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ランプの光

「母さんはどうして研究の成果を〈最も自然に近き者〉さまに見せないの? ザダルさんの発表なんか火花がパチッて、きれいだったよ」

 シェサーナはいたずらっ子をみるような目を向けた。

「見てたの?」

「え、多分そうだろうなって――」

「――まあ、いいわ。わたしは〈探求者の塔〉には興味ないの。わたしは霊医師で、患者を治すのが一番性に合っているから。それに研究が認められたときは、ラル・トル島に行くことになる。いろんな島に行ったけど、わたしにはカ・レア島が一番好きなの」

 シェサーナはチャトを口に流し込んだ。

「母さんは他の島にいたときもあったの?」

 シェサーナの目は、チャトの皿からエリュに向かれた。

「そういえば、あなたに話したことはなかったわね。わたしは、ラル・トル島からさらに北のレ・ティナ島で生まれたの。寒いところでね、雪が大地を包み込んでいる場所だったわ。わたしは十七になるまでそこで住んでいたのよ」

「ずっと北にいたのに、なんでカ・レア島に来たの?」

 シェサーナは昔のことを思い出したのか、くすりと笑った。

「旅が好きでね、色々な島を巡ったわ。王の島ラル・トルから東の島ル・ビデュ、西の島ゲ・ルイ島に、南東ルカ諸島、そして南の島カ・レア。カ・レア島に来たのは有名な彫刻を見たかったからなの。そこで、ある彫刻家に会って……」

「父さんのこと?」

 エリュは皿を持ち上げ、チャトを飲み干した。エリュの言葉にシェサーナは顔を赤くしてうなずいた。

「そうよ」

 皿を下ろしたエリュの顔は、心配げだった。

「その……故郷に帰りたいって思うときはある?」

 シェサーナのスプーンを持つ手が止まった。しばらくして何事もなかったかのように口にチャトを流し込んだ。彼女は家を見回した。

「あるわ。けど、あそこは帰る場所じゃない。今はこの家が帰る場所なの」

 エリュの表情から緊張がほどけ、安堵したようすで皿を片付けた。シェサーナはそのようすを見ると、いつも着ている外套を纏い、家の戸を開けた。

「母さん、どこ行くの?」

「オロンが今日の夜帰ってくるんだって。それなのにランプを忘れたみたいだから、迎えに行くのよ。留守番お願いね」

 エリュがうなずくと、シェサーナは微笑み、ランプの光を頼りに暗い道へ出かけていった。


 家を出ると、森の中からランプの赤い火が見えた。ランプの火に照らされた宝石も見える。精霊使いザダルのものに間違いなかった。彼の不快な笑みはランプの光に不気味な影を作っていた。

「やあシェサーナ」

 ザダルの表情に憎しみが浮かんでいた。

「あんたが、本来精霊使いになるべきでない一族であることくらい、知っているんだぞ?」

 精霊使いの顔がこわばった。しかし平静を保つと、冷たい声で問いかけた。

「それをどこで聞いたの?」

 ザダルの表情がしてやったり、と笑みを浮かべた。

「やっぱりそうか。知っているのか、あれの在り処を」

 シェサーナの顔が蒼ざめた。ザダルは続けた。

「あんたは、島から島へと渡っているのだったな。そんなあんたには、分からないだろうさ。カ・レア島を支える彫刻家はその数を減らし、この島は貧相なゲ・ルイ島にまで落ちぶれようとしている。おれはカ・レア島で育った。あんた以上にこの島を愛している。この島が廃れていくのは見たくない。だが、あれがあれば、それだけでこの島の霊名術は発展する。そうなれば、ここは、ラル・トル島以上の霊名術の発展の地になる。この島は救われる」

「……たしかに、この島の彫刻家は優れた技術を持っていて、それが消えていくのは辛いことだわ。だけど、あれは誰の手にもあってはならない」

「ならば、吐かせるまでだ! シルフ、我はそなたの存在を認める。わが身に入れ!」

 ザダルの周りを蒼白い霧が包み込んだ。彼の指先から流れ出る風は、シェサーナを押し倒し、見えぬ刃で森の木々を切り裂いた。

「サラマンダー、我はそなたの存在を認める。わが身に入れ!」

 シェサーナの言葉は掲げられた手から赤い霧を噴き出し、火と風が混じり合い、光と熱の魔物と化し、雄叫びを上げた。ザダルはシルフの制御が利かないことで恐怖の悲鳴を上げた。

「サラマンダー、あるべきところへ帰りたまえ」

 シェサーナの言葉に呼応して、炎の魔物は姿を消した。

「ザダル」

 夜の闇の中で、シェサーナの白い顔が浮かび上がった。

「いい? あなたがもしも、わたしの永住の地を奪おうとたとき、その口も、命も焼き尽くすわ。ヴォツフォ火山の溶岩にも負けないほどの炎で」

 ザダルの歯ががくがく震えていた。シェサーナは獣のような目はザダルから離れることはなかった。怯えた若き精霊使いは、その目を見返すような戦意もなく、ただ、その目から逃れようと両腕で顔を隠した。この男は滅ぼすべきだ。オロンとエリュと離れたくなければ。ここで許してはならない。この生活を失いたくない。

「サラマン……」

 シェサーナは精霊の名前を唱えかけて、口を閉ざした。今、この男を殺そうとしている自分は、戦士のわたし? それとも妻の、母のわたし?

「誓いなさい。誰にもこのことを、漏らさないわね? わたしの生まれも、あれについても?」

 ザダルはうなずいた。シェサーナは、ザダルの前を通り過ぎた。シェサーナは、苦悩の中で、闇を進んだ。今殺すのをためらった自分は誰なの? 揺れるランプの炎は、シェサーナの苦悩の答えを照らすことはなかった。

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