囚擁所
人の一生は短い
人の人生は長い
chap.10
PM16:00
たくさんのおみやげをかかえて僕と囚は商店街を出た。
まだ太陽は高かった。
「さて、どうやって帰るか」
囚はそう言ってあたりを見渡した。囚の家まで歩いて一時間はかかる。
そこで目に付いたのは、バイクに乗った二人組みの不良だ。大型のオートバイである。
囚はその二人に近づき――
「お前ら、そのバイク貸してくんね」
図々しくもそう言った。
その台詞を聞き不良二人は――
「なめてんのか」
「俺らとやりあうきか、チビ」
鋭い目でにらんでいた。
「悪いね、いやーお前らは何も悪くないけど」
囚は不良二人を蹴り飛ばした。
両腕がふさがっているので仕方ない。
蹴っ飛ばされた二人はそのまま木にぶつかった。
落ちてこない。
おそらく引っ掛かったのだろう。
「よし、OK」
どこらへんがだ。
チビと言われたのが相当気に食わなかったのだろう。
酒池肉林のようにぶらさがっている不良二人をスルーして囚はバイクのギアをかけた。
「乗れよ、同正」
いや、お前のバイクじゃないだろ。
僕はそう思いながら後ろに座った。
バイクは急発進した。
PM16:30
無免許ノーヘルのまま僕らは囚の家に到着した。
囚の家は築70年の木造二階建てだ。この時代木造建築は珍しい。もはや世界遺産レベルだ。
この家だけ周りから浮いている。
囚は扉を開けた。スライド式だ。鍵はかかっていない。とてつもなく無用心だ。用心という言葉をこの家の人間は知らないのだろう。
「遠慮せずにあがれよ」
つれてきたのはお前だけどな。
「あっ、スリッパは履けよ」
囚はこう見えて意外と潔癖症な奴である。
囚は何も言わずに奥の部屋まで進んでいった。
僕はその後をついて行く。
襖を開ける。襖がある家なんておそらくここぐらいである。
そこには一人の女性が正座している。まるで産まれる前からここにいるかのように座っている。
凛々しい顔をした色白い人である。
「お帰りなさい、囚さん」
「ただいま帰りました、母上」
囚は無駄にかしこまった言い方をした。学校ではこんな喋り方――たとえ会長の前でも――口が裂けても使ったりしない。もっともこいつの口は一刻も早く裂くか縫い合わせるかした方がよいのだが。
――何を隠そうこの女性は囚の母親なのである。
あの暴力と悪意の塊のような男でもこの人の前では借りてきた猫だ。そんなに可愛くもないが・・・・・・
「お久しぶりですね、同正さん」
僕はぺこりとお辞儀をした。
「いつもうちのぼんくれが世話になっております」
もう世話と言うレベルではない。
後始末はいつも僕だ。これ以上会長に何をさせられるんだ、僕は――
「そういえば、前会ったときの傷はもうよいのですか?」
彼女は僕の腕を見てそう言った。僕の腕には傷など残ってはいなかった。
勘違いのないように言っておこう。
この世界では医療技術は半端ないスピードで日々進歩している。
たとえば、簡単な骨折程度なら数日で完治するし、昔は不治の病と呼ばれた病気も錠剤一つですぐに健康体になることができる。移植技術ももちろん発達していて、例えば生まれつき目が見えなかったり耳が聞こえなかったりしても特殊チップが入った臓器を移植することで日常生活を何の支障もなく送ることができる。
極め付けに、たとえ街中で重症を負ったとしても某無免許の医者並みの技術を持った医療ロボットが駆けつけて瞬時に治療を施してくれる。
故に最近は無謀なチャレンジャーや体を張った番組が多いのだ。
――そうあの事件のように・・・・・・
もちろんそんなことはこの女性も承知の上だろう。
彼女が心配したのは、僕が――囚によって怪我を負わされたということだ。正確に言うと囚の喧嘩に巻き込まれたということになる。
もっと言えば巻き添えを食らっただけなのだが。
あれは一週間前――
7/26
PM5:00
例のごとく街をねり歩いていた僕と囚は不良集団30人の襲撃を受けた。
いかにも不良らしい風貌の男たちは囚に向かってきた。
哀れなものだな。
僕は同情をする気すら起こらない。無論同情することになるのは囚に対してではない。囚に吹っ飛ばされていく不良たちに対してである。
もっとも僕はそれを止めるつもりなんてこれっぽちもなかった。
囚が一人の不良を右ストレートで吹っ飛ばす。
「リーダーーーーーー」
どうやらリーダーだったらしい男は空の彼方に消えていった。
今日もいい天気だ。
「お前らは悪くない。悪いのは全て俺だ。なぜなら俺は・・・・・・」
「うるせえ!!チビ」
空気を読まずに叫んだのはあの宮田だった。
「ああっ!?」
囚は宮田を睨んだ。
そこから先はよく覚えてない。
目が覚めたとき、周りは血の海だった。
不良たちは皆倒れていた。黒色の学ランが一つ残らず赤黒く変色していた。
そのとき僕は気づいた。自分の腕の感覚がないことを。
よく見ると腕が不思議な方向に曲がっていた。本当に腕が変な方向に曲がるのか、と僕は痛感した。幸い足は無事だったのでそのまま立つことはできた。
するとすぐに例のロボットがやってきた。
不良たちの手当てをし始める。
僕は警官がやってくると色々とまずいのでその前に逃げることにした。
ひとまず囚の家に着いた僕は腕の手当てをしてもらった。
囚は見かけによらず手先は器用なのである。
「いやー、すっかりお前のこと忘れてたは」
ひどい奴だ。全く僕のことを何だと思っているんだ。
「親友だろ」
にっと笑って囚は答えた。本当に憎めない奴だ。僕の心に憎悪など沸かない。
しかし問題はそこではなくなぜ僕を巻き込んだかということだ。
「安心しろよ、腕の一本くらいたいしたことないだろう」
なぜだろう、今ここでこいつの腕をへし折りたくなってきた。
今、僕の腕は一本や二本どころか感覚すらないのだ。
よくもまあここまでできるものだ。
その後、いつものように囚の母親に挨拶しに行った。
「おや、同正さん。どうしたのですか、その腕は?」
とてつもなく怪訝そうな顔をされた。そして囚の顔を見て――
「分かりました。後できつく言っておきます」
隣に立っていた囚の体はぷるぷる震えていた。
ダメだ・・・・・・考えることを放棄している・・・・・・絞められることが・・・・・・怖いんだ!




