第2話「信濃攻略」
「なに!あの田舎姫に子が!?」
四郎誕生の報は正室・三条の方にも届いた。
「まあ、私には太郎がいる。武田家を継ぐのは嫡男である太郎じゃ。そこまで心配することもないか。」
最初は慌てた三条の方であったが、やがて冷静さをとりもどした。太郎とは、天文7年に晴信と三条の方の間に誕生した子である。三条の方は太郎のことを溺愛していた。
「しかし、油断は出来ない。殿は諏訪の田舎姫がお気に入りのご様子。その四郎とやらに家督を継がせることも考えられる。なにか手を打たねば‥‥。」
三条の方は左大臣・三条公頼の娘である。田舎大名の娘である諏訪御料人とは格が違う。彼女を目の敵にしているのはそれが理由だった。夫が自分よりも格下の女の方を愛している。そのことも気にくわない。
(これ以上、あの女の好き勝手にはさせない!家督を継ぐのは太郎じゃ!田舎者の子などに、妾の子が劣るはずがない!妾は左大臣の娘ぞ!太郎には三条の、名家の血が流れておるのじゃ!)
この日を境に、三条の方の諏訪御料人に対する嫌がらせは、ますます悪化した。
天文17年、躑躅ヶ崎館では信濃攻略のための軍議が開かれていた。
「信濃攻略まであと一歩。残すは葛尾城の村上義清のみでございまする。おそらく上田原あたりで合戦となりましょう。信濃一の猛将と名高い義清が相手。心してかからねばなりませぬ。」
軍師・山本勘助が状況を報告する。
「フン、村上如き我等の敵ではないわ。圧倒的な力でひねり潰してくれる!出陣じゃ!」
晴信は葛尾攻めを決定した。しかし、これに猛反対した者がいた。重臣の板垣信方である。
「お屋形様、お待ち下され!ここ最近戦ばかりで民が疲弊しきっております!葛尾攻め、どうかお考え直しくだされ!」
かつて晴信は父・信虎を甲斐から追放した。信虎は信濃攻略の為に戦を繰り返し、民たちを苦しめていた。それが晴信には我慢出来なかったのだ。しかし、今晴信はその忌み嫌った父と同じことをしようとしている。それに本人は気づいていない。
「これはもはや決定事項じゃ。変えることはできぬ。」
「わかりました。ならばこの板垣駿河守、敵を存分に蹴散らし、お味方に大勝利をもたらしましょうぞ‥‥!」
気づかぬのならば、命をとして気づかせるまで。信方は上田原を死地と定めた。