第8話
命からがら第一階層へと逃げ延びた彼等は、暫しの休憩と今後の方針の話し合いの為に、ユダが何処からか見つけてきた脚の壊れた卓袱台を挟んでゴミが押し固められた地面に座っていた。
胡座をかいているスクラップと卓袱台の上で正座するピピ子は進路相談の学生のように真剣な表情で、向かいに座るユダに話し掛けた。
「どうすれば良い?」「ピィ?」
「何がですか?」
具体的に述べよ。と言う意図が見えた。口に出して自認せよ、と。
正直、スクラップとピピ子、彼等は調子に乗って舞い上がっていた。
急激に高まる力への興奮、互いに信頼し命を預けあい戦う事への高揚、自分達に敵など何処にもいないと思った優越感、自分達は変わったという確信が誇りになった。
それがスクラップゴブリンの群れで優越感に陰りが見え、その先にゴブリンのリーダーよりも格上の強敵の出現で興奮は冷め、高揚は萎え、優越感も誇りも、自分達の傲慢と気付かされた。
彼等は本当の意味で強くなる事を誓った。
「ピィ……」「……どうすれば今より、もっと強くなれる?」
お互いに顔を見上げ、見下ろし決意を固めた目でユダを見る。片方には目は無いが。
ちゃんと理解している。そう思ったユダは、勿体つけるように演技じみた動きで両手を組んでから二、三度頷く。ユダとしてはもう少し遅い段階で始めたい計画を実行する事にした。
その姿は滑稽としか言えず、しかし彼等は突っ込めない。
今は真面目な時間だ。だから、苦笑いは堪えるんだ。
ユダはひとしきり頷き、本題に入る前、彼等の問題点を指摘し始める。
「正直、問題なのはスクラップさんの強さです」
彼女の口から出た言葉は意外な言葉だった。スクラップの強さを認めているとしか聞こえない。
「どういう事だ?」
その真意を理解しかねるスクラップは再度尋ねた。
彼女は今度はしっかりと説明し始める。
「貴方の強さは異常です。スクラップゴーストの中では、ですが。そんな半端な強さで素人がそこそこ戦えたのは【強敵殺し】と【生命力:究極】のお陰でしょう。生命力の中には戦闘本能も含まれますからねぇ。
実はですね? 私のスキルの中に貴方に関する知識ならスリーサイズからナニから何まで分かってしまうスキルがあってd、ちょっと!引かないでくださいよ! 先輩も怒らないでください! 話が続けられません! とにかく私はそのスキルでスクラップさんのステータスまで見れるんですよ。
落ち着きましたか? ……さて、私はそれを見て敢えて、スクラップさんの事を思って敢えて言いますが、この大地に暮らす者の中で、貴方は上位1000万位内にも入ってません。もっと下の何処にでもいる有象無象です」
途中で明かされたストーカー専用スキルの力に逃げ出す一歩手前の状態で卓袱台から転がり距離を取るスクラップと、なんて羨ましいスキルを! と論点がずれているピピ子の2人に真実を告げた。
彼等は弱小も弱小。数多いる中の一部にしか過ぎない。
「……マジか。あの牛は?」
スクラップはあの牛の強さが気になった。アレを倒さなければ、今後の人生(モンスター生?)に於いて、自分は負け犬の称号を持ったままになると思ったからだ。
「……100万位から90万位範囲の、中の下って所ですかね?」
ユダは嘘偽りなく、順当な結果を述べた。あの強さでそんな位なのは理由があるのだが、そこまでは彼女も説明するつもりは無いようだ。私もそれに関しては今の所、沈黙しておこう。
「……井の中の蛙大海を知らず、か」
卓袱台に肘をつき頭に手を置いて、嘆息するスクラップ。
ピピ子は順位などない妖精の慣習ゆえに、自分達が弱いという事は理解していたが数値までは理解していなかった。彼女は頭にハテナマークを浮かべてスクラップの顔を見上げる。
スクラップは表情を作れないながら微笑んだつもりで彼女の小さい頬を鉄板の指先で優しく触れる。ピピ子は指に両手で触り、微笑む。この2人はスキルのお陰か、はたまたテイムのお陰か、本当に以心伝心していた。その様子はユダにとって面白くないが、見守る。
自分は後から来たのだからしょうがない。彼等は文字通り、命で繋がっているのだから。
スクラップは内心で自らが浮かれていた事を改めて自覚した。あんな化け物ですら上位10位どころか100位にも入っていない事実に呆れてもいる。
ユダは話を再開させる。
「貴方は言うなれば運良く他の仲間より頭一つだけ抜きん出ただけの雑魚です」
「じゃあ、もう諦めろってのか?」
指先の感覚に気を使いながらピピ子と遊ぶが、ユダに向ける言葉は真剣に打開策を求めていた。
「いいえ? スクラップさん。貴方は【転生進化】って信じますか?」
……まさかそれを教えるとはね。普通なら誰も選ばないのに。
彼女の言った単語に違和感を覚えるスクラップ。エヴォリューション? 進化? 進化とは違うのか? それを単刀直入に尋ねた。
「【転生進化】? ただの進化とは違うのか?」
「ピゥピィ?」
ピピ子も疑問に思ったのだろう。振り返ってユダを見上げながら2人で質問する。
「【未練】を完遂させると表示される三項目の一つです。恐らくスクラップさんの【転生進化】の場合、肉の付いた生きた肉体を得られますよ?」
「お、え? 何だそれ? そんな、人間に戻るのか?」
「ピピ!!」
スクラップは戸惑った。肉体を得るという事は生き返るという事。自分は元は人間なのだから生き返った場合、種族は人間になると考えた。今の自分は人間の時の洲倉 風とは違う。異世界で誰も顔見知りが居ないからこそ、出来る可能性が皆無だったからこそ、モンスターになっても平静を保てていたが、人間になり人と交流が出来た時、その時に上手く対応が出来るだろうか? そんな不安が心の中で芽を出し始めた。
それを聞いたピピ子はスクラップの素顔と人肌に触れ合える事を喜んで飛び跳ねている。今の状態でも問題ないが、彼が人になればもっと多くの事で一緒に遊べると思ったからだ。
その両者の思惑とは反対にユダは否定する。
「いいえ、人には戻りません。人型のモンスターになる。と、言った方が正しいと思います」
その言葉に1人は安堵、1人は落胆の色が声音に出て、2種類の溜め息となった。
人型のモンスター。その言葉にスクラップは次の様に問い掛けた。
「あぁ、じゃあ、人間以外の生き物が確定で、進化する種族はランダムで?」
「はい」
なんとも無謀な賭けだと思われるだろう。彼の本能、直感は絶対にやると覚悟を決めていた。【転生進化】。この響きに彼は不思議な共鳴のような何かを感じ取っていた。
「俺の【未練】って、ピピ子とユダでまだ貯まるか?」
【未練】の経験値は現在、40。残りの60をどうやって貯めるべきか、ピピ子とユダの美少女達で貯まってしまうのか。ある意味で不安だった。もしそれで完遂され、進化した日にはとんでもないエロ系のモンスターになり、瞬殺されると思ったからだ。
「多分私達ではもう貯まりませんね」
「ピ!? ピピ!! ピィピ!!」
そのユダの台詞を聞いたピピ子はスクラップに対して『スクラップバレット』でお仕置きした。本人としては恋人の不敬にビンタしているつもりだが、無防備な状態で連射されたゴミの塊を食らったスクラップは真剣に痛がった。
「ちょっと!? 痛ぇ! ピピ子痛い!」
ダメージも入っている事から、彼女が怒髪、天を衝く状態になっているのを鑑みても、彼女の心境的には「私じゃ満足できないって事!?」的な痴話喧嘩の刃傷沙汰に見える。
スクラップに対する折檻を止めさせる為、新たに打ち出された塊を座りながら指で弾いた螺子で難なく破壊するユダ。ピピ子は勿論スクラップも驚いていたが、彼女のステータスから見ても妥当な結果だ。
座ったまま自身の攻撃が無効化された事に腹を立てたのか、卓袱台の上で頬を膨らませてユダから顔を背けて両腕を組み胡座をかいて座るピピ子に対して、ユダは同じ目線になる様に視線と姿勢を低くして語りかける。
「嘘じゃないですよ、先輩? 色欲で4割も貯まる人は恐らく、彼が初めてです。スクラップさんは本能部分が影響してあんな数値になったんでしょう。ま、残り6割は色欲以外なのは確実ですね。彼が自力で何とか見つけるしかないです。全部色欲関係だったら別ですけど?」
「ピィ? ピピュ」
最後のユダの言葉でなんとか収まったらしく、魔力を鎮めたピピ子。
ピピ子の魔法の威力に戦慄した男は、卓袱台の下から恐る恐る手を出して発言権を求める。
「それじゃ、【未練】が完遂するまでの期間は?」
そう、それが問題だ。彼の未練が簡単なものとは思えない。そんな事は百も承知とユダは卓袱台を両手で下から持ち上げピピ子ごと投げ飛ばす。
「もちろん! 修行です!」
ユダはうつ伏せになっているスクラップに四つん這いになり顔を近付け、彼の眼の前で満面の笑みで言った。
「最初は基本からですね!」
その言葉にキスをされると思い身を引いたスクラップも、投げ飛ばされ急いで戻り、スクラップの顔に貼り着き、キスを阻止しようとしたピピ子もユダの口から出た真面目な話に驚いた。
「基本?」「ピピァ?」
「モンスターにとっての基本とは! ズバリ! 単独で生き残る事! お二人もモンスターなんですからね、当たり前です! 私や先輩の力に頼っていては戦闘で適切な対処が出来ない事態になります! 先輩も同じくですよ!」
スクラップとピピ子の2人組の反省点。それは協力する事で寧ろ将来的な戦闘の対処法が減っていたと言う事だ。
もしこのまま2人だけで戦っていたら、間違いなくスクラップは遠距離やスクラップゴブリンの分裂体のような倒す必要が無い敵まで倒して戦闘を長引かせる燃費の悪い戦い方で無駄死にしていただろう。
ピピ子は持ち前の機動力を活かせず、スクラップの頭の中で魔力切れを起こしたら、後は守られるか外に出て命懸けの囮しかできなくなっていただろう。
そんな事にさせない様にユダは実益も目的も達成できる一石二鳥の修行を2人に命令する。
「これを飲んで1週間生き延びられたら2人ともスタートラインは合格です!」
ユダが2人に手渡したのは、見た目は朝顔の種ほどの大きさの何かだ。
「何だこれ?」
「ピィピィピ?」
「ウブの種です。基本的にはゴミとしか扱われません。何せ、特殊なスキル以外のスキルを抹消しますからね」
「え!?」「ピ!?」
『ウブの種』。回復薬の元となるウブという花の種。薬としては花弁と蜜を用いるが、種だけは新たにウブ畑を起こす者以外には使われない。その理由がウブの種が混ざった薬はどんな効能の物であっても、スキルを抹消してしまう薬になってしまうからだ。
ウブ農家の人間は毎年行われる試験で国に認められなければ、再試験まで農業停止命令を出される程に徹底されている劇物である。
まぁ、例外もある。
「ご安心を。これには称号スキルや【妖精の祝福】関連の効果、スキル、特殊スキルまでは消す力はありません」
「ふぅ」「ピゥ」
そう、この特殊なスキルは消されない。故に不埒な男冒険者が女冒険者にウブの種入りの薬や食物を与えて手篭めにしようとしても、レベルの違いや称号スキルによって逆襲される事がお決まりになっている。
冒険者になる時点でその対策を取ってから。女冒険者、冒険者志望の少女達には常識だった。
称号スキルとは、種族や特殊な経験に与えられるスキルである。具体的に言うならスクラップの【強敵殺し】やピピ子の【光魔法】がこれに当たる。
「しかし、他のスキルに関しては違います。スキル自体も補正も消えます。【未練】の経験値もリセットされます。その状態で生き延び、今よりも強くなっていなければ私は2人を殺します」
「はぁ!?」「ピピ!?」
「そうでなければ、この先、生き残るなんて夢のまた夢です」
その日から1週間、第1の特訓が始まった。
まず最初にウブの種を飲んだスクラップとピピ子のステータスだ。
────────《ステータス》───────
種族:スクラップゴースト《個体名:洲倉 風》
Level:11/20
経験値:35/110
体力:239/245【最高】
スタミナ:245/245【最高】
魔力:450/450【最高】
攻撃力:255/255【最高】
防御力:241/241【最高】
スピード:230/230【最高】
生命力:01[×5=2|<9々/〆|2々48=5【究極】
《妖精化:魔力に補正【+50】。不老。【相互生命:何方も生きている限り死なない。お互いが生きている間は傷付いても即時治癒される】》
【契約主:スクラップフェアリー】
────────《スキル一覧》───────
来訪者:他の世界よりやって来た来訪者自身や魂に与えられるスキル。一部スキルが優遇される。スキル経験値なし。
未練:死者限定のスキル。この世にやり残した未練が残っている者に与えられるスキル。未練が満たされた時、君は進化する。0/100
ステータス閲覧:来訪者専用のスキル。自分のステータスのみ閲覧できる。スキル経験値なし。
妖精の加護:Levelの上限が種族値の最高Levelの4倍になる。獲得する経験値が倍になる。妖精は誠実な者のみに加護を与える。全てのステータスに補正【+50】。
妖精の愛:体力とスタミナ、魔力が回復し続ける。妖精王国への路を開ける。妖精は真の愛を知る者だけに愛を示す。全てのステータスに補正【+100】。
妖精の心:契約した妖精と添い遂げる。状態に《妖精化》が常時発動。魔力に補正【+200】。純真無垢な妖精の心は愛する者のみに送られる。
強敵殺し:自分より格上の敵を倒した者に与えられるスキル。どんな方法であれ、勝利は勝利だ。攻撃力に補正【+10】。体力に補正【+10】。
【常時発動】【自分よりLevelの高いモンスターに与えるダメージ量がX倍になる。
X=(《スキル取得時に倒した敵のLevel》−《スキル取得時に相手を倒した時の自分のLevel》)】
──────────────────────
────────《ステータス》───────
種族:【スクラップ】フェアリー《個体名:ピピ子》
Level:14/15
経験値:105/550
体力:138/138 【高】
スタミナ:240/240【高】
魔力:1050/1050【並】
攻撃力:130/130【高】
防御力:130/130【高】
スピード:645/645【中】
生命力:155/155【高】
《スクラップ化:魔力にマイナス補正【-500】。魔力以外のステータスに補正【+100】。【凶暴化:元種族の補正により無効。性格に若干の変化あり】》
【契約者:洲倉 風 《親愛度:100/100》】
────────《スキル一覧》───────
逃げ切った者:自分より格上の相手から逃げ切った者に与えられる。逃げた先に勝利を見出せ。スタミナとスピードに補正【+40】。
固定砲台:遠距離攻撃で敵を近付かせず、撃破した者に与えられる。弾幕も砲弾も威力によっては変わらないだろ? 魔力に補正【+50】。
超神経:超高速の中で動き回った者に与えられるスキル。ある一定の速度に達した瞬間に世界は君を忘れ、世界に自分を刻み込める。スピードに補正【+100】。
光魔法:妖精王国の妖精にのみ許された魔法。破邪の力。スキル経験値なし。
妖精の祝福:三回だけ使えるスキル。特定の人物に特殊スキル:【妖精の加護】【妖精の愛】【妖精の心】を与える事が出来る。契約者の全てのステータスに補正【+50】。
──────────────────────
スクラップは若干の弱体化、ピピ子はスピードが下がり、【スクラップ魔法】の効果が消えた事により全盛期の魔力が戻った。
初日となる今日。2人はお互いに別々の場所に居た。
スクラップは第一階層で生き残る事を言いつけられた。ピピ子が猛烈に嫌がったが、ユダという自分達より上の存在の命令に逆らい切れなかった。
第一階層で今の所モンスターとは会っていないが、彼は他の物と遭遇し続けていた。
冒険者達の物と思われる装備品だ。それが複数回、【換装】で使う身体の材料になる物が品質、数ともにそれなりの物が有った。
故に彼の今の姿は初めの頃より、大分違う。頭はフルヘェイスから左目がひび割れて崩れた骸骨を模した兜へ、胴体は掃除機から胸の所に大穴が開いている厚い金属の鎧、両腕、両脚、腰も運良く腰から上の胴体と頭の無い不自然な状態で放置され、ボロボロになっていた装備をそのまま付け替えた。
胴体をどうやって取り替えたか。気になる方も居るだろう。
彼はスクラップゴーストである。つまりは魂が宿っているガラクタの塊。それを維持し、現世に留めておく為の小さな部品が一つだけある。魂結晶と呼ばれる高純度の光の結晶体。それを掃除機の胴体から予め人の形にしておいたスクラップに移し替えたのである。触れていればそれがどんな箇所だろうと身体を動かす事はできるのだ。
ピピ子はユダに連れられ、なんと第二階層へとやって来ていた。スクラップミノタウルス? 小さな妖精をその胸の谷間に挟んだまま通り過ぎた閃光が、かの番人の目に留まったのか? と言う問題にもならない問題を提示しても無駄だ。まぁ、甲高いテレビの規制音の様な声が番人を驚かせた事実は有ったがね?
さて、次からスクラップ達が過ごした1週間を語り始めよう……。