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2話 採用になりました

お手伝いさん募集の要件は、15歳を過ぎた女性なら誰でも可とのことだった。ちょうど今年で15歳になった私でもギリギリ応募ができるし、誰でも可という言葉に飛びついた。


最近、スクールを退学して仕事探しを始めたのだけれど、応募条件でまず落とされてしまい泣く泣く諦めた仕事ばかり。世の中やっぱり学歴と資格が大事だ。そのどれも持ち合わせていない私には仕事探しは厳しい。途方に暮れて歩いていたところ、偶然、建物の壁に貼られた第3護衛騎士団詰所のお手伝いさん募集の求人用紙を見つけた。




面接に来たと分かると、詰所の中にある応接室のような広い部屋に通された。向かいのソファに座るのはさきほどの銀髪のお兄さんだ。


「自己紹介がまだだったね。俺はこの第3護衛騎士団で副団長をしているテオ・フーバー。よろしくね」


なんと副団長さんだったとは。偉い人だったのですね。


副団長さんは右手を私に差し出しどうやら握手を求めているようだ。汗ばんでいては失礼だと自分の右手を服でこする。それから副団長さんのまるで女性のようなしなやかな手を握った。いざ触れるとその手はごつごつとしていて、やっぱり剣を握る騎士さんなんだなぁと思った。


「君の名前は?」

「アリス・クイニと申します。歳は15歳です。好きな食べ物は甘い物なら何でも。特にシュークリームが好物です。嫌いな食べ物はありません。…あれ、あったかな?小さいときはあったけど克服したので今は嫌いな食べ物ありません。なんでも食べます。あと趣味は………って、どうして笑ってるんですか?」


しっかりと自己紹介をしているはずなのに、目の前の副団長さんは口元に手を当てながらくすくすと笑っている。なにかおかしなことでも言っただろうか。


「ごめんごめん。食べ物の好みまで教えてくれてありがとう」

「……」


つまりは余計なことまで話してしまったらしい。うー、恥ずかしい。せっかくの大事な面接なのに評価を落としてしまったかもしれない。


「アリスちゃん、面白いね」

「…すみません」


お喋りなのは仕方がない。舞い上がって余計なことを話してしまうのは小さい頃からのクセだ。もう直らないと諦めている。


「どうしてうちのお手伝いになろうと思ったの?」


副団長さんはもう笑ってはいなくて、真面目な顔で私に問いかける。


「えっと…今はとにかく仕事がしたくて。お金が必要なんです」

「お金?」

「はい。実は半年ほど前に父が病気になって入院をしてしまいました。手術をしたけどなかなか回復しなくて退院ができません。父は仕事を辞めてしまったので今は収入がないんです」


それから私は副団長さんに身の上話を聞いてもらった。


父は、病気がきっかけで仕事を辞めさせられてしまった。私は父子家庭なので父の収入がないと生活は厳しい。しばらくは貯金でなんとか過ごしていたけれど、それももう底をつきそうになってしまい悩んだ結果、私は通っているスクールを退学した。スクールに通うにも学費がかかる。それを払うお金はもうどこにもないし、そこに回せるお金があるのなら生活費や父の入院費に当てた方がずっといい。将来のために学ぶことよりも、今を生きることがずっと大切だと思った。


それからは私が生活費や入院費を稼ごうと思い仕事探しを始めた。けれど、スクールを退学して学歴も資格も何もない15歳の私にできる仕事は限られてしまう。あるにはあるのだけれど、賃金が安くてこれでは生活費も入院費も払えない。かけもちをしたって厳しい。いったいどうしたらいいのだろうと途方に暮れて歩いていたら、建物の壁に貼られた求人用紙を見つけたのだ。


「お手伝いさんなら私にもできるかなぁと思って応募しました」

「なるほど。苦労しているんだね」


副団長さんはソファに深く座り直し、腕を組んだ。


「たしかにうちは学歴も資格も必要ない。それに、ほぼ毎日住み込みで働いてもらうことになるから、それ相応の給料は出すよ」


求人用紙に書かれていて、それも魅力の一つだった。住み込みで働けば私の生活費はほぼかからないし、ここの給料なら父の入院費もなんとか払える。きっと神様が今の私に与えてくれた天職だと思った。


そのあとも副団長さんからいろいろ質問をされて、最後にこんな質問をされた。


「俺たち護衛騎士がどんな仕事をしているか知っている?」

「はい、なんとなく。悪い人たちから街のみんなを守ってくれているんですよね」

「うん。まぁ簡単に言えばそうだね」


スクールに通っていたとき、登下校の道で街の見廻りをしている護衛騎士さんたちとすれ違うことが何度かあったし、実際に悪い人たちを捕まえているところも見たことがあった。


「俺たちのことどう思う?」

「どう…とは?」


副団長さんの質問の意味が分からなくて聞き返してしまう。どう思うとは、つまりどういうことだろう。いや、しかしこれは面接だ。採用につなげるために何か答えなければ。


「そうですね。えっと…街の治安を守ってくれているのでとても感謝しています。いつもありがとうございます」


結局、あまり良い言葉が出てこなくて、誰もが思っているようなありきたりなことしか言えなかった。ここはもっと褒めて褒めて褒めまくった方が好印象を得られて採用へとつながったのだろうか。お世辞は大事って聞くもんね。


すると副団長さんはまた私の顔を見てくすくすと笑い始める。え?また何かおかしなことを言ったかな。と、不安になっていると「アリスちゃん」と名前を呼ばれた。


「うん。採用!」


と、ニコリと微笑む副団長さん。


「………!」


えっと、採用いただいちゃいました。この場で決めてしまっていいのだろうか。そもそもいったいどこに採用ポイントがあったのだろう。ぽかーんとしている私に副団長さんは言う。


「実はうちの面接受けに来るのアリスちゃんで55人目なんだよね」

「え?そんなに多いんですか?」

「そう。でもみんな不採用になっちゃって」


私の前に54人も志願者がいたとは思わなかった。お手伝いの仕事は最近の流行りなのだろうか。そんなこと聞いたことがないけれど…。しかし、その大勢の中でなぜ私みたいな女が採用されたのだろう。そんなにたくさんの志願者がいるならもっと良い人材がいたはずなのに。


「いつもは採用の面接は副団長の俺じゃなくて団長が担当しているんだ。若い子がたくさん応募してくれるんだけど、団長はどの子のこともろくに面接らしいことをしないで不採用にするから困ってて」


副団長さんはそう言うとため息をこぼした。そんな彼に質問をしてみる。


「どうして不採用にしちゃうんですか?」

「うーん。団長が言うにはもっと年が上の女性がいいらしい。50代とか60代とか」


じゃあ求人用紙の募集要項に50代以上と条件を付ければよかったのに、どうして15歳以上なんて書いたのだろう。なんて不思議に思っていたら、副団長さんが教えてくれた。


「最初は50代以上の条件で求人を出していたんだ。団長たっての希望で。でも、なかなか応募が来なくてね。しびれを切らして俺が団長を説得させて応募条件の年齢を15歳にまで下げたんだ。そしたら応募がすごく来たけど、やっぱり団長が不採用にしちゃうんだよね」


本当に困る、と副団長さんはため息をこぼす。


「前のお手伝いさんが60代のおばちゃんだったんだけど、持病の腰痛が悪化して半年前に辞めちゃったんだ。で、新しいお手伝いさんを募集したんだけどなかなか新しい人が見つからなくて。俺たちの詰所での生活にもそろそろ支障が出てるんだよね」


この詰所には騎士さんたちが常時待機をして、全員がここに住みながら仕事をしているらしい。騎士というハードな仕事をしながら生活のことをするのは大変だからとお手伝いさんがそのサポートをしている。それがないのはやっぱりきついのだろう。


「そろそろお手伝いさんをどうしても決めたかったんだ。で、不採用ばかり出す面接担当の団長がたまたま不在。そこにアリスちゃんが面接に来て、副団長の俺が代わりに担当している。ということで、アリスちゃんは合格。採用だ」


「……ありがとうございます」


つまりは、私は運が良かったということだろうか。団長さんに面接をされていたら問答無用で不採用にされていたけれど、副団長さんだったから採用してもらえた。喜んでいいんだよね。

でも団長といえばここのトップの人だ。その人に確認しないで私を採用にして大丈夫なのだろうか。ちょっと不安になるけれど、せっかく良い条件の仕事が見つかったのだからあまり深く考えないことにしよう。うんうん。


ようやく仕事が決まってホッとしている私に、副団長さんの声が聞こえた。


「それに、アリスちゃんならなんとなくだけどうちの団長と仲良くできると思ったんだ。いい?団長と仲良くするのがここで働くうえで1番大切なことだからね」

「?…はい」


そんな副団長の言葉の意味をこのとき私はまだ理解ができなかった。



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