第7話
ストーダ大廃棄場の地下第一階層と第二階層を繋ぐ部屋へと向かう通路だと知らず、道なりに一体と一個体と元一柱は歩きながら会話していた。
「つまり! 俺達を! どうこうしよう! なんて気は! もう無いんだな!?」
洲倉 風は右肩にステータス画面を食い入る様に見ているピピ子を乗せ、自らの左腕に抱き着いている好色堕天使を、振り回して折れてしまった傘の脚に代わり、新しく付け替えた錆びた直剣の左脚の先に付いた具足の足で引き剥がそうとしながら問い掛ける。
「もちろんですよぉ〜! 先輩を押し退けて正妻になろうなんて、ちょっとしか思ってませんから〜」
「ピィピ!!」
ピピ子はステータスから顔を上げ、肩にしがみつく。これは簡単。「駄目!」と言った。
「……ピピ子、落ち着こう。この人は確かに頭がパァだけど、俺達の仲間にしたらいろいろ便利だと思うんだ」
「ピィ!? ピィピピピッ!? ピピッピィ!!」
納得させようと右肩の妖精に説くが、それってこういう事!? と、スクラップのステータス画面を突き付けるピピ子。実はテイム扱いの妖精の祝福には、通常のテイムと同じ効果があった。その一つが相互のステータス確認である。
つまり、突き付けられたステータス画面は洲倉 風の物だった。そこには確かにこう表示されていた。
────────《ステータス》───────
種族:スクラップゴースト《個体名:洲倉 風》
Level:11/20
経験値:35/110
体力:239/245【最高】
スタミナ:256/260【最高】
魔力:450/450【最高】
攻撃力:260/260【最高】
防御力:256/256【最高】
スピード:260/260【最高】
生命力:01[×5=2|<9々/〆|2々48=5【究極】
《妖精化:魔力に補正【+50】。不老。【相互生命:何方も生きている限り死なない。お互いが生きている間は傷付いても即時治癒される】》
【契約主:スクラップフェアリー】
────────《スキル一覧》───────
強酸防御:酸による肉体の損傷を無くす。防御力に補正【+10】。9/100
昏睡耐性:あらゆる現象、攻撃に気絶しなくなる。防御力に補正【+5】。45/100
運動性能:運動性能を上昇させ、スタミナの消費を軽減させる。スタミナとスピードに補正【+15】。0/100
来訪者:他の世界よりやって来た来訪者自身や魂に与えられるスキル。一部スキルが優遇される。スキル経験値なし。
未練:死者限定のスキル。この世にやり残した未練が残っている者に与えられるスキル。未練が満たされた時、君は進化する。40/100
ステータス閲覧:来訪者専用のスキル。自分のステータスのみ閲覧できる。スキル経験値なし。
天使の声:来訪者専用のスキル。あらゆる問いに答え、明確な正解を返す声が聞ける。スキル経験値なし。以後、このスキルは消滅します。
妖精の加護:Levelの上限が種族値の最高Levelの4倍になる。獲得する経験値が倍になる。妖精は誠実な者のみに加護を与える。全てのステータスに補正【+50】。
妖精の愛:体力とスタミナ、魔力が回復し続ける。妖精王国への路を開ける。妖精は真の愛を知る者だけに愛を示す。全てのステータスに補正【+100】。
妖精の心:契約した妖精と添い遂げる。状態に《妖精化》が常時発動。魔力に補正【+200】。純真無垢な妖精の心は愛する者のみに送られる。
格闘:度胸がつく。怯まない。格闘技の入門者。攻撃力に補正【+5】。0/100
強敵殺し:自分より格上の敵を倒した者に与えられるスキル。どんな方法であれ、勝利は勝利だ。攻撃力に補正【+10】。体力に補正【+10】。
【常時発動】【自分よりLevelの高いモンスターに与えるダメージ量がX倍になる。
X=(《スキル取得時に倒した敵のLevel》−《スキル取得時に相手を倒した時の自分のLevel》)】
──────────────────────
ピピ子の持てる大きさまで小さくなったステータスを、彼女は思いっきり彼の顔面に叩き付け、浮気のストレスを発散する人妻の火遊びの様に、その100倍は危険な超高速で旦那の周りを風切り音を出しながら飛び回り始める。
【未練】が更に10増えて40になっていた。その理由は単純だった。ピピ子、ユダ、そして自分という自分を取り合う美少女達に構成された三角関係。その全世界の10代男子の夢を叶えた彼の【未練】のスキル経験値は増えたのだ。
これにはピピ子も激怒していた。「私だけじゃ不満か!? 大きさか!? 大きさが問題なのか!?」と。
スクラップは目で追えない速さで飛び回る彼女を宥める。
「ピピ子、こいつ、俺達の補助役だ。俺が聞いていた声の正体だっていうのは聞いていたよな?」
「ピゥウウ!!」
スクラップの顔の前に急に現れた様に止まり、ピピ子は「聞いてたわよ!!」と割れたアイシールドを睨みながら憤慨している。
「それってつまり、俺達が生き残るのには必要なんじゃ無いか?」
「ピェ? ピォピォ?」
薄目で今度は後ろ向きに飛びながら進行方向へと後退するピピ子にたじろぐ。完全に妻に言い訳を取り繕う夫の様な構図だ。
「むぅ〜……。先輩ばっかりずるいですぅ〜! 私にも構って下さぁい!」
「でえぇい! 必要以上に寄るなぁ!」
「あぁん!」
「馬鹿みたいな声で喘ぐな! ポーズを取るな! 普通にしろ!」
「ピィピ! ピィピ!」
足蹴にされ時代劇の町娘の様な悲鳴を上げ、地面に倒れ胸の所を抑えながらさめざめと泣く演技をするユダに対し、今のスクラップにもし人肌が有ったら、全身にサブイボが立っていることだろう。それ程に嫌悪し始めている。ピピ子は臆せず正面から抗議する。
「ふふふ? 私を無碍にして良いのかなぁ〜?」
「何?」「ピ?」
不穏な空気を突如として醸し出す堕天使に警戒するスクラップとピピ子。
「今ぁ、私達が居る所ってなんだと思いますぅ?」
「! 何時の間に?」
周りを見渡すと、テニスコート一面分の広さはある大広間に着いていた。其処は奥の暗闇から不気味な破砕音と醜い悲鳴が幾つも聞こえていたが、三人が踏み込んだ辺りから一個体の物と思われる悲鳴しか聞こえなくなった。
「ピィピ! ピィピ! ピァピェ!!」
ピピ子がスクラップの頭の中に飛び込み、内側を叩きながら切迫した様子で警告してくる。
「グボ、ボ……」
闇の中から出て来たのは、巨大な身体のゴブリンの進化型、スクラップゴブリンリーダー。
スクラップとピピ子の二人を苦しめていた個体だ。そう、ゴブリン達が去ったのは他でも無い。本体が危険に晒されていたのを検知したからであった。
しかし、抵抗虚しくゴブリンリーダーは、スクラップで固まった巨体の上に付いたトラック用のタイヤを組み合わせた頭を、更に巨大なスクラップに覆われた右手で掴まれ、両手両脚をもがれた上で今にも握り殺されそうになって、命乞いと苦悶に呻いていた。
「ボオオオオオオオオオオオオ!!!!」
新たな獲物の登場に興奮したのか、その右手の持ち主はその空間を揺るがす咆哮を上げて、手に持っていた食料の頭を床に叩き付けて完全に潰した。そして、次なる獲物達に目を付けて突進して来た。
スクラップ達へ向かって。
「掴まって!」
「おわ!?」「ピィ!?」
咄嗟に動けなかったスクラップとピピ子を救ったのはユダであった。ユダはスクラップを腕に抱え飛んだのである。そして音を立て崩れる壁。彼等がいた場所の後ろの壁が埃を上げていた。その埃の煙の中から現れたのは、大型バイクの左腕とスクラップに覆われた右腕を地面に打ち付け、鼻から蒸気を吹き出し、赤い光が灯った眼窩で攻撃を避けた侵入者に視線を合わせていた。
スクラップミノタウルスである。
────────《ステータス》───────
種族:スクラップミノタウルス
Level:40/50
経験値:0/400
体力:1060/1060【最高】
スタミナ:835/835【高】
魔力:-347/-347【皆無】
攻撃力:1103/1103【最高】
防御力:1002/1002【最高】
スピード:382/382【高】
生命力:539/539【高】
《スクラップ化:魔力にマイナス補正【-500】。魔力以外のステータスに補正【+200】。凶暴化:有効。更に魔力と生命力以外のステータスに補正【+100】》
────────《スキル一覧》───────
武闘家:度胸がつく。怯まない。武器の扱いが上手くなる。攻撃力と防御力に補正【+50】。【状態異常:《スクラップ化》により、武器術使用不能】。
迷宮の番人:迷宮の番人に与えられるスキル。ダンジョン内の一定の場所に留まった場合に発動。戦闘中以外で体力とスタミナが回復し続ける。体力に補正【+300】。
怪力無双:あらゆる物を破壊した肉体に与えられるスキル。攻撃力と防御力
に補正【+100】。
土魔法:土にまつわる物質を操る魔法。スキル経験値なし。【状態異常:《スクラップ化》により、行使不能】。
未練:死者限定のスキル。この世にやり残した未練が残っている者に与えられるスキル。未練が満たされた時、君は進化する。0/100
──────────────────────
「スクラップさん、第一階層に戻りますよ!!」
飛んで部屋の中を旋回していたユダは逃走を決めた。逃げの一手。この腕の中の2人を生き残らせる術は他にはないと彼女のスキル【洲倉 風関連知識】で理解したからだ。このスキルはスクラップに関する事ならば何でも分かる。つまり、スクラップが相対した敵の情報も閲覧可能なのだ。
「はぁ!? ふざけんな!? あんな単調な攻撃!?」
自らの生命が危ぶまれた事に対する怒りで眼下の敵に向かって行こうとして、ユダの拘束を解こうとしたが、彼女の次の台詞で動きを止めた。
「避けられなかったじゃ無いですか!?」
スクラップミノタウルスが投げてくるゴブリン達の死骸を掻い潜りながらスクラップに言うユダ。
そう。彼は自前の生命力で本能的に理解していた。あの攻撃は今の自分では到底受け止める事も、況してや避け切る事も出来ないと。しかし、彼も男なのだ。美少女と美女の前では見栄も張りたくなる誇りは持ち合わせている。
「ぐっ……! でも! 俺には強敵殺しが!」
確かに、今のスクラップの攻撃力に強敵殺しの9倍増で2340という、美女に抱きかかえられる程、ひ弱な外見に見合わぬ高火力が出せるが、スクラップミノタウルスに対しては一撃必殺とは言えない。
ミノタウルスが伸ばしてくる手を避け、突き刺してくる角を躱し、次の言葉を紡ぐユダ。
「相手の体力と防御力が高すぎます! 攻撃した直後の一瞬の硬直を狙われたら、一撃で貴方が殺されます! アレの弱点に攻撃しなきゃ勝てないレベルの差です!」
それがこの世界のレベル制度。運良く雑魚から出世するには、現実世界と同等の努力と、それ以上の鍛錬が必要なのだ。
それを本能的にも理性的にも、今度こそ理解したスクラップは即決断した。
「……! 分かったよ! 逃げるぞ! いいな! ピピ子!」
「ピィピ!」
そう頭の中の相棒に確認を取り、了承したのを確認したユダは本気を出して、一体と一個体を伴い、第一階層へとスクラップの羽を広げて飛んで戻った。
彼等は初めて真正面から敵前逃亡に成功した。
次は逃げないし、負けない。そう固く、己が心に誓うのだった。
「ねぇ、ガンビット? 聞いた? ここ最近出回ってる、妙なスクラップゴーストの噂?」
魔法職と思われる服装の少女は連れ合いの1人の男へ問い掛けた。その男は……。
「妙なスクラップゴースト? 何だそれは?」
この世界の人類史において史上初、最低最悪の初代勇者、異世界の宇宙人、ガンビット・トラッシュだった。