表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫劇場  作者: 藤野一花
4/4

第四幕 音楽駅

「おにいちゃん、おにいちゃん」

 幼い女の子の声がする。

「え、」

 ぼくは少し眼を開けた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 声のする方をちらっと見ると、黒髪の女の子が隣の席から、ぼくの顔を覗き込んでいた。白いワンピースの上から、赤いケープを着ている。

 そして、肩からベルトの付いた太鼓を提げていた。おもちゃ屋に売っているような子供用の太鼓。列車に乗るときまで持って来るんだから、よっぽどお気に入りなんだろう。

 ぼくにとりついた睡魔はかなり質が悪いらしい。

 両目をこする。

 昨夜の夜更かしは相当効いたらしい。ぼくは昔から、十時間は寝ないと調子が出ないんだ。

 最初に起動し始めたのは聴覚と痛覚だった。

 ぼくが鈍い反応ばかりしていることに腹を立てたのか、女の子がぼくの頬をつねったのだ。見たところ、就学前の子供だからあまり力は無いようだけれど、寝起きのぼくにはかなり効いたみたいだ。

「おはよう」

 頬を握られながらの発声はちょっとつらかったけれど、苦労は報われたようだ。女の子は、ぼくにめいいっぱいの笑顔を向けた。

「おはよう。おにいちゃん、夜はちゃあんと寝たほうがよいです」

「そうだね」

 ぼくは微笑みを浮かべる。

「ちなみにここはどこでしょう?」

「クイズかい?」

 ぼくは笑ってそう言ったけれど、すっかり眠ってしまっていたので、正直なところ、全く分からなかった。

 即答で「わからない」はあまりに、女の子をがっかりさせてしまうと感じたので、しばらく考えている振りをした。

 女の子はぼくのそんな様子を楽しそうに見ている。

「降参ですか?」

「うん、参った。降参だよ」

 ぼくはオーヴァーに両手を挙げた。

「いまは黒猫劇場」

 女の子は太鼓をドンドンと叩いて音を立てながら、なかば棒読みに近い感じで言った。

「それって、駅の名前なの?」

「うん、いまのところ」

「いまのところって?」

「町長さんが交代するたびに、町の名前が変わっちゃうから。今度、また選挙があるんだって」

「そうなんだ」

 そんなにころころと町の名前が変わったら不便じゃないのかな。

「あとね、この駅が終点だよ」

「え……、終点?」

 ぼくは聞き返す。

 女の子はもちろん、と頷く。

 なるほど。だから、列車はさっきから止まったまま発車する気配もなく、回りは人が見当たらないんだ。

「それで、帰る列車はいつごろ出るのかな」

「帰る列車って?」

 女の子は小首を傾げる。

 そう言ったかと思うと、椅子から飛び下りた。そうして、太鼓を軽やかに叩きながら列車の外に行ってしまった。

「待って」

 ぼくは思わず追いかけた。

 列車の扉は閉め切られていたが、どうやら可動式の扉で、ぼくが近づくと自然に開いた 都会にはよくある代物だが、ぼくには手品のように思えてしまう。

 列車の外に出て驚いた。

 駅は大音量のスピーカーが置いてあるみたいに、音楽で溢れていた。曲名はわからないけれど、心が踊るような感じの曲だった。

「あの、次の電車はいつ来ますか?」 

 ぼくは近くに立っていた、長身の紳士に声をかけた。彼は煙草を吹かしている真っ最中で、ぼくを一瞥しただけでなかなか口を開こうとはしなかった。それどころか、背を向けてしまった。

 ぼくはきまりわるく、その場に立ち尽くしていた。けれど、しばらくすると、紳士から声をかけてきた。

「君の言う次とはいつのことですかな。わたくしにでも分かる言語で話していただきたいものだ。少年、国語はとても大切ですぞ」

 ぼくは面食らってしまった。

 まさか、初対面の相手に説教されるとは思わなかった。

「ぼくは乗り過ごしてしまっただけなんです」

 ぼくは必死に訴えたが、紳士は苦虫でも噛み潰したような顔をしただけだった。

「君は来たばかりではないのかね。行き先が分からない子どもじゃあるまいし、君は地理を真面目に勉強したほうが良いのではないのかね」

 いくら話していても、説教だけで終わってしまいそうだ。

「あの、綺羅星駅へ戻る列車はいつ来るんですか?」

「再来週また来ていただけるか。それまでには充分に十分すぎる回答を用意しておこう」

 紳士はそういうと、満足げにまた煙草を口にくわえた。

 ぼくは結局、体裁良く断られてしまった。

 駅員さんは片手にカスタネットを持って、話すたびにカタカタと音を鳴らした。

「五十分後ですよ、電車は。お忘れなく。今晩の演奏は『ヴァイオリンの少年』ですからね♪」 

 駅員さんはまるでミュージカルに出ているみたいに、節をつけて言った。僕はありがとうと言って、階段を下りていった。

「五十分後ですよ、電車は。お忘れな……」 駅員さんの声はまだ聞こえていた。それは階段を下りるまで続いた。けれど、下りるとすぐに聞こえなくなった。その代わり、改札口の辺りでは、人だかりが出来ていて、別の音楽が聞こえてくる。並んでいた僕に順番が来た。

「はい、君は?」

「あの、僕、眠ってて下りる駅乗り過ごしちゃって、一回外に出たいんですけど。それから、切符無いんです。いくらですか」 

 そうして、財布を取り出しかけた僕を駅員さんは笑った。

「君、高額な切符、持っているじゃないか」

 そう言って、ヴァイオリンのケースを指さした。

「え、これ?」

「そうさ。お金なんか何の役にも立たないよ、この町じゃ。それで演奏してくれるなら、君はここを通ることが出来る」 

 僕は困ってしまった。一生けんめい、ここまで練習してきたけれど、こういう時、とっさに出来る曲が僕には、無い。結局、僕は何にも身についてないんだ。僕の隣で色々な人が色々な楽器で色々な音楽を奏でていて、どんどん駅から出ていく。僕は自分が情けなくて、涙をぼろぼろと流してしまった。

「そんなに難しく考えなくていいんだよ。別に、『メリーさんの羊』だっていいんだ」

「『メリーさんの羊』でも?」 

 僕は笑った。駅員さんも僕が泣きやんだせいか、一緒に笑った。急に僕の頭の中で音楽が流れた。駅のおじさんがいつも歌っている歌だった。題名も知らないって言ってた。でも、お父さんから聞いた曲で、コンサートでも絶対歌わない曲だから特別なんだって。僕もたまに口ずさんでみる。 

 弾いてみることにした。下手でも大丈夫な気がした。回りの人の目も気にならない。初めて自分だけの音楽が出来た気がする。おかしな音も沢山出しちゃったけれど、僕は最後まで弾くことが出来た。

「よく頑張ったね」

 そう言って、拍手をしてくれた。駅員さんだけじゃなくて、駅にいるひと皆が僕に拍手を送ってくれた。

「音楽を愛する者へって曲だ」

 誰かが言った。僕はその題名を口の中で何回も呟いた。

「その顔からすると、知らなかったみたいだね。大分前かな。前の駅長から聞いた話だ。君みたいに、この駅に来た子がいた。でもその子も何も出来なくて、泣きだしたよ。仕方ないから、歌なら平気かい? って聞いたんだ。それで、今の歌を駅のみんなで合唱したんだよ」 

 僕はなぜか、それは、おじさんのお父さんのことだと思った。僕と一緒だったんだ。ここから始まったんだ。そう思ったら少し嬉しくなった。

「これ、渡してくれないか」 

 駅員さんは僕にギターを見せた。

「これ?」

「うん、その人が前に置いていったんだ。息子のものだって。もし来たら、返してやってくれって言ってたよ。結局、来なかったな」

「僕、渡すよ。おじさんに」 

 そう言うと、駅員さんはにっこり笑った。そして、ギターをケースにしまうと鍵をかけた。

「じゃあ、この鍵は君に渡しておくよ。必要になったら声をかけてくれ」

 駅員さんはその鍵を、僕の手にぎゅっと握らせた。

 鍵は僕のヴァイオリンのと同じ、銀色のものだった。でも、鍵にはチェーンも何も付いていない。買った時のままみたいに、持つところの穴には黒の紐がひっかけられているだけだ。僕はその鍵をコートのポケットに滑り落とした。

「じゃあ、僕、ちょっと行ってきます」

「分かったよ。でも、黒猫ハンターには捕まらないようにね」

 駅員さんは僕の耳元に顔を近づけて、小声でそう言った。僕は黒猫ハンターという聞き慣れない言葉を聞いて、小首を傾げた。

「黒猫ハンター? 黒猫ばかりを捕まえる人?」

 僕は黒猫ハンターという名前からそういう人しか連想出来なかった。

「いや、町の掟を破る人を裁判所に連れていく仕事の人がそう呼ばれているのさ」

「ふうん。掟って厳しいの?」

「この町では、音楽を出せない人は重罪になってしまうんだ。だから、駅では最低限の練習をしてもらうんだ。さっきみたいにね。君はもう、大丈夫だよね?」

「うん、下手だけど」

 僕はこの町の不思議な掟に不安を隠しきれなかった。もしかしたら、僕はこのまま自分の町に帰った方が安全のような気がしてきたのだ。

 でも……、

 何だか、音楽が全ての町だなんて、

 少し、ひきつけられる。

「上手とか、下手とかは関係ないよ。ただ、入れる場所は限られるけれど」

「どういうこと?」

「上手い人は劇場や映画館なんかに入ることが出来るけど、そうでもない人はお店位しか入れてもらえない」

「そんな! 上手とかって何で決めるの」

 何て町だろう。才能が無い人はどうしたらいいのだろう? それとも、自由が無くてもいられるくらい、町の人は音楽が好きなのだろうか。

「一ヵ月に一度、楽器ごとに演奏会がある。今日はヴァイオリンの少年だ。十五才までのこどもだけが参加できるヴァイオリンの演奏会で、そこで観客と審査員が全員をランク付けするんだ」

「僕も参加出来るの?」

「もちろん。駅の前に空色雑貨店という店がある。そこに受け付け用紙が置いてあるからね」 

 僕はヴァイオリンをケースにしまうと、駅の出口に向かって歩きだした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ