1.OLの目覚め
「すみれ、消しゴム借りていい?」
きっかけはちょっとした事故だった。
「べ、別にいいけど、角つかわないよね……っ、こっちの丸いところ使って」
「うんわかった、ありがとな」
少女は真っ白な消しゴムを、おずおずと少年の手のひらに乗せる。
(ぁ……)
すると二人の手と手とは軽く擦れ合い、彼女の心臓をドキリと加速させた。少女・塔ヶ島すみれは、どこかすねるようにそっぽを向いて、赤面しかける自分に当惑している。
「なあ、ここの問題わかる? ……すみれ?」
「あ……っ、え……う、うん……」
世間では今、春休みシーズン真っ盛り。ひかえめなボリュームの宿題が、ガラステーブルへと2セット乗せられて、少年と少女は静かに向かい合っていた。
今朝は気候も暖かく、半袖半ズボンで過ごせてしまえるほどうららかで清々しい。
「って、何でアンタに教えてやんなきゃいけないのよ、自分で考えなさいよっ!」
「そうだけど、教えてもらった方が早いし」
「だ、誰がアンタなんかに教えてやるもんですかっ! だいたい消しゴムくらい持って来なさいよっ……! 部屋、隣でしょ……」
「……それもそうだ。じゃあ休憩しようぜ」
湯間冬一少年は、ふと退っ引きならねぇ尿意を覚えて立ち上がった。
机を立つ彼に、塔ヶ島すみれもつられて腰を上げる。大好きな焼きプリンと、砂糖たっぷりの紅茶でも入れてこようと、そう決めたらしい。
ツインテールと長いもみあげが、ふわりとわがままに揺れる。
「使っちゃダメとか言ってないでしょっ! い、いいわよっ……、一緒の消しゴム……使いなさいよ……」
「悪いな。じゃあ俺ちょっとトイレ――」
「あ」
でもそれはたった一歩だった。少年はたった一歩を踏み出すなり、ものの鮮やかにもベタベタに、延長コードへと足を引っかけていたのだ。
「きゃっ?!!」
結果、ちょうどそこにあったベッドへと、少年は飛び込むように同級生を押し倒していた。とっさに怪我をさせちゃいけないと腕が動いたのか、彼はがっちりと固く少女を胸へと包み込み、頭部までもを固定した。
倒れ込む二人分の体重に、ベッドのスプリングが苦しげにきしむ。
「ご、ごめ……うわっっ?!」
「ちょっちょっとっ、なにすんのよっ!! ……ど、どきなさいよぉっ!!」
やわらかな乳房が少年の胸へと弾力を返し、十分過ぎるその存在感を自己主張した。彼は人並み以上に、おっぱいへの興味を持ち合わせていたこともあり、一瞬意識がぷにゅぷにゅと吹き飛ぶ。
「はっ?! ごめんっ、すぐに……。うわぁっ?!」
「ちょ、ちょっとぉぉっっ?!」
しばらくして、慌てて彼は身体を起こそうとした。肌触りのいいシーツに一度滑ってしまったものの、何とか両手をベッドへ突いて、その身を起こす。
「…………」
「あ、あれ……?」
起こそうとした。
「…………」
「すみれ……?」
いや、起こそうとはしたのだ。
しかし、予想外の重力に彼は驚き動きを止めた。それが塔ヶ島すみれのやわらかい体重と、彼の背中に回っている、細い両腕のせいなのだと気づくことになる。
「すみれさん……?」
「…………」
塔ヶ島すみれは黙り込んでいた。眉をつり上げて怒っていたはずなのに、今は我を忘れてただただ夢中で男を見つめ返すだけ。
そう、その視線はいつまで経っても、少なくとも60秒とちょっとの時間が流れても、一時も外されることがなかったのだ。彼の切実な尿意などお構いなしに。
(これって……え……?)
湯間冬一もまだ、来年高校二年生を迎える少年に過ぎない。そのシチュエーションが何を意味するのか、すぐさま理解できるはずがなかった。
(わ、私……何してるんだろう……。でも、でも……。胸が熱い……苦しいよ……何で……)
だが誰よりも状況に戸惑っていたのは、むしろ彼女本人だった。彼の硬い胸板へと同じ部分が触れるなり、何か妙なスイッチが入ってしまっていた。……すみれの自由意思とは他の、何かしらの部分で。
「なんか……胸がすごく苦しい……」
「えっ、む、胸っ?!」
今日の彼女は膝上までのホットパンツに、半袖純白のブラウス一枚だった。それは胸元でボタンを止めたもので、その内部では苦しげに少女の女体が隆起を繰り返している。
(わわわわわわわわっっ?!! 胸が苦しいってっ、胸が苦しいってソレどういうことっっ?!! こ、これはっ、これは……これはもしや……っ!! 罠かっっ?!!)
大混乱に陥った彼は、体重をベッドへ預けることも、すみれを拒絶して身を起こすこともできない。その中途半端な姿勢のまま、彼はもうひたすら彼女の胸元を、どこか淫靡なその呼吸を、ただガン見ッッし続ける。
「はぁ……はぁ……ふぅ……ふぅ……はぁ、ふぅ……。助けて、冬……っ、わ、私……変なの……。熱い、熱いよぉ……」
「ちょっ、えっ、まっ、えっ、て……っ。展開についていけないよ俺っっ?!!」
その時、彼女の両手が緩み、ゆったりとベッドへと寝そべった。それからゴクリと細い喉がツバを飲み込んで、完全に顔面を上気させながらそっぽを向く。
「冬が、脱がせて……」
「……はうっほぅっ?!」
なぜいきなり濡れ場に?! とんでもない展開に、とんでもない行動に、とんでもない言葉と要求が続いて、当然少年の思考はやはり追いつかない。
「は、はやく脱がせなさいよ! わ、私がいいって言ってるんだから、いいのっ!」
「いやっでもっちょっとっっ、何でっっ?!! いやこれっ、痴漢注意の張り紙の前に置かれた、[やかん]くらい解せないよっ、理解不能っっ、え、なぜにっっ、何でっっ、どうしてっっ?!」
だがそこに一つの事実があった。湯間冬一こと冬くんは、三年前より両親の都合で居候生活を続けており、すみれさんの、ダイナマイツボンバー(死語)なる雄大な丘陵地帯……山ッ岳ッ信仰に染まっていた。
「はやくして……お願い……恥ずかしいの……。ねえ……はやく……」
つまり彼は、世の男性ほぼ半分が患う不治の病、女の子の胸部が気になってたまらねぇ症候群を重篤化させていた!!
「ホントにいいのか……?」
「っ、っっ~~! うるさい……うるさいうるさいうるさい……っ、聞かないでよ、バカ……。あ……っ」
そっと彼の両手がブラウスの左右へと触れる。
「し、知らないからな……」
「ぁ……ぁぁ……ぅ、ぅぁ……」
指先が一番上のボタンへとたどり着き、不器用に震えながらそれを外す。すみれの瞳は大きくまん丸に広がり、その一部始終を観察し続けている。
「は、はやく……はやくして……な、なんか来ちゃう……。胸が、胸が燃えちゃうみたいに……っっ」
次はボタン二段目。ふんわりとした女の子の感触。嗅ぎなれたシャンプーの匂い。ときおりチラチラと、すみれの流し目が彼をのぞき込んでは滑るように逃げる。
(お、俺……俺……何してるんだ……? まさか俺、このまま、すみれと……)
ようやく理解力を取り戻してきた彼は、うっすらと脳裏にその可能性を浮かべた。このまま、彼女の要求を受け入れ続けてゆけば、それはいずれ……。
「すみれっ、俺……っっ」
第三ボタンへと手をかける。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……あっ、ああっ、で――」
「 出ちゃうぅぅーっっ!!! 」
やっと慣れてきた指先がボタンを外し、そのままゆっくりと生地を左右へと広げる。そこにはピンクの下着と……。
「へ……?」
甲高い桃色の叫び声。
続いて、一瞬だけ彼の意識に焼き付いたそれは、ブラジャーの下よりひとりでに超高速で飛び出した。
「アポロォォッッッ?!!!」
胸元へと深く深く、息がかからんばかりに接近した彼の顔面へ、二対の物体がガツンッッッと命中。奇術師なみの爆転で彼の身体は後方へとキリモミ回転し……。
盛大な爆発音と黒煙と共に、部屋の壁は木っ端みじんに粉砕された。すみれの胸から……いや、おっぱいから発射された[爆発物]によって。
「キラーーーーンッッッ!!!」
冬一少年はそのまま野外へと吹き飛ばされ、午前の晴天に輝くお星様となった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。ふぅ……ぁ、ぁぅぅ……ぁぅぅぅ……」
何かを排泄した彼女は、ぐったりと幸せそうに脱力した。夢のような余韻が彼女を包み込み、ゆっくりとその呼吸が落ち着いてゆく。
パラパラと、仰角45度で粉砕された壁は砂粒化したコンクリートを室内へとこぼし、だか少女はまだ夢見心地の中だった。
「月面着陸っっ?!! ビタンッッッ!!!」
壁の向こう側は裏山で、ドスンと何か重たい[人間砲弾的なモノ]が墜落音を立てる。
……………………。
…………。
そう、すみれから発射されたそれは…………。
「お、ぉぉ……ぉぉぉぉ……おっぱい……ロケッツ……??? ぐふっっ……」
全長42cmというありえへんサイズの――[インパクトO]だった……。