リーグの子孫
ホルクは船窓から白く浮かぶラル・トル島を見ていた。〈王の島〉と呼ばれており、三つの塔が海からでも見えるくらい高くそびえている。
ラル・トル島の王族はセルーナによって王権を授けられた一族であった。初代国王リーグは善政を為すことを誓い、〈王者の塔〉を築き上げ、セルーナの〈探求者の塔〉と巫女の〈預言者の塔〉と共に三つの塔の誓いを立てた。
しかし、セルーナに選ばれなかったリーグの兄ルーフは、そのことに嫉妬した。ルーフは魔女に、リーグの一族に呪いが降りかかるように頼み込んだ。魔女はラヴェ・エスタ国各地に漂う〈天の邪神〉の邪悪な魂たちに呼びかけ、大地を呪った。
ルーフが憎んでいたのはリーグであって、ラヴェ・エスタ国ではなかった。彼は〈天の邪神〉の魂の呪いを一手に引き受け、ウーロ山で果てた。ウーロ山にいた精霊たちは穢れた魂から逃げ、以来ウーロ山は〈呪われし土地〉となり、霊名術が使えなくなった。
ルーフの子孫こそリュ・ウーロ族である。それゆえリュ・ウーロ族は今でも王族を憎み、ウーロ山から離れないのだという。
「開国の祝典の準備は整っているのか?」
ラヴェ・エスタ国王アスハンは宰相のムーファに確認を取った。ムーファは煌びやかな装飾品に身を包むアスハンの光に出来た影のようだった。黒い外套を羽織り、生気のない目は資料の上を踊っていた。
「劇団や吟遊詩人にはすでに頼んでありますし、国賓のみなさまにも招待状は送っておきました」
「問題はないか。さてハーゼン。天気はどうなりそうだ?」
〈最も自然に近き者〉は〈探求者の塔〉からの資料に目を通し、溜め息をついた。
「今のところは雨の可能性が高いかと」
「何と! 精霊たちは誓いでも忘れたのだろうか? よりによって記念すべき三つの塔の誓いを立てた日に雨を降らすとは。どうにか晴れに出来ぬものだろうか?」
〈最も自然に近き者〉は、この言葉を冗談と受け止めず、頭に蒼い血管を浮かべ、何かを言いかけたが、背後から黒いマントを羽織った青年が落ち着いた足取りで現れ、先に答えた。
「雨もまた天の恵みなのですよ。セルーナも雨は天から地への恩恵だと言っているくらいですから」
「ホルク……」
青年は、ハーゼンの目を受け流し、涼しい顔をしていた。アスハンは頬杖をつき、甥に問いかけた。
「どこに行っておったのだ?」
国王の声には仕事を放り出した甥への非難があったが、ホルクは胸に手を当て、平然と答えた。
「ゲ・ルイ島のほうに。一人の天賦の才を持った娘に会いに行っておりました」
ハーゼンが問いかけた。
「天賦の才?」
ホルクは新しい玩具を見つけた子どものような笑みを浮かべ、言葉にした。
「ヴォテ・ノルエ・リンドですよ」
ハーゼンは息を飲んだ。
「〈知識を超えた目〉だと?」
「彼女はエリュといって、ある精霊使いの下で霊名術を習っておりました。彼女は、精霊の姿を名前も唱えずに言い当てました。しかも、噂では竜巻を消したといいます」
〈最も自然に近き者〉が眉をひそめた。
「それは自然を操作したということかね?」
「しかし、彼女は無意識だった。しかも一言も精霊の名前を唱えていないのです。霊名術の発展には興味深くないですかな?」
ハーゼンの目から鋭い光が衰えた。
「たしかに……今回の場合は根底を覆しかねんな」
アスハンの目に、好奇心が宿った。
「どうだろう、彼女を開国の祝典に招待してみては? わたしも〈知識を超えた目〉には興味がある。その後〈探求者の塔〉で質疑応答をしてみて確認すればいい。ハーゼン、そなたならその娘がこの国に害を与える者か判断がつくだろう? それにその者が協力してくれるなら、新たな霊名術を生み出すことだって出来るではないか」
謁見の間を退室したとき、ハーゼンは不安を意識せざるを得なかった。三つの塔の誓いでは、精霊は名前を唱えたときに霊力を貸し与えるという。どういうことだろう? その娘と精霊が誓い以上の絆を繋いだということか? だが、精霊は魂がないはずだ。この二者が繋がることがあり得るのだろうか?