11
エドワードさんはコート・カフェを出たあと柱時計を見て、「用を済ませてくるよ。また夕食後に」と言って去って行った。今頃、兄さんは部屋で休んでいるだろう。そう思いながら部屋へ戻ると兄さんはいなかった。奇麗に整えられたベッドの上には〈解剖学の基礎〉が置いてある。その上には一枚のメモが残されていた。それには、「少し食事をしてくる」としたためられている。
「……」
僕はメモを置いて、机に座り、その本を読み始めた。それから二時間が過ぎた頃、紙袋を持った兄さんが戻って来た。
「おかえり、兄さん。食事はどうだった?」
「ただいま。うん。とっても美味しかったよ。はい、これお土産! ジョシュアの好きなザッハ・トルテがあったから」
兄さんはそう言って、アイスティーと白い箱を差し出して来た。
「ありがとう。兄さん」
僕が一口飲んだところで、兄さんは白い箱から薄ピンクの色をしたゼリーに、ミントの葉が挿され、たっぷりのホイップクリームと半分に切った苺がのせられたシュークリームを出した。
「そのゼリーの中の花びらは桜?」
「そうだよ。日本から取り寄せた桜の花びら入りって謳い文句に負けて買ってしまったんだ」
兄さんはそう言うと一口頬張った。僕と兄さんは双子の兄弟だが、性格と嗜好はまったくの正反対だ。昔から兄さんは甘い物がことのほか好きなのだが、僕はあまり好きではない。だが、ほのかな甘味の中に苦味があるザッハ・トルテは別だ。
「あ、美味しい。これそんなに甘くないから食べてみる?」
「じゃあ、一口だけ」
僕はスプーンにのったゼリーを口にした。……確かにあまり甘くはない。舌に残らない上品な味が口中に広がる。
「いいね。これなら食べれそうだ」
「本当? 良かった」
「じゃあ、お礼にザッハ・トルテ、少し食べる?」
「もう~、ジョシュは、僕がそれ駄目なの知ってるくせに」
「怒らないで、兄さん」
僕はゼリーを口にする兄さんに言った。