第34話「高天神城の戦い」
天正2年5月、遠江国城東郡土方。この地に2万を超える大軍勢が姿を見せた。
風になびく軍旗には武田家の家紋である四つ割菱。そしてその軍勢の先頭には一人の男。
その男は中肉中背で、古風な鎧を身につけ、その上に煌びやかな朱色の陣羽織を羽織っている。
彼こそこの軍の総大将であり、武田家当主。名を武田勝頼という。
勝頼率いる武田軍が目指すは難攻不落の山城・高天神城。かつて父・信玄ですら陥すことの出来なかった堅城である。
「父上でも陥すことが出来なかった堅城、俺に陥すことができると思うか……?」
勝頼は思わず弱気な言葉を吐く。
この高天神城攻めには『武田いまだ健在なり』と全国に知らしめるという目的がある。信玄でも陥せなかった堅城を勝頼が陥せば、それは勝頼が信玄以上の者であることの証明になるからだ。
だが、いざ高天神城の近くまで来ると、不安な気持ちが勝頼の心を侵食し始めた。
『甲斐の虎と言われ恐れられた名将・武田信玄でも陥とすことが出来なかったこの堅城をお前ごときが陥せるはずがないではないか』
心の中でそう誰かが囁くのだ。
だが、そんな弱りかけていた勝頼の心を一人の若武者の言葉が元気づけた。
「信玄公は信玄公、勝頼様は勝頼様です」
その言葉は勝頼の心を侵食しかけていた不安を一掃してくれた。
その若武者の名を小宮山友晴という。
友晴は信玄の死後、勝頼に気に入られ出世、今や勝頼の片腕にまでなっている男である。
「そうか。そうだな」
信頼寄せる家臣の一言で立ち直った勝頼は気持ちを切り替え、どうやって城を攻めるかを考えることにした。
2万もの軍勢が高天神城に攻めかかる。意気盛んに雄たけびをあげて城へとなだれ込む兵たち。だが、兵を送り込めば送り込むほど兵の死体が積み重なっていくばかりであった。
ある者は降りかかる矢に射抜かれ、またある者は上から落とされる丸太や岩の下敷きとなった。
野戦では無敵の強さを誇る武田の精鋭たちもこの堅牢な要塞の前には手も足も出なかった。
「く……!やはり手ごわいな!」
勝頼は悔しさのあまり思わず唇をかむ。
これ以上やみくもに攻めても犠牲が増えるだけであることは目に見えていた。
「アスカ、メグミ、カナエ!」
勝頼はしばらく考えた後、3人の少女の名前を呼んだ。
すると忍び装束を身にまとった可憐な少女たちがどこからともなく姿を現した。
「お呼びでしょうか」
「ああ。アスカとメグミはどこか手薄なところがないか調べてほしい。カナエには調略をお願いしたい」
「御意!」
そう言うと、3人の少女たちは再び姿を消した。
戦が終わったのは6月19日のことであった。
度重なる武田の猛攻をしのいでいた高天神城であったが、西の丸を失陥すると、士気が大幅に低下。さらに武田に内通した者が反乱を起こしたことで城主・小笠原信興はついに降伏を選択した。
そしてこのとき、勝頼は父・信玄を超えたのであった。




