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マイ・レボリューション  作者: 過酸化水素水子
一章
9/10

8: 執事と休息

 

「ご苦労様です。無事に餌やりを終えたようですな」

 餌のケースを纏めて、ようやく全てを倉庫の中に戻し終えた時。

 どこからともなく現れた執事が言ってきた。

 

「…………」

 アタシは筋骨執事に、恨みがましい視線を送る。

 こんなに大変だとは聞いてなかったぞ、と。


 だけど執事は涼しい顔。

「少しの間、休んで下さって結構です。貴女のお陰で日頃手が廻らない仕事に着手することが出来ました。本当に助かりました」

「あ、いえ……」

 真面目な顔で頭を下げられると、アタシも強くは言えない。


「食堂にいらっしゃい。お茶にしましょう」

 執事はそう言うなり、館に向かって歩いていった。


 アタシが断るとか、考えないのか?

 と、思ったけど、確かに喉は渇いていたので、その後に付いていく事にした。

 こっちの状況を見透かされているようで、何か嫌だったけど……。


+++


 実際、執事が入れてくれたお茶は美味しかった。

 今まで飲んだ事が無いほど。

 さぞかし良いお茶なんだろう。


 そんなことを考えていると、執事は口元を歪めて微笑んだ。

「それは、さほど高級なものではありませんぞ。貴女でも容易に手に入れる事が出来るものです」

「え? そうなの?」

「何でも、高ければ良い。と言うものでは有りませぬ。安くても質の良いものは、世の中には沢山あります」

「そんなものですかね……」


 それは持っている者だから言える、高みからの見下した発言のように聞えた。

 なので、アタシの言葉はつれない響きで紡がれた。


 アタシは思う。

 高ければ高いほど良いのだと。

 でなければ、何故、誰しも金持ちになりたいと考えるのだろう。

 それはきっと良い物が食べられ、良い物を手に入れられる、それを求めての事に違いない。


 そういった連中が、この腐った世の中で勝ち続けていけている人間なんだ。

 負け組の人生ほど、惨めなものはない。

 特にその底辺にいるような人間の生活は、興味本意でも味わうものじゃない。 

 だからこそアタシは――――


 っと、いけないいけない。

 思考が暗くなりかけた。話題を変えよう。

 アタシは何かないか周囲を見回して、唐突にあることを思い出した。


「……そう言えば、この屋敷には他の使用人はいないの?」

「ええ、居りません」

 即答される。


 執事は別に何を感じた風でもなく、平然としたものだった。

 嘘を言っているようには見えない。

 アルフの言っていた事は、本当だったのね……。

 一体どういう事情からなのだろう?


「こんな広い家に、執事さん一人だと色々大変じゃないの?」

「そうでもありません。流石に館を全部掃除するのは無理ですが、最低限の範囲の掃除、坊ちゃんの食事の世話と、動物達の世話。する事と言えばそれくらいですからな」

 どうやら昨日からの食事は、この執事作だったようだ。

 ただ少しアタシは気になった。


「アルフの両親の世話は?」

 執事が”坊ちゃんの世話”と断定した事が。


 少しだけ執事の視線に、こちらを伺うような色が覗いた。

「…………今は、坊ちゃんの世話だけです」

 それだけを執事は答える。

 どういう意味だろうか。

 この館には居ないということか、両親には別の執事が付き添っていると言う事か、それとも――――


 だけど、それ以上執事がその事について、口を開く事は無かった。

 食堂に沈黙が訪れる。

 何となく重くなってしまった空気を払拭するように、アタシは努めて明るい声で話題を変えた。


「あ、あっと、そうだ。アルフから聞いたんだけど、この屋敷の警備は集中制御室っていう所でしてるの?」

「ええ、そうです」

 話が変わって、少しホッとしたような顔で執事は答える。

 咄嗟に口をついて出てしまった話題だったけど、これならいけるかもしれない。


「地下にあるって聞いたんだけど……この館って地下への階段って存在しない……よね?」

「……全く。坊ちゃんはそんな事まで話したのですか」

 執事は目を細めて、少し呆れるように嘆息する。

 

「ええ。地下室にあります。一応機密事項なので、申し訳ないですが場所をお話しすることは出来ませぬ」

「そう……」


 流石に執事は場に流されなかったか…………。

 ただ、執事の話は続いた。


「はい。それに仮に場所を教えたところで、貴女に入る事は出来ません」

「え? どうして?」

「簡単に言いますと鍵が掛かっている、と言う所でしょうかな」

「鍵……」

 単純に考えると当たり前の話だけど、執事の言葉には何か含みがあるように感じた。

 それを尋ねようとしたけれど、それ以上のことを尋ねる機会は失われてしまった。

 

「ええ。と、そろそろ休憩は終わりにしましょうか。午後の作業をお伝えします」

 執事はそこで話を切ると、椅子から立ち上がって、カップを持って厨房の方に行ってしまったからだ。

 その後姿を見ながら、アタシは思った。


 ――――やっぱり、午後もあるのか。


+++


「身体が痛い……」

 ベッドにうつ伏せで埋もれながら、アタシは体の悲鳴を代弁する。

 こんな日々が続いたら、間違いなく体はストライキを起こすに違いない。


 お茶の後、アタシは屋敷の窓拭きをさせられて、夜には再び獣どもの餌やりをさせられた。

 その後には美味しい夕食が待っていたものの……残念ながらアタシは既に疲労困憊だった。

 なので、食欲はちっとも湧かなかった。

 

 夕食が終わって、ようやくアタシは部屋に戻ってくる事が出来た。

 大浴場を使って良いといわれたけれど、とてもじゃないがそんな気は起きない。

 自室のバスルームのシャワーで汗を流すと、髪を乾かすのもそこそこにベッドに倒れ込んだ。

 アタシの身体は、何よりも休息を欲しているのだ。


「客使いが荒すぎるわよ……」

 そんな不満もアタシの中で充満していたけど、徐々にそれは薄れていき――――

 深い眠りの奥に消えていった……。


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