1話 面接に来ました
求人用紙に書かれた地図通りに歩いていたはずなのにいつの間にか迷ってしまい、目的の場所へ辿り着く頃にはすっかり陽が暮れてしまった。方向音痴、そんな言葉が頭を過る。
「大きいな~」
その建物の存在は前から知っていたけれど普段の生活ではまず訪れることはなかった。改めて近くからみるとやっぱり大きい。そして頑丈そうだ。
しっかりとした門に囲われたその建物は、このエリスールの街の中心部に位置する重要機関だ。その名も第3護衛騎士団詰所。この街の治安を守ってくれている騎士団員さんたちが常時待機している場所だ。
「ふぅー」
門の前で深呼吸を繰り返す。
なぜ私がここを訪れたかというと、面接を受けに来たのだ。
もちろん騎士の面接を受けに来たわけではない。騎士は、私みたいな平凡な女がほいほいとなれるほど簡単な職業じゃなくて、しっかりと訓練を受けた人たちだけがなれる特別な職業だ。私が今日、面接を受けに来たのはそんな騎士さんたちの生活をサポートする【お手伝いさん】の仕事だ。
護衛騎士団の詰所に到着してから数分。いまだに私は門の前をうろうろとしている。扉を開けようとしてはその手を引っ込め、覚悟を決めて開けようとするけれどやはりその手をためらってしまう。なにをやっているんだ、自分…。
街の中を歩いていたときにたまたま目にした【第3護衛騎士団―お手伝い募集します】の求人用紙。建物の壁に貼られているそれを見たときすぐに、これだ!と思い、勢いのままにここへ来てしまった。けれど、本当に私みたいな女が応募をしてもよいのだろうか。それに、もう陽が暮れてしまっているしこんな時間に迷惑かもしれない。せっかく来たけれど明日出直そうかな。うーん、と一人であれこれ迷っていると、
「こんなところでどうしたの?」
と、後ろから声がした。
振り向くと、銀色の長髪を後ろで一つにゆくる結んだ優しそうな顔のお兄さんが立っていた。よく見るとその後ろにも数人の男の人たちがいて、彼らの服装は街でよく見掛ける護衛騎士団の制服だった。
扉を開ける前に発見されてしまった。こんなところでうろうろしているなんて、きっと不審者に思われたに違いない。
面接に来たんです!と、手に握りしめている求人用紙を見せようとすると、お兄さんが微笑みながら私の頭にポンと手を置いた。
「お嬢ちゃん。もしかして迷子かな?」
「……」
まるで小さな子供にするように、お兄さんは私の頭をポンポンとしている。
たしかにここへ来るまで、15年間住み慣れた我が街のはずなのに何度も遭難しかけたけれど。あれ、こんな道あったんだ、こんな場所あったんだ、という15年目にしてこの街の新たな発見をしながらここまで来たけれど。迷子になっていたけれど。
それにしても頭ポンポンってお兄さんは私のことを何歳だと思っているのだろう。まぁたしかに実年齢よりも若く見られることが多いけれど。
もう大丈夫、お家に連れて帰ってあげるからねーと言いそうなお兄さんの顔の前に、私は手に握りしめている求人用紙を見せた。
「お手伝いさん希望です!面接にきました!」