたのだ。
(時が……止まっている……!!)
サービスシーンになると自動的に時が止まり、彼は状況を観察することが出来る。そう、状況を、観察……。
肉感的な脚、食い込む股ぐら、膝こぞう。肉感的な……。
(うわ、うわ、うわ……)
でもそうだろう。健康的な男子学生の目の前にサービスシーンが現れたとしたら、ソイツは何も考えず時間の限り情景を鑑賞するに決まっている。
体感にして20秒ほど。そして、時は動き出した。
「負けを認めてください、アンガルア様!!」
何をどうやったのかはわからない。少年はその後の突きを夢中で防ぎ、また彼女から距離を取っていた。貴重なその20秒を丸ごとスケベ心のために浪費していた自分を呪いつつ。
「ホモはイヤだーーーっっ!!」
「最初だけです!! 記憶さえ取り戻せば、全部気持ち良くなりますからっ、私に任せてください!!」
距離にして8mほど。逃げたところで追撃されるだけ。
ひたすら彼は活路を模索していたがどうしても勝算が見えなかった。
「ひーーーっっ、とかいいながら何するつもりっっ?!!」
するとドールはもう一気にカタを付けることにしてしまった。複雑な紋章を刻み、彼女の目の前にきらびやかなに魔法陣が出現する。
「これで終わりです!! 征けっっ、ホモの描く星空へ!! マジックアローーッッ!!!」
ビシリ!! と、彼女が人差し指を魔法陣およびその向こうのアンガルア様へ突きつけると、光輝く七つの矢が彼へと向かって拡散発射されていた!!




