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翌日、船は予定通り昼過ぎにマルセイユ港へ着いた。見送りに来てくれた楽団員に挨拶を終えた僕達は、送られてきた手紙に書かれていたホテルへと向かった。指定されたホテルは港から一直線に続くマルセイユのメインストリートであるカヌビエール通りにあるらしい。その一帯はホテルやカフェが軒を連ねる中心街だそうだ。
潮の香りが漂う中、海を見ると、ノートル・ド・ラ・ガルド寺院が遠目に映った。寺院は親しみを込めた別名〈ボンメール〉と呼ばれる。意味は良母で、街の人間を港とともに見守っているからとのことだ。
港町マルセイユの始まりは紀元前六百年に遡る。フォカイアというエーゲ海の小アジア(現トルコ)の都市のギリシャ人によって築かれた。マルセイユの元の名前は、マッサリアで〈塩の家〉という意味なのだそうだ。気候は、年間三百日が晴れ、そのうちの九十日は北風ミストラルが吹く。その北風が招く街の変化に魅かれ、画家の巨匠たちがマルセイユを訪れる。
「……しかし、熱いね」
「大丈夫? 兄さん。荷物、持とうか?」
「いや、いいよ。ありがとう。とりあえず早くホテルにチェックインしようか」
「観光はどうする?」
「日が暮れてからにするよ。僕にはちょっと、この日差しは無理だ。耐えられそうにない」
兄さんはそう言って、肌を覆うように帽子のつばを下げた。