人を救えば救われる
深呼吸3回。それが俺が屋上から飛び降りるのに必要とした時間と勇気の量だった。
迫る地面。せり上がる恐怖。今更に死にたくないと思う。
圧縮された時間感覚の中で何度も神に祈りを捧げてみたが全て無視された。
まぁ38歳で一度も働いたことのないオッサン相手じゃ神様も匙を投げるだろう。
しかし匙を投げなかったヤツがいた。
地球に痛烈なディープキスをかます瞬間に俺の身体は謎の黒人によって抱き留められた。
「オーウ、鈴木さん間一髪ネ」
隆起した筋肉と桁外れの身長。満面の笑みを浮かべる顔面は赤と黒の入れ墨で埋め尽くされている。
正直同じ人類とは思えない。そして何故俺が鈴木だと知っている!?
「自己紹介するヨ。ミーの名前はエンドゥルキン。鈴木キングダムの将軍ヨ」
一体俺はいつ異世界転生してしまったのか。
錯乱状態に陥る俺にエンドゥルキンは流暢な日本語で事情を説明してくれた。
今から30年前。
小学生であった俺はとあるアフリカの部族の差別と貧困を作文コンクールの題材に選んだらしい。
全く覚えていないが多分事実だろう。
俺は中学生の時に好きな女の子の前で自作のファンタジー小説を朗読されるまで創作が趣味だった。
自分が賢いと信じているクソ生意気なガキだったから小学生に似合わぬ硬派な題材で教師の度肝を抜こうとしたに違いない。
その作文は結局俺がドヤ顔で書いたと思われる「僕の考えた最強の部族再興の計画」の荒唐無稽さから落選した。
しかし審査員を務めていた女性作家はこの作文をきっかけにしてアフリカ問題に興味を持ち次々に著作を発表。
それが世間を動かし、自分探しが好きな連中をNPO活動へと走らせ、風が吹いたら桶屋が転がるようにしてエンドゥルキンの部族を救ったのだとか。
「鈴木さんは部族の英雄ヨ。だから僕らの国、部族の間では鈴木キングダムと呼んでるのよ」
「有り得ねー。っていうか感謝するなら俺でなくその作家先生だろ」
「黒柳センセイは牛とファックするからダメね。僕らの国で牛とファックする人は国王でも尊敬されないヨ」
どこの国でもきっとそうだろう。
ちなみに鈴木キングダムなんて日本人が大喜びでネタにしそうな国名が全く話題になっていないのはODAを餌にした植民地支配であると日本が批判されないようにする為の配慮だとか。
一般的にはイエルロッパ王国とかいう無難な呼び方で通しているらしい。
「それでそのイエルロッパ王国のエンドゥルキンが俺に何の用だよ」
「オーイエ、モチロン鈴木さんのレスキューなのヨ」
何でもイエルロッパ王国では王国誕生期から救世主である俺の招聘を求める声が絶えなかったらしい。
だが部族の賢者であるタマキンは8歳にして筆一本で王国の未来を切り開いた神童を母国から引き抜くのは恩を仇で返す行為だと諫めた。
これに一度は納得した国民達だったが5年が経ち、10年が経ち、15年が経つもCNNニュースで鈴木零穏春人の活躍が伝えられない。
おかしい。日本で一体何が起きている。まさか鈴木さんはその能力の高さゆえに政府機関に監禁されているのではないか。
もしそうなら一刻も早く救出しなければならない。とまぁ、これが今俺の前で発生しているトンデモ現象のいきさつらしい。
あえて言おう。おかしいのはお前らの頭だ。
「おーけい分かった。これは悪い夢です」
「ノーノー、夢じゃないヨ。パンチすれば分かる?」
不思議なもので屋上から飛び降り自殺した人間も2メートルを軽く超える筋肉巨人に殴られることにはビビる。
俺はあっさりと白旗をあげて野次馬が集まりつつあるマンションからエンドゥルキンを連れて自宅へと逃げ帰った。
「オウ、ここが鈴木さんのマイルームですか。ちょっと臭いね」
「うるせー馬鹿死ね。心の底から傷つくだろうが」
幸運なことに両親は旅行中だ。もっともそうでなければエンドゥルキンを連れてくるなんて真似はしないが。
「とりあえず、だ。一応感謝はしておこうと思う。助けてくれてありがとう」
「ノープロブレムなのヨ。鈴木さん助ける僕の仕事ネ」
「それから謝罪もしよう。こんな極東の島国まで無駄足を踏ませて悪かった」
「ホワイ?無駄足じゃないヨ。鈴木さん生きてる。しかもフリー。お持ち帰りOKよ」
「勝手にテイクアウトすんな!!じゃなくて俺にはそもそも持ち帰る意味がねぇんだよ。フリーじゃなくてダストなの。ゴミなの」
言ってて悲しくなるがこれが現実。
俺の鈴木さんがこんなに無職なわけない?馬鹿野郎、俺は正真正銘の無職だよ。バイトの面接すら通らないレベルのな!!
「エンドゥルキンは俺の救出に来たんだろ。だが見ての通り俺は政府機関に監禁されてる訳じゃない。
イエルロッパ王国の皆さんには今後のご活躍をお祈り申し上げますと伝えておいてくれ」
それで死ぬ間際に遭遇した夢のような出来事は終わりだ。
俺はエンドゥルキンを玄関まで送り、炊飯器をセットし、スーパーで一番高いレトルトカレーを買って食事をする。
それから風呂に入り、初期化したパソコンのスパイダーソリティアで少し遊んでから布団に入り眠る。
そして翌日、今日の続きを行うのだ。
今度こそ邪魔が入らないようにと願いながら。今度も何か起きないかと願いながら。地球に渾身のディープキスをプレゼントする。
「ノーノー、僕の仕事終わってないヨ。鈴木さんレスキューするヨ」
「だから俺は監禁されてないっての。家から出ないから職質すら受けたことねーわ」
「監禁されてるヨ。鈴木さん、日本社会にガンジガラメ」
「――――。」
「鈴木さんの国、悪く言いたくないけどやっぱり異常ヨ。
イエルロッパ王国の何倍も豊かなのにライオンの群れに囲まれたシマウマみたいにピリピリしてる。
お金沢山持ってる、明日もご飯食べれるのにみんな元気ない。夜になってもファイヤーダンスしない」
「最後のはお前んとこが異常だ」
「だからレスキューするよ。僕らの国とっても貧乏。
でも鈴木さんを閉じ込めない。苦しめない。死んだ方がいいなんて絶対に思わせない。
自己責任なんてウンコよ。大事なのはみんなが生きてること。仲間殺して食べるご飯おいしくない」
「………お前は優しいなエンドゥルキン。
でも俺はお前の優しさに値しない男なんだよ。俺は何も出来ない。
狩りなんて出来ないし、細かい作業も苦手だ。頭も悪い。何の役にも立てないんだ。
お前が俺をそれでもいいと許してくれても俺は俺自身を許せない」
「そんなことないヨ。エンドゥルキン知ってる。鈴木さんは本物の英雄よ」
「やめてくれ!!もう勘弁してくれ!!一体俺に何が出来るっていうんだ。
俺がしたことなんて小学生の時に作文を書いただけじゃないか!!」
「その作文が僕を救ってくれたネ」
「だからそれは作家先生が――」
「違うよ。僕は黒柳センセイじゃない。鈴木さんに救われたのヨ」
「―――え?」
イエルロッパ族に必要なものは何か。それは勇者だ。
桁外れの長身。赤と黒の入れ墨。誰よりも強く、誰よりも優しい部族の誇り。
そう誇りだ。彼らは自信を失っている。戦いに負け、差別を受けイエルロッパは自分の人生を諦めてしまっている。
そんな状態では国連の支援など物の役にも立つまい。
必要なのは金じゃない。物じゃない。失敗を怖れず敗北を怖れず笑顔で死地へと飛び込む勇者だ。
アフリカの人々は強い。水も電気もない世界なんて僕たち日本人には耐えられない。
でも彼らはそんな世界で当たり前のように生きている。彼らは強い。それに気が付いていないだけだ。
だから僕は予言する。もしも僕の教えの通りに戦う笑顔の勇者が現れたならば。
イエルロッパ族は必ずや自分達の土地と誇りを取り戻し彼らの王国を築き上げるだろう。
「僕は子供の頃ピロピロって言われてたヨ。細い枝って意味ネ。
背ばかり高くて何も出来ない弱虫。毎日泣いてばかりいたヨ。
それを変えたのは鈴木さんなのヨ。
僕より小さな子供の書いた魔法の言葉。それが僕に勇気を与えてくれたのヨ!!」
掴まれた肩が痛くて熱い。
「鈴木さん、昔のイエルロッパ族と同じネ。
就職戦争に負けて、無職だと差別されて自分の人生を諦めてる。
だから僕がレスキューするヨ!!
鈴木さんは弱くない。一人ぼっちはみんな怖い。でも鈴木さんは今日まで生きていてくれた。
それはとても強いことよ。その強さの価値に気が付いてないだけ。
今日から鈴木さんは一人じゃないヨ。僕がいるヨ。
どんな失敗と敗北の日でも僕は笑顔で鈴木さんの隣にいるヨ!!だから大丈夫!!
鈴木さんは必ず自分の誇りと王国を取り戻せるネ!!」
かくして俺は海を渡りイエルロッパ王国の一員としてエンドゥルキンと共に土木工事に勤しんでいる。
両親は心良く息子を未開の地へと送り出した。
成田から直行便が出たら遊びに来ると言っている。そんな簡単に航路が出来てたまるか。
そう毒づきながらもこうして空港建設に励む俺はやっぱり家族に認めて欲しいのだろう。
自分のことを。そして自分が生きるこの国のことを。
国をあげてヨイショされる今でも俺は自己評価を上方修正していない。
結局のところ俺は運が良かっただけだ。
奇跡のような偶然が積み重なって日本という牢獄から開放された幸運な例外。
誰もが勇者エンドゥルキンと出会える訳じゃない。
それでも奇跡の確率を上げることは誰にだって出来るはずだと俺は思う。
だからもしアンタが生きることに苦しんでいるのなら暇つぶしに小説でも書いてみることをオススメする。
何の意味もない、書いた自分すら明日には忘れてしまうような言葉でも場合によっては誰かを救い、いつかは自分を救ってくれるかもしれない。
俺は現在、今も現役で牛とファックしている黒柳先生と共同で一冊の本を書いている。
タイトルは「僕の考えた最強の世界復興計画」
よければ是非とも手に取って欲しい。次に世界を救う勇者はもしかしたらアンタなのかもしれないんだから。