第17話「初陣」
勝頼は悩んでいた。
今、勝頼は諏訪の兵を率いて長野氏の居城・箕輪城を囲んでいる。
箕輪城の守りは堅く、とても陥ちそうにない。さらに箕輪城には厄介な男が一人いる。
剣豪・上泉伊勢守秀綱。新陰流の創始者で『長野十六本槍』の筆頭。彼こそ、勝頼の悩みの種であった。
「弓隊、構え…!放てぇぇ!!!」
諏訪軍が攻撃をしかける。これに長野軍は当然応戦。この小競り合いが勝頼の初陣となった。
弓隊の放った矢のうちいくつかが敵兵に命中した。矢が刺さった敵兵はバタバタと倒れていく。
しかし、長野軍の勢いは一切衰えなかった。屍となった味方を乗り越え迫ってくる。
「槍隊前へ!槍衾を組めぇ!」
勝頼はすかさず弓隊を下がらせ、槍隊を前に出す。
槍を持った諏訪兵たちは雄たけびをあげながら迫りくる敵兵に突撃した。
あっという間に戦場には血だまりができ、肉塊が飛び散る。その様子はまるで地獄のようであった。
「はぁぁぁぁぁぁ……!」
諏訪兵と長野兵が入り乱れる中、一人の少女が刀を振るい敵を次々と蹴散らしていた。
少女の名は望月千代女。この戦では勝頼の副官として参加していた。
彼女は西洋風の甲冑を身に纏っており、戦場ではかなり目立つ。
「女だ、女がいるぞ…!」
彼女の風になびく綺麗な黒髪と大胆にあいた胸元につられ、長野兵は一気に襲い掛かる。
あわよくばその場で押し倒して鎧をひん剝いてやろう、などと考えていた兵達であったが、次の瞬間には彼らはもうこの世にいなかった。
「脆い!次!」
千代女の刀は次々と敵兵を切り裂いていく。
彼女は返り血を浴び、血まみれ。自慢の黒髪も汚れ、艶を失っていたが彼女は気にもとめず、ひたすら刀を振るった。
「やるな…、俺も負けてられない…!」
副官にこうも鮮やかな剣技を見せつけられては勝頼も黙っていられない。
「うおおおおおおおおお!!!」
勝頼の大槍が唸る。敵兵はなす術なく次々と勝頼に討ち取られていった。
二人の猛者の活躍に戦いの流れが諏訪軍に大きく傾く。
「よし、この調子でいけば勝てる…!」
勝頼は思わずそうつぶやいた。
だがしかし、ある男の登場によってそれはならなかった。
鋭い目つきに威厳を感じさせる立派な髭。全身から漂う圧倒的な威圧感。
「わしの名は上泉伊勢守秀綱!このわしがいる限り、箕輪城は陥ちんよ…!」
「出やがったな…。」
秀綱の登場は諏訪方に傾きかけていた流れを一気に引き戻した。
「ありゃあ、化け物だな…。」
まだ刀を一切交えていないが勝頼には分かる。今の自分では秀綱には勝てない。もちろん千代女さえも。
「仕方ない…!退くぞ!」
勝頼の決断は早かった。
諏訪軍は即座に撤退を開始、幸い敵の追撃がなかったため円滑に撤退できた。
こうして勝頼の初陣は幕を閉じた。
この戦いで長野家重臣・藤井豊後守を討ち取るなど勝頼は多くの武功をあげた。
しかし、勝頼の顔は浮かない。秀綱の圧倒的な恐ろしさが脳裏から離れないからだ。
その後、撤退した諏訪軍は信玄率いる武田軍と合流、再び箕輪城を囲んだ。