第5話
ヤバい!? 目の前にもう移動している!?
大きく広げたガラスで出来た翼を畳み降臨し終えた頭に天使の光輪が2個付いている天使JKは、見た目とは裏腹の防御力を持つ光り輝くローブと妖精族の魔力、魔法、防御を無視し、即死させる果物ナイフ型の武器、『妖精殺し』を鞘に収めたまま後ろ手に隠し持ち、にっこり微笑みながらキスしそうな距離で彼に告げた。
「え? 俺を殺しに?」
自分も妖精となった事から勘違いしてしまった男。少し仰け反る。
そうだ! 話を伸ばしてくれ!
「違います。狙いは、……貴方の頭に寄生してる妖精ですよ?」
「ピィ!?」
今度は彼の頭を後ろから抱きしめる様にして現れ、しなだれ掛かる如く頭に頬を寄せ、中にいる妖精にも聞こえる冷たい声で睦言の様に囁く。
寄生とはなんとも酷い表現だ。認めたく無いのだろう。何せ今の彼等は正に一心同体。この2人は同時に同箇所を攻撃して殺すか、命を断ち切る『即死武器』でなければ殺せない。
『妖精殺し』のような。
「おい!? ピピ子が何したってんだ!?」
「ピィ……」
天使の剣呑な雰囲気を感じ、彼女の手を払い除け、咄嗟に後退りピピ子の入っている自らの頭を両手で守りながら反論する。
その姿に感動して、外から姿は見えないがヘルメットの中で米粒より小さい涙を目に浮かべ涙ぐむピピ子。
「……なんで?」
「え? 何が?」
それを見て完全に我慢の限界に達した天使は隠し持っていたナイフの鞘を抜き、逆手に持ちながら叫ぶ。
「なんでヒロインポジションの私から、そのクソチビがヒロインポジションになんだよ!? つか正妻!?
ざけんな!!そこは私だろうが!!
そいつより喋れるぞ!! そいつより美声だぞ!! そいつより髪艶々だぞ!!そいつよりスタイル良いぞ!! そいつより胸デカいぞ!! そいつより先に告白したぞ!! 私とのフラグも立ったぞ!!
私が誰だか分かってんだろうな!?」
「て、天使だろ!?」
「そうです!! 他は!?」
「声の「そう!! 私が貴方をサポートしてた声です!!」
……印象最悪になったんだけど?」
「え?」
「え?」
ヤンデレヒロイン並の発狂ぶりに完全に引いてしまっている。頭の中のピピ子も萎縮して震えている。
本人はそんな事になってしまった理由が思い当たらないようだ。
ヤンデレ顔からの首を傾げる様は本当に同一人物かと疑いたくなる。
よし! 間に合ったぁ!
おい、JK。
「ゲッ、SKS」
「今度は文字の塊みたいな変なのが来たよ、ピピ子……」
「ピィ……」
し、心外な!? 急いで止めに来たと言うのに!?
「……この人?達、放って置いて、先に行こうか?」
「ピィ♪」
おぉ、行け行け。君は君の道を行け。
そうして降臨した私達を無視し、彼等は仲睦まじく、ストーダ大廃棄場地下第一階層に続くゴミで作られた階段へと向かった。
「待ってエェエエエ!! 貴方ぁああああああ!!」
おりゃ!
「ちょ!? SKS!? 何のつもりですか!? 離しなさい!? 旦那様の貞操が!?」
うん、あのね? 君、堕天決定。
「……え? 何で?」
そりゃ、こんな序盤に魔王が干渉する様な行為が見逃される訳無いでしょ? それに私情を挟み過ぎてるし、貞操だって君が狙ってるだけじゃん。相手がスクラップなのに。
それに君も言ってたじゃん? 「仲間になる」って。
「仲間になって良いんですか!?」
うん。ただし、装備と羽は没収ね。
「そ、そんな事したら力が……」
彼を補助する為の知識関連なら残ってるから、よろしく。
ま、スクラップ化しても頑張って?
「スクラップモンスターになるんですか!?」
ま、せいぜい善行を積んで、未練を片して頑張りな。
するとどうだろう。天使の周りの地面からスクラップが飛び出し彼女の羽や体を拘束する。
「くっ! 離しなさい!!」
彼女は必死に抵抗するが、ストーダ大廃棄場は逃す気は無いと言わんばかりにますますスクラップを放出する。
変化が現れる。透明だった彼女のガラスの羽はカビが生えたかのように黒く淀み、根元の部分ごと背中から抜け落ち、待っていたとばかりに両翼があった背中にスクラップがくっつこうと殺到する。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
それに痛みがあるのか? それとも自らの力が失われる事への絶望か? 彼女は悲痛な声を上げ、膝から崩れ落ちながら悶え苦しむ。
「や、やめなさ、い、S、ケ、イ、Sぅぅぅぅ!」
悪いね。これも上からの決定だ。
そして、彼女の体に幾らかのスクラップが身に纏われた。
スクラップ化完了。
非道なメッセージが彼女の脳内に響き渡る。
彼女の美しかった両翼はスクラップで形成された悪魔の羽に近い形の物に成ってしまった。赤く光る右目の部分から首にかけて金属片の集まりが鱗のように重なり、身に纏っていたローブも灰色の汚らしい布切れに変貌、右腕を覆う形で鉤爪の形をしたスクラップが纏わり付く。
辛うじて天使と分かるのは頭に付いている二重の光輪のお陰か?
裸足でゴミの大地に降り立ち、降臨した天使は汚れ、天より落とされた。
彼女のステータスは此方だ。
────────《ステータス》───────
種族:【スクラップ】エンジェル 《個体名:Judha Killer》
Level:50/50
経験値:5000/5000
体力:1200/1200【微々】
スタミナ:3000/3000【微々】
魔力:2000【微々】
攻撃力:550/550【微々】
防御力:550/550【微々】
スピード:550/550【微々】
生命力:550/550【微々】
《スクラップ化:全てのステータスにマイナス補正【-5000】。【凶暴化:元種族の補正により大部分無効。本人の性格により一部有効】》
────────《スキル一覧》───────
世界知識:世界に関する知識を閲覧できる。
来訪者専用マニュアル:来訪者に手取り足取り教えられるスキル。レベルアップや、スキルや進化先の通知、相談などにも対応。
洲倉 風関連知識:来訪者に対する関連知識。文字通り、何でも分かる。
未練:死者限定のスキル。この世にやり残した未練が残っている者に与えられるスキル。未練が満たされた時、君は進化する。0/100
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やはり腐っても汚れても天使、戦闘系のスキルは無くとも元の性能が高い。
名前? それはこれからの物語の中で語られるだろう。
さて、変化が終了した彼女は瞑っていた目を開き、呟いた。
「スクラップさぁん……♡」
……あれ? なんか前よりヤバい?
スクラップエンジェルとなった彼女は酔っ払いのようにフラフラしながら彼等の跡を追うように歩き始めるが、その行く手を遮るモンスター達によって一撃を入れられる。
腹にもろに入った攻撃に踏ん張る事もできず吹っ飛ばされる彼女。
「「「「「グルルルルル……!」」」」」
スクラップウルフに引き連れられたスクラップドッグの群れが雨の範囲から逃れていた場所から戻ってきたようだ。
彼女を吹っ飛ばした攻撃はスクラップウルフの【スキル:吹き飛ばし】、相手を吹き飛ばす効果を付与された【スクラップ魔法】の初歩、『スクラップバレット』を口から放ったのだ。
そうして彼女は軽く10mは吹っ飛ばされた。地面に背中から叩きつけられ起き上がる事もしない彼女に、今度は何も付加されていない『スクラップバレット』を、【スクラップ魔法】を覚えさせたスクラップドッグ達と共に放ち、追い討ちをかける。
彼女の体に当たらずに地面を砕き、土煙を上げる。
コレで終わりだ。俺の縄張りに入りやがって……!
スクラップウルフはこう思っただろう。しかし、現実は彼等に残酷だった。
ドゴン! と地面に大きな溝が出来、ブツン! と彼等の首が手折られ、ガブリ! と出来上がったウルフ達の首だったスクラップの山に食らいついた。
「美味し……♡」
口周りの食いカスを官能的に舐め取り、スクラップに覆われた右手で右頬を抑え、微笑む。
スクラップエンジェルは初めての生の実感。『食欲』、『食事』、そして『飢え』を知ってしまった。
そんな事も露知らず、スクラップゴーストとスクラップフェアリーは初めての真正面からの戦闘に突入していた。
その相手はスクラップゴブリン。群れを作るスクラップモンスターの中では最弱だが、何分、数が多い。ある程度のスクラップを吸収すると分裂するのだ。勿論、スキルの効果である。彼等はまるでストーダ大廃棄場を巣にしている蟻のような存在だ。
彼等のレベルは第一階層のモンスターの最低ラインである『15』。つまり……。
「ほっ!」
素人感丸出しのテレフォンパンチを右拳で放ち、突っ込んで来た先頭の一体の頭を殴る。【スキル:強敵殺し】の効果で9倍となっている攻撃力により、簡単に頭が破裂し飛び散ったスクラップの破片が、後続のゴブリン達に銃弾のような役目を持って突き刺さりダメージを与える。
「ピィ!」
ダメージを受け、怯んだゴブリンにフェアリーは光魔法とスクラップ魔法を併用し、割れたアイシールドの隙間部分から砲台の役目をしながら、スクラップゴーストの死角に入ってきたゴブリンを牽制する事で自身の契約者を支援していた。
近接格闘のゴーストと遠距離攻撃、牽制のフェアリーの2人組は絶妙のコンビプレイで敵を撃破し、レベルを上げ、新たなスキルも入手していた。
────────《ステータス》───────
種族:スクラップゴースト《個体名:洲倉 風》
Level:9/20
経験値:45/90
体力:235/235【最高】
スタミナ:240/245【最高】
魔力:450/450【最高】
攻撃力:245/245【最高】
防御力:246/246【最高】
スピード:245/245【最高】
生命力:01[×5=2|<9々/〆|2々48=5【究極】
《妖精化:魔力に補正【+50】。不老。【相互生命:何方も生きている限り死なない。お互いが生きている間は傷付いても即時治癒される】》
【契約主:スクラップフェアリー】
────────《スキル一覧》───────
強酸防御:酸による肉体の損傷を無くす。防御力に補正【+10】。9/100
昏睡耐性:あらゆる現象、攻撃に気絶しなくなる。防御力に補正【+5】。13/100
運動効率:運動効率を上昇させ、スタミナの消費を軽減させる。スタミナとスピードに補正【+10】。90/100
来訪者:他の世界よりやって来た来訪者自身や魂に与えられるスキル。一部スキルが優遇される。スキル経験値なし。
未練:死者限定のスキル。この世にやり残した未練が残っている者に与えられるスキル。未練が満たされた時、君は進化する。10/100
ステータス閲覧:来訪者専用のスキル。自分のステータスのみ閲覧できる。スキル経験値なし。
天使の声:来訪者専用のスキル。あらゆる問いに答え、明確な正解を返す声が聞ける。スキル経験値なし。現在、使用不能。
妖精の加護:Levelの上限が種族値の最高Levelの4倍になる。獲得する経験値が倍になる。妖精は誠実な者のみに加護を与える。全てのステータスに補正【+50】。
妖精の愛:体力とスタミナ、魔力が回復し続ける。妖精王国への路を開ける。妖精は真の愛を知る者だけに愛を示す。全てのステータスに補正【+100】。
妖精の心:契約した妖精と添い遂げる。状態に《妖精化》が常時発動。魔力に補正【+200】。純真無垢な妖精の心は愛する者のみに送られる。
素手喧嘩:度胸がつく。怯まない。格闘技に憧れる奴は、どんな形であれ誰だって望んでるんだ。25/100
強敵殺し:自分より格上の敵を倒した者に与えられるスキル。どんな方法であれ、勝利は勝利だ。攻撃力に補正【+10】。体力に補正【+10】。
【常時発動】【自分よりLevelの高いモンスターに与えるダメージ量がX倍になる。
X=(《スキル取得時に倒した敵のLevel》−《スキル取得時に相手を倒した時の自分のLevel》)】
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────────《ステータス》───────
種族:【スクラップ】フェアリー《個体名:ピピ子》
Level:15/15
経験値:600/600
体力:138/138 【高】
スタミナ:260/305【高】
魔力:695/755【低】
攻撃力:135/135【高】
防御力:135/135【高】
スピード:710/710【高】
生命力:160/160【高】
《スクラップ化:魔力にマイナス補正【-500】。魔力以外のステータスに補正【+100】。【凶暴化:元種族の補正により無効。性格に若干の変化あり】》
【契約者:洲倉 風 《親愛度:100/100》】
────────《スキル一覧》───────
立体機動効率:立体機動効率を上昇させ、スタミナの消費を超激減させる。スタミナとスピードに補正【+30】。50/100
飛行性能:飛行性能を上昇させ、スタミナの消費を激減させる。スタミナとスピードに補正【+30】。70/100
逃げ切った者:自分より格上の相手から逃げ切った者に与えられる。逃げた先に勝利を見出せ。スタミナとスピードに補正【+40】。
固定砲台:遠距離攻撃で敵を近付かせず、撃破した者に与えられる。弾幕も砲弾も威力によっては変わらないだろ? 魔力に補正【+50】。
超神経:超高速の中で動き回った者に与えられるスキル。ある一定の速度に達した瞬間に世界は君を忘れ、世界に自分を刻み込める。スピードに補正【+100】。
スクラップ魔法:スクラップを召喚する魔法。魔力に適性種族以外に対するマイナス補正【-300】。30/100
光魔法:妖精王国の妖精にのみ許された魔法。破邪の力。スキル経験値なし。
妖精の祝福:三回だけ使えるスキル。特定の人物に特殊スキル:【妖精の加護】【妖精の愛】【妖精の心】を与える事が出来る。契約者の全てのステータスに補正【+50】
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洲倉 風のレベルアップ時に、あの声はしなかった。
「それにしても! 「ピィ!」しつこい!」
「ボブ!?」
左から足元を狙ったゴブリンをピピ子が牽制してよろめいた所を打ち抜くスクラップ。
スクラップゴブリンの【スキル:分裂】は本体を倒さなければ、分裂体を破壊して行動不能に陥らせても、経験値は入らない。ざっと100体は倒した筈だが、運良く本体を倒して後続の数体が倒れた所を数度あった事を見るに、その内の数体が本体で、その他の行動不能にした個体、未だ残っている個体を操っている大元が、まだ残ってるようだ。
目の前に群がる数十体のゴブリンに辟易しながら、ピピ子に魔法で牽制したゴブリンの胴体に穴が空く威力で殴り付け、傘の脚でハイキックの要領で大口を開けて飛び掛ったゴブリンの顎を蹴り飛ばし、下半身を吹き飛ばし身動きが出来ない個体の頭を踏付け、周囲で隙を伺っていた数体が倒れるが、それでもなお飛び掛かり、投擲されたゴブリンの頭を殴り返しながら、襲ってくる群れを倒し続ける。
何処からこんな数がやって来たのか?
その疑問を頭に浮かべ、口にしないまま。