俺と少女
松原陽佑の仕事シリーズ3です。少女とようやくお話します。この女の子が陽佑にとって重要な人になってゆきます。なんか話がぶっ飛びすぎな気もするが…
その後の事はよく覚えていない。
少女が生きているとわかった瞬間あたりは騒然となった。
ある人は「奇跡だ!」と叫び、またある人は「診断ミスだ!担当医を呼べ!」と叫び、またある人は念仏を唱える始末だ。
少女の母親は気を失いかけ、それを父親が支えていた。
父親もパニックになっているようで、「こんな事が、こんな事が…」と呟いていた。
職員の人が「このままではどうしようもないから一度病院に行ってください。」テキパキと指示をしてくれなければあの場はパニックに陥ったね。
そして気が付いたら俺は一緒に車に乗せられて病院に向かっていた。
病院に着くと、少女はすぐに精密検査などを受けるために医者に連れて行かれてしまった。
その場に残されたのは俺と両親とその他知らない人。
少女の両親はこれでもかっていうほど俺にお礼を言いまくっていた。
よしてくれって言ってもきかなかった。終いには医者と看護師に止めれる始末だった。
その日はずっと検査の為少女に会えそうもないし、俺がその場にいても親族の邪魔になってしまうと思ったので帰る事にした。
両親は引き止めたが、また後日見舞いに来るからと言い連絡先を教えて帰って来た。
家に帰り俺はすぐに風呂に入った。
家族に今日の事を話す気にはなれなかった。別に恥ずかしいとかそんなんじゃない。ただ興奮しすぎて話せる状態じゃなかったんだと思う。
何時もはシャワーで済ます俺が、湯船につかりながら今日1日の事を考えた。
あんなに一生懸命に他人の為に何かをやり、懇願し、それを聞き入れられ、結果が上手く言ったのは生まれて初めての事だった。
生まれて初めて味わう、ある種の達成感に俺は興奮していたのだ。
不謹慎だとは思う。しかし感じてしまうのだからしょうがない。
内容が内容なだけに今日の事は一生忘れられないだろう。
しかし、名前も知らないあの少女は一体何なんだろう。
明日病院にお見舞いに行ってみるか、だけど検査とかで会えない可能性の方が高いか。
いったいなぜなんな事に?
そんな事を考えていたら俺はいつの間にか2時間も風呂に入っていたらしい。
「陽佑ぇー死んだのぉー?」
とあまり心配してなさそうに覗いてきた母親に「縁起でもねえこと言うなっ!」と叫んで俺はようやく風呂から出た。
次の日の朝、俺が一生懸命髪の毛と格闘している最中に携帯に見知らぬ番号から着信があった。
出てみると、昨日の少女の両親からだった。
検査で、全くどこにも以上が見当たらず健康そのものの数値しか出ないため面会が可能になったので是非見舞いに来てほしいという事であった。
俺は今日の予定を全部自主休講に急遽変更し、昨日行った少女の入院している病院へと向かった。
病院に着くとロビーに父親が座って待っていてくれた。
挨拶もそこそこに、早速病室に向かったのだがその間中質問責め!
本当まいったね。だって俺はあの子の名前すら知らないんだから。
それなのに父親は「娘とはどんな関係なのか」とか「どうして昨日娘が生きてるって分かったんだ」とか聞いてくるんだぜ?本当まいったまいった。
あれほど数分間が長いって思った事はないよ。
ようやく病室についてドアを開けるとそこには昨日棺の中で大泣きしていた少女がベッドの上に座っていた。
そばには母親もいて俺を見るなり目を潤ませて「昨日は本当にありがとう」と手をとって頭を下げた。
いつまでも手を握っている母親に困っていると、ベッドの上から声がした。
「お母さん、もうやめてあげてよ。困ってるじゃない」
少女の声は高く張りがあって、昨日棺の中に入っていたとは思えないくらい元気な声だった。
「お母さんもーしっかりしてよー。お客さんにお茶とか出さなきゃ!」
少女は予想以上に元気な様子であり、俺はちょっと拍子抜けした。
母親は「ああーそうだったわ!ちょっと下の購買で何か買ってくるから」と言って財布を持って病室から飛び出して行った。
少女の父親はその場に残りまだ俺に質問しようとしていたが、少女に「お父さーん私ケーキ食べたーい」と言われ「まったくしょうがないな。すぐ戻ってくるから松原さんに迷惑かけるんじゃないよ」と言ってケーキを買いに出て行った。
その場に残ったのは俺と少女のみ。
どうしたものかと俺は考えた。
だってそうだろ?
少女の両親は俺達の事知り合いだと思ってるけど本当は赤の他人同士なんだぜ?
少女からしたら命の恩人とはいえ、見ず知らずの大学生の俺のことなんて「何このおっさん」程度にしか見られていないに違いない。
何も考えず見舞いに来てしまった己の愚かさを呪いながら黙っていると、少女の方から話しかけてくれた。
「昨日は助けてくれてありがとう。えーと松原…ユウスケ…さんでしたっけ?」
「あ、ああそう。俺は松原佑介。えーっと君の名前は…」
「私の名前は鳴海綾。綾って呼んで下さい。」
「分かった。それじゃあ…初めまして」
「ええ、初めまして」
俺たちは握手をした。
凄く変な気がした。
全てが変…っていうか俺が元凶でもある気がするんだけどまず何よりこの綾って子が俺の事を全く不信がらずに受け入れていること自体が変だ。と思う。
普通は怖がったり「何このおっさーんキモーイ」とか言ったりするもんだろ?
なんでこんな落ちついていられるんだ?
「君は俺の事をキモ…いや、怪しいとは思わないのか?」
思い切って聞いてみた。黙ってたってしょうがない。
綾は驚いた様に目を開いたがすぐに笑顔に戻って逆に俺に質問した。
「昨日松原さんはなぜ私のことを助けてくれたんですか?」
そうきたか
「なんか…凄く変だと思うんだけど…『ああ、行かなくちゃ、この人を助けなきゃ』って思ったんだよ」
「私もですよ」
「え?」
綾は笑顔のままだ
「私も松原さんと同じ『誰かが私をここから助けてくれる』、そう得体のしれない確信があったんです」
「…」
「私は待っていたんですよ。松原さんを。棺の中で」
そう言い終わった瞬間、綾の母親が「松原さんってお茶大丈夫ー?」と言いながら病室に入ってきた。