2話
「なんだお前ら、今日はずいぶんと早いじゃないか?」
「「・・・」」
見慣れたはずの第二科学室の扉を開いた支倉姉弟は、おなじく嫌というほど聞きなれた声と
しかし室内の光景との違和感に思わず足を止めた。
「?どうかしたか、そんなところで固まって」
珍しく気遣うように話しかけてくる島流部長の眼前、実験机の上に置かれたのは
銀の燭台の上で煌々と蒼焔を躍らせる蝋燭。
遮光カーテンが閉じられた部屋の中、視線をずらせば彼女だけでなく同じ机の上に全部で六本、
『ここに座って』と言わんばかりにそれぞれの椅子の前に同様の物が配置されている。
「「・・・」」
先にこの現場に来ていたらしい夕と京音は沈黙したまま、
だが明らかに陰鬱さと面倒くささを織り交ぜた瞳で炎の揺らぐ様を観察している。
「・・・部長、これはどんな種類の冗談ですか?」
室内に漂う硫黄系の臭いに耐えかねたように幸一は窓辺へと向かうと
黒い遮光カーテンと窓を全開放、日光と新鮮な換気を取り入れると今度は蝋燭の方を消していく。
「あっ、勝手になに消してんだよ。この蝋燭はその人物の残りの寿命を示していてだな・・・」
「いやそういう話は後でいいですけどね、唐突に何やってんですかアンタは?」
先輩とか部長とか、一応とはいえ目上の者に対する敬意というやつが
これっぽっちも感じられない幸一。
「ほら夕先輩に京音もちゃんとしゃきっとして」
「うぅ・・・頭痛い」
肩を落とし力なくうなだれる夕と京音。硫黄の臭気にやられたのだろう、
両者とも目の焦点はなかなか定まらずふらふらと揺れ続け、
普段から多少以上に虚弱体質的の気がある京音に至っては
机の天盤に突っ伏したまま微塵も動く気配がない。
「おい凪山、大丈夫かん?」
心配そうに顔を覗きこむ燕にもやはり彼女から反応はなし。
「まったく、京音はともかくとして夕までこの調子か。
本当にうちの連中は万事につけて耐性がないな」
言いつつ自分は机の下から取り出した小型の酸素吸入器のようなものを使っている部長。
アスリートがたまに使うガスボンベのような商品表面に印刷された商品名は『ハワイの空気』。
思いっきり胡散臭い。
「・・・ってか部長!怒るのはとりあえず後回しにしてあげますから、それすぐ京音にあげて!」
だんだん「ケホッ」から「ゲホッ!」、さらに「ゴホ、ゴッホゴホ、グハッ!」まで
レベルアップしていく京音の咳。
背中をさすってやりながら幸一は「さっさとよこせ」と無言で手を差し出す。
涙目になっている少女の姿に流石に罪悪感が出てきたのか、
自前のバッグから新しい酸素の缶を取り出した島流はそのまま軽く投擲、
受け取った幸一は開封すると漏斗状になっている口部分を背後から支えたままの体勢で
京音の唇へと運ぶ。
「うっ・・・」
薄く空気が漏れるような声も一瞬、幸一の手から酸素缶を受け取った彼女は
深呼吸するようにスーハースーハー、だんだんと呼吸を安定化させていく。
まるで赤ん坊が哺乳瓶にくらいつくような吸いっぷり、
『アラスカの空気』と書かれた商品名をただなんとなく眺めていた幸一の意識の外では。
「ケホ・・・部長すいません。私にも何かください・・・」
「ほれ」
「ありがとうございます・・・」
『ヘリウムガス』とカタカナでおもいっきり書かれていることにもまったく気付かず、
疲れた目の夕が口元でシュコシュコとそれを吸っていた。
1話1000~2000字くらい、
本当に軽めの文量で続けていこうと思っています。