4話 お手伝いさんになりました
団長といえばもっと年上の人を想像していた。けれど、目の前にいる人は私と10歳くらいしか変わらないと思う。たぶん20代後半から30代前半とか?
髪は黒の短髪で、切れ長の目をしている。顔は少し強面だけれど少しかっこいいかもしれない。なんていうか大人の男って感じだ。
「ディック。アリスちゃんに失礼だろ」
副団長さんが少しだけ強い口調でそう言った。たぶんさっきの私の挨拶に団長さんが何も反応しなかったからだと思う。
っち、という舌打ちのようなものがきこえて団長さんは書類を机に置いた。というか舌打ちとかこわい。始めてされた。しかもそんなにはっきりと。団長さんの態度に少しだけビックリしていると、副団長さんが私の肩にそっと手を置いてくれた。
「アリスちゃんごめんね。もう一度自己紹介してあげて」
副団長さんが申し訳なさそうな顔をしている。私は一歩前に出て深々と頭を下げた。
「初めまして。アリス・クイニと申します。15歳です。今日からこちらでお手伝いとして働くことになりました。不束者ですが、一生懸命頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします」
「……………………………………………ああ」
長い沈黙のあと、団長さんはとても短い返事をした。副団長さんがため息をこぼしている。
「ほら、ディックも挨拶する」
まるでお母さんが子供に言い聞かせているようだ。副団長さんが優しい口調でたしなめると、団長さんは面白くなさそうな顔をして口を開いた。
「ディック・アリイ。ここの団長をしている」
団長さんは私とは視線を合わせてくれない。挨拶もすごくぶっきらぼうだ。強面な顔に似合わずに人見知りでシャイな人なのだろうか。それとも、ただ単に私に興味がないのだろうか。さすがの私も初対面の相手にこんな冷たい態度を取られてしまうと少し傷付く。と、すかさず副団長さんが声をかけてくれる。
「ごめんね、アリスちゃん。団長はきっとアリスちゃんが可愛いからテレてるんだよ」
「おい、テオ。そんなわけねぇだろ」
団長さんの怒鳴るような声に驚いてビクッと肩が跳ね上がる。副団長さんがため息をついた。
「お前のワガママはもう聞けないからな。お前がどう思おうと何を言おうとアリスちゃんをここのお手伝いに採用する。いいな?」
一方、団長さんは何も言わずに再び机の書類を手に取るとそれに視線を落とす。
「い・い・よ・な?」
副団長さんが強い口調でそう言うと、しばらくしてから団長さんの口が動いた。
「好きにしろ」
団長さんの言葉を聞いた副団長さんが私を見て微笑む。
「よし!団長のお墨付きももらったし、改めてアリスちゃん、これからよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」」
副団長さんの笑顔につられて私も笑顔になる。それから団長さんに振り返る。
「団長さん。早く仕事を覚えてみなさんのお役に立てるように頑張ります。仲良くしてください」
「…………………」
相変わらず返事は戻ってこない。一瞬だけ私の顔を見てくれたけれど、またすぐに書類で顔を隠してしまった。
シャイな性格なのか、私のことが気に入らないのか分からないけれど、これからしっかりと仕事をして団長さんに認めてもらえるように頑張ろう。
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「ここがアリスちゃんのお部屋ね」
そう案内された2階の部屋は南向きで日当たりの良い部屋だった。
「うわ~。こんなに良い部屋を使っていいんですか?今住んでいる家よりもキレイです」
お手伝いさん用のお部屋は、トイレもお風呂も完備されていて、ベッドもあるしソファもある。贅沢過ぎるのではないかと思うくらい素敵な部屋だ。
「住み込みでほぼ毎日働いてもらうことになるから、部屋くらいはしっかりと用意してあるよ」
「ありがとうございます」
「それとね」
副団長さんが備え付けのクローゼットを開けると、中にはあずき色の服が3着入っていた。
「これがお手伝いさんの制服ね。あと、あそこにエプロンがあるから使って」
テーブルの上を見ると白いエプロンが畳んで置かれている。と、その隣には分厚い本のようなものがあった。なんだろう、とじっと見ているとそんな私の視線に気付いてくれたのか副団長さんが教えてくれた。
「あれはマニュアルね。歴代のお手伝いさんたちが少しずつ残してくれた仕事のノウハウが書かれてる。今日はまずあれをしっかりと読んで、明日から少しずつ仕事を初めてみて。悪いんだけど、俺たちはあまりお手伝いさんの仕事に詳しくないんだ。基本的には食事・洗濯・掃除をしてもらいたいんだけど、そのやり方とか時間配分とかもその本に書いてあると思うから」
「分かりました」
スクールの教科書よりもだいぶ分厚いマニュアル本に少しだけ不安になる。こんなに覚えることが多くて、大丈夫だろうか。
不安といえば、さっきからどうしても気になることがあった。
「あの、副団長さん」
「テオでいいよ。副団長なんて堅苦しいから名前で呼んで」
「はい。じゃあテオさん」
「なに?」
「団長さんは私がここのお手伝いさんをすることに不満なんでしょうか?」
挨拶に行ったときも視線を一度も合せてくれなかったし、会話もできなかった。私に興味がないようなその態度に不安がないといえばうそになる。
「そんなことないよ、大丈夫。団長はまぁなんていうか。ああいう性格だと思って。基本的にはいいやつなんだけど、ちょっとぶっきらぼうというかなんというか…。ま、アリスちゃんのことが不満であんな態度を取っていたわけじゃないから安心して」
そう言うと副団長さんはニコリと微笑んだ。
「それに、あの態度はまだいい方だよ。最悪な場合は女性を見ると逃げるから」
「?」
「ま、とりあえずこれからよろしくね」
テオさんの手が私の頭をそっと撫でてくれる。
「よろしくお願いします」
ぶっきらぼうな団長さんに、優しい副団長さん。さっきのエルオさんという大柄な男性もそうだけれど、他にはどんな団員さんがいるのだろう。そんなことを思いながら、これから始まるお手伝いさんという仕事に思いを馳せたーー。