第18話「剣聖」
上野国箕輪城。そのまわりを大軍勢が囲う。
風になびく2種類の軍旗。四つ割菱と梶の葉。すなわち、城を囲っているのは武田信玄率いる武田軍とその子・諏訪勝頼率いる諏訪軍である。
「どう攻めるべきか…。」
「やはり、まずは伊勢守をなんとかせねば…。」
本陣ではどう箕輪城を陥とすか、重臣たちで軍議が行われていたが、なかなか良い案が出ず、長引いていた。
「勝頼、一戦交えたようだが…、伊勢守についてどう思った?」
それを黙って見ていた信玄であったがようやく口を開いた。鋭い目つきで勝頼を睨む。
それに対し、勝頼はひるむことなく流暢に考えを述べた。
「伊勢守は『上州の一本槍』といわれた剛の者。奴が戦場に姿を現しただけ流れが一気に変わりました。かの者を討ち取ることはまず不可能かと。」
「では、どうする?調略か?」
「いえ、おそらく伊勢守に調略など通じないでしょう。ほかの者を調略するのが得策かと。本領安堵を約束し、さらに新たな領地でもちらつかせれば簡単に内応を約束してくれることでしょう。」
「うむ、わかった。すぐさま使者を送ろう。」
信玄は感心したようにうなずくと、早速長野家重臣のもとに使者をむかわした。
永禄9年9月、2万5000の大軍がついに箕輪城になだれ込んだ。
味方の裏切りがあった箕輪城は猛攻に耐え切れず、城主・長野業盛の自害をもってついに落城した。
「伊勢守よ、武田家に仕える気はないか?わしはお主の力がほしい。」
戦後、信玄は生き延びた上泉伊勢守を召抱えようとした。しかし、秀綱は首を縦には振らなかった。
「それがし、兵法修行のための旅に出まする。二度と仕官せずに武芸の道をひたすら極めたいのです。」
秀綱はいまの自分の力には満足しきれず、さらに力を磨きたいと考えていたのだ。
信玄はその更なる高みを目指す秀綱の姿勢に感心した。
「そうか残念だ…。ならばわしの一字をとって今日から『信綱』と名乗るといい。」
「ハッ!ありがたき幸せ!」
秀綱改め信綱は旅に出た。更なる力を求めて。
彼はその後多くの伝説を残し、『剣聖』と称されることになる。
年は1年ほど遡り、永禄8年。
勝頼が初陣を果たし、父・信玄からの信頼を得ていく中、嫡男・義信のほうは父への憎しみを募らせていた。
「このままでは武田家が滅んでしまう…!俺が…俺が何とかしなければ……!」
そして、事件は起こった。