3話 団長に無視されました
一週間後、私は再び第3護衛騎士団の詰所へとやって来た。今日からお仕事開始である!
住み込みで働くことになるので私物をカバンに詰めて持ってきたけれど、服も小物ももともとそんなに持ち合わせていないのでまとめるのが楽だった。
「こんにちはー」
と、声を掛けながら詰所の扉を開けるとそこには男の人たちがたくさんいた。驚いて一度扉を閉めてしまう。忘れていたけれど、これから私の働く場所は男ばかりの職場なのだ。女性はお手伝いさんの私一人だけ。
ふー、と深呼吸をしてから再び扉に手を掛けると、引いてもいないのに勝手に扉が開いた。
「お前、新しいお手伝いだろ」
目の前にはすごく体の大きな男性が立っていた。とても筋肉質で首が太い。いままでこんなに体格の素晴らしい男性を近くで見たことがなかった私は緊張で固まってしまう。
「よし、入れ!」
そんな私にお構いなく、男の人の太くて大きな手が私の腕を掴む。驚いて思わず、ヒー、と情けない声を出してしまう。
「ん?どうした?」
男の人が不思議そうな顔で私を見ている。悪い人ではなさそうだけれど、迫力があって少しこわい。
「エルオ。アリスちゃんがこわがってるよ」
するとまた別の声が聞こえて、振り向くと副団長さんだった。知っている人の顔に少しだけホッとする。副団長さんは長い銀色の髪を今日も後ろにゆるく結んでいて、まとまりきらなかった長い前髪が顔の横に少しだけたれている。
「副団長。この子が新しいお手伝いだろ?」
大柄な男の人は掴んでいた私の腕を離すと、今度は顔を私に近付けてきた。じっと観察をされてしまう。至近距離で見つめられてしまい恥ずかしくて視線をあちこちへと移動させる。
「へぇ~。なかなか可愛い子見つけてきたな。つーか、あの団長がよく採用したな」
「採用したのは俺だよ」
「副団長が?団長じゃなくて?」
「ああ」
「団長に何も言われなかったか?」
「言われた。けど、正直これ以上もう詰所のお手伝いの不在は通常の業務に悪影響だ。エルオだって見廻りのあとに全員分の夕食の支度を当番制でするのはもう嫌だろ?」
「あ…ああ。たしかにそれはそろそろ勘弁だな。その時間を筋トレに使いたい」
「だろ?団長のわがままはもう聞いていられないよ。団長にはお手伝いを決めたことだけを伝えて、今日これから会わせる予定」
副団長さんの言葉を聞いた大柄な男性が額に手を当てて首を振る。
「副団長、それマズくないか?……あぁなるほど。だから団長、今日は一歩も部屋から外に出てこないのかぁ」
「本当?ディックまだ一度も部屋から出てない?」
「出てこないな」
「ったく、あの団長にも困ったもんだ」
私はぼんやりと二人の会話を聞きながら、はたして本当に自分が採用されてしまって良かったのかと不安になってきた。団長さんは自分の出した条件の50代以上という条件にあてはまっていない私の採用には反対なのかもしれない。副団長さんは採用と言ってくれたけれど、一団のトップの人があまり良く思っていないのに私はここで働き始めていいのだろうか。
すると、そんな私の不安が伝わったのか、副団長さんは初めて会ったときのように私の頭にポンと手を置いてくれた。
「大丈夫。アリスちゃんは今日からここのお手伝いさんだよ」
「…はい」
頷く私の背中を今度は大柄な男の人がバシンとたたく。
「よろしくな、アリス。俺の名前はエルオだ」
「よろしくお願いします」
私は二人に向かって深く頭を下げた。
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そのあとは副団長さんに連れられて団長室へ挨拶に行くことになった。
部屋の前に着くと、副団長さんが部屋をノックしようとするので「ちょっと待ってください」とその手を止める。
一応、この職場のトップの人にこれから会うのだから身だしなみはしっかりとしておかないとと思い服を整える。第1印象は大事だ。
今日は自分が持っている服の中でも1番しっかりとしたワンピースを着てきた。紺色の生地に白い襟のついた落ち着いた感じのワンピースだ。シワがないかと確認したり、ほこりがついていないかと手で払ったりを繰り返す。
そのあとは手で髪の毛を整える。肩より少し下のあたりでくるんと丸まっている天然パーマの髪の毛はどんなに時間をかけてセットしてもストレートになってくれない頑固者だ。やっぱりここはきちんと髪をまとめてくるべきだっただろうか。
「アリスちゃん、準備はいい?」
「もう少し待ってください」
ふー、と深呼吸をする。それから副団長さんを見上げた。
「あの…副団長さん。団長さんはどんな人ですか?」
54人も応募のあったお手伝いさん候補たちをことごとく不採用にしてきたような人である。きっと厳しい人なのかもしれない。歳はそうだなぁ。団長という偉いポジションにいるような人だから、父と同じくらいかそれよりも少し上かもしれない。失礼のないようにしっかりとしないと。よし!と頬をたたいて気合をいれる。
そんな私を見て副団長さんがクスっと笑うのが分かった。
「大丈夫だよ、そんなに緊張しなくて。アリスちゃんはアリスちゃんのままで団長に会えばいいよ」
「はい」
仕事をするなら楽しくやりたい。できればここにいるみんなと仲良くなって。
入院している父が言ってくれた言葉がある。アリスの良いところは人見知りせずに誰とでも仲良くできるところだよ、と。自分を育ててくれた父がそう言うのだからそれがきっと私の長所なのだろう。団長さんがどういう人なのか分からないけれど、できれば仲良くなって毎日楽しく仕事がしたい。
コンコン。
と、副団長さんが団長室の扉をたたく。
「団長。新しいお手伝いのアリスちゃんを連れてきたよ」
そう言うと、副団長さんが扉をゆっくりと開けて中に入る。私はその後ろに続いて中へと入った。
まず目に見えたのは書類が高く積み上げられた机だった。そして、次に見えたのはイスの背もたれに背をあずけ足を組んで座っている男の人の姿。手に持っている書類を見ながら何やらすごく不機嫌そうな顔をしている。この人が団長さんなのだろう。想像していたよりもずっと若くて驚いた。若いといっても私よりかは10歳以上は上かな。
「初めまして。アリスと申します」
きちんとお辞儀をした私の挨拶はしかし、無視をされてしまった。視線すら合わせてもらえない。団長さんは私になんてまったく興味がないというような態度で、その視線は相変わらず書類に向けられたままだった。