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髪型をオールバックに整えた僕は懐中時計を見て、兄さんに「行ってくるよ」と声をかけ食堂へ向かった。明日、船を降りる僕への労いのため、楽団が食事会を開いてくれるからだ。
……正直、行きたくないのだが、社会で生きていく上では必要な付き合いもある。僕はそう言い聞かせながら食堂の扉を開けた。
「今日はお招き頂きありがとうございます」
僕は慇懃無礼に口上を述べた。見知った顔ばかりで、例の団員はいない。結局、体調が戻ることがなかったのだろう。そう思いながらエドワードさんの横に座った時、ごく微かに薬品の匂いがした。他の人間は気付かないであろう、匂い。
「どうかしたかい?」
「……いえ」
「ジョシュア君」
「はい。何でしょうか? コールマンさん」
「この一週間、本当にありがとう。とても助かったよ。君のヴァイオリンの腕はなかなか良い。少し練習すれば十分にプロでもやっていける。もしよければ楽団に来ないか?」
「せっかくのお誘いありがたいのですが、僕は別に進みたい道がありますので」
「そうか。残念だな。では一応、連絡先を渡しておくよ。気が変わったら連絡をして欲しい。君ならいつでも大歓迎だ」
彼は懐から出したメモ帳にペンを走らせた。
「……ありがとうございます」
僕は受け取った紙片をジャケットの内ポケットに仕舞った。
「よかったね。あ、君、お酒は飲むかい?」
「僕はまだ学生ですので」
「そうか。君は真面目なんだな。じゃあ何にする?」
エドワードさんはアブサンを飲み干して言った。
「僕はアイスティーをお願いします。ところで、アブサンがお好きなんですか? エドワードさん」
「……いや、別に好きなわけじゃない。ただ、飲んでるだけさ」
「そうですか」
僕はエドワードさんにそう答えて、料理に視線を移した。キャビア、フォアグラ、フリカッセ、海老とルッコラのサラダ、ステーキ、パン、高級ワイン……ずいぶんと豪勢な食事だ。僕はとりあえず、海老とルッコラのサラダを皿に取り、その上にキャビアをかけた。
「それだけでいいの? ずいぶん少食なんだな」
僕の左隣に座っている楽団員はそう言ってきた。
「今はあまり空腹ではないので……」
「そう」
彼はそう言い、フリカッセとフォアグラを自分の皿にのせた。