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マイ・レボリューション  作者: 過酸化水素水子
一章
7/10

6: 働かざる者食うべからずⅠ

 

 分厚いカーテンの隙間から、微かな光が差し込んでいる。

 アタシは薄ぼんやりとした頭で、ボーとそれを眺めていた。


 まどろみの中にいる。

 恐らく、まだ早朝といった時間だろう。


 昨日は敬遠したこのベッド。寝てみると意外に悪くなかった。

 身体ごと包み込もうとしてくるその優しさは、アタシをだらけさせていく……。

 気分は亡国のお姫様、ってとこね。


 コンコンコン。と、入り口のドアがノックされる。

 どうぞ~~と、声を掛けようとして、その前に自分の格好を確認する。


 昨日の服装のままだった。

 着替えを持ってきてないので、仕方なかったのだ。

 まあ、ともかく格好に問題はないので、入室了承の返答をする。


「失礼します」

 慇懃に一礼して入ってきたのは執事だった。

 

 相変わらず強面の顔だ。

 その顔に今は能面のような無表情を貼り付けている。

 いや、表情を貼り付けてない、っていうのが正しいのか。

 どっちだろう?


 執事はそんなアタシの様子を一瞥して、僅かに眉間に皺を寄せた後、淡々と告げてきた。

「マイカさん。ここに逗留される間は働いて頂きます。ただ飯を食わせてやる程、私は優しくはありません。働かざる者、食うべからずです」


 最初何を言われたのか、よく分からなかった。

 ぼんやりと頭の中で言われた言葉を吟味して、ようやく理解した。

 どうやら爺さんは、アタシに何か仕事をさせたいらしい。


「アタシは、客でしょ?」

 そう主張する。


 幾ら招かれてない客だったとしても、客は客だ。

 この館の人間は、アタシをもてなす必要が有る筈だ!

 そんな事も主張する。

 

 そのアタシの正当な要求に対しての、執事の返答はあっさりとしたものだった。

「館から追い出されたいか、働くか、どちらか好きな方を選びなさい」


 ニコリとも笑わずに、そう勧告してくる。

 鋭い眼光から放たれた視線という名の脅迫が、寝ぼけていたアタシの意識を完全に覚醒させた。

 心なしか、執事の筋肉がパンプアップしているように見える。

 アタシは思わずベッドの上に直立してしまった。


「で、如何なさいますか?」

 再度、執事が尋ねてくる。

 残念ながら、アタシには選択肢は一つしかなかった。


+++


「うぅ……なんでこんな目に……」


 ”先ずは使用人用の服に着替えなさい”と、執事に差し出されたのは、可愛らしいメイド服だった。

 泣く泣く着替え終わり、部屋の中央の壁に掛けられている姿見で、自分の姿を確認する。


 肩のところとか、フリフリ全開だ。

 ぶっちゃけるまでもなく、アタシには似合っていない。


 肩をがっくりと落として部屋から出ると、そこには執事と、いつの間に来たのかアルフが待っていた。

 アルフはニコニコと元気一杯の様子である。

 昨日はずっとアタシを連れまわして館中を駆け回っていたのに……元気な奴だ。


「ははっ。マイカ、よく似合ってるよ」

 アルフがアタシの格好を見て、にこやかに笑う。

 多分、他意はないんだろうけど、馬鹿にされたように感じる。

 くっ。この餓鬼が……。


「では、仕事を教えますので、付いて来て下さい」

「え? 朝食は……?」


 朝食は三食の内で、一番大事な食事なんですよ!?

 アタシの悲痛な声は――――ジジイの胸には届かなかったみたいだ。


「働かざる者、食うべからず」

「……はい」

 居候の身は辛い。

 泣く泣く、アタシは執事に付いて行った。


 そのアタシの背後から、アルフも楽しそうに付いてくる。

 遊びだとでも思っているのだろうか。

 だとしたら非常に腹立たしい。邪魔だ、あっちに行け。


 連れて行かれた先は、昨日通った館の薄汚れた東廊下だった。

 人手を得たので、これ幸いとアタシに押し付ける気らしい。

「ここの清掃をお願いします」

 執事はそう言うなり、実演込みで手順を説明していく。


 対象は床、壁、窓、そして装飾品。

 掃いて、水拭きして、空拭きする。

 簡単に言うと、この手順の繰り返しだった。

 装飾品だけは、柔らかい布で丁寧に拭いていたが。


 この爺さん。掃除機という文明の利器を知らないのかな。

 今は掃除ロボットすらいる時代よ?

 今時、学生でもなけりゃ、箒なんて使わないでしょうに。

 

 アタシが呆れていると、

「――――宜しいですかな? では、試しに行ってみて下さい」

 執事はそう言って、アタシに箒を手渡してきた。


 その双眸がアタシの一挙一動見逃さない、とでも言うように怪しく光っている。

 アルフも相変わらず楽しげな様子である。


 ……はぁ。しんどい。

 恐らく、少なくとも爺さんは、アタシが何か失敗するとでも思ってるんだろう。

 けど、こう見えて掃除は得意なんだよ。

 …………望んで得たスキルじゃないけど。


 ともかく、アタシは俊敏に、ここら一帯を綺麗にしていった。

 みるみる綺麗になっていく廊下を見て、傍観者の二人は感嘆の声を上げる。


「ほう。思っておりました以上に手馴れておりますな。これなら任せられそうです」

「すごいよ。マイカ」


 執事は冷静な顔で何度も頷き、アルフは手放しで褒めてくる。

 掃除をして褒められたのは初めてなんで、少しだけ照れ臭い。

 ――――全然嬉しくは無いけど。


「では、この区画一帯をお願いします。ああ、二階、三階も忘れずに頼みますよ」

「そ、それって……」

 館の東側全部ってことじゃないのっ!?


 アタシは薄汚れた、広々とした廊下を呆然と見つめる。

 ちなみに、今お試しでアタシが掃除した部分は、東側の百分の一程度。

 もちろん、一階だけでの話である。

 それを三階全部って……どんな拷問よっ!!


「また後で見回りに来ます。ああ、それと装飾品を壊したら……分かってますな?」

 筋肉執事の眼光がを鋭く光る。

 ……勘弁して。


「がんばってマイカ!」

 その隣で、アルフが両拳を握り締めてアタシに声援を送ってくる。

 他人事だと思って……。 


 気分はお姫様から急転直下、使用人に。

 現実は厳しい。



***



 昼になった。

 正確に言うなら、昼頃に違いない。

 ソースは、アタシの腹だ。


 つ、疲れた。もう無理……。

 腕がパンパンデス。

 

 アタシは東口の出入り口付近の窓に寄りかかるようにして、魂の疲れを癒していた。

 そこから何となく外を眺めると、アルフが森の前で、”ドレミファ”達と楽しそうに遊んでいるが見える。


 いい気なもんだ。 

 そう毒づきながらも、何となく視線をやっていた。

 アタシが最後にあんな風に笑ったのは、何時の事だったろうか。

 そんな事がぼんやりと脳裏に浮かんだ為だった。


 ふと。執事が中央の方から歩いてくるのに気付いた。

 執事はノシノシとアタシに近づくなり、成果を尋ねてくる。

「どれほど進みましたかな?」


 アタシは非難の想いを込めて、精一杯疲れた声で返答する。

「……終わったわ」


「何と!?」

 筋肉執事は、初めて怒り以外の表情を見せた。

 それは、驚愕の表情だ。


 してやったり!

 その表情を見たくて、アタシは頑張ってみました。

 というか、それ位しかアタシの心の嘆きを誤魔化す方法が無かったのだけれど。

 ふっふっふ…………虚しい。 


 執事はアタシの成果をチェックしている。

 一階をドカドカと歩いて、やがて東館の端にある階段を昇って、上階に消えていった。


 それから暫くして、執事は再び一階に姿を現し、アタシに近づいてきた。

「驚きましたな。まさか三階まで終えているとは。ただし、完璧とは言いがたいですが」


 あくまで厳しい爺さんだった。

 くっ。仕方ないでしょ!

 この館を掃除するのは初めてなんだし。


「――――まあ、それでも十分及第点はあげられるでしょう」

 相変わらず偉そうな爺さんだ。

 けど、どこか気配が柔らかくなった気がするのは、アタシの気のせいだろうか?

 表情は全く変化ないんだけど。


「ここはこれで十分です。そろそろ昼食にしましょう」

 待ってました!

 アタシは内心喝采を上げる。


「では、貴女は坊ちゃんを呼んできて下さい」

「うえっ!?」


 外を伺うと、アルフがまだ犬っころ達と遊んでいるのが見えた。

 昨日の事を思い出す。

 あいつ等には近づきたくないなぁ……。


 ただ、そんなアタシの気持ちなど、この筋肉執事は気にしてくれる筈もない。

 爺の眉間にピシッと皺が寄る。

「返事は?」

「りょ、了解」


+++


 恐る恐る外に出たアタシは、恐る恐るアルフに声を掛ける。

「ね、ねえ。お昼だって……って、そいつら抑えといて!!」

 アタシは今にも飛び掛ってこようとした犬達を牽制する。


「あ、そうなんだ。分かった直ぐ行くよ。じゃあ皆、ちょっと待っててね」

 アルフの言葉に、犬達は尻尾を振って一吼えする。

 言葉が分かるのか、そのまま近づいて来ようとはしてこない。

 賢い――――のだろう。


 そうして、アルフと連れ立って東口から中に入る。

 館の中に入った途端、アルフは東館の奥までトトトっと走っていった。

 東館の中央くらいまで進んだ後、称賛の声を上げる。


「うわぁ。凄いねマイカ。凄く綺麗になったよ!!」

「ふ、ふん。まあ、当然よ」

 こんな奴でも、褒められて悪い気はしない。

 ――――嬉しくは無いけど。


 再びアルフは戻ってきて、笑顔でアタシに尋ねてくる。

「凄いね、マイカ。どこでこんな事を教わったの?」

「まあ、職場でちょっとね……」


 アタシがそう答えると、アルフは突然驚きの声を上げた。

「ええっ!? マイカ仕事してるの!?」


「まあ……ね」

 歯切れは悪い。

 思い出して…………愉快になるような仕事じゃないから。


 って、そう言えば。

 アタシも気になった事がある。


「それより、アンタは何してるの? 十七歳って言ってたわよね? 学校は? 行ってないの?」

「う、うん…………爺に教わってるから。爺は職員免許も持ってるんだよ」


 まあ、こんな辺鄙な所にあったら、通学は無理かもね。

 ただ、アルフが珍しく沈んだ声で、取り繕うように言ったのが気になった。


「でも、学校でしか学べない事もあるでしょうに……ほら友達とか」

 言ってて寒い。

 アタシのその言葉には何の重みも無い。


「そう、だね……」

 アルフもどうしてか、俯いてしまった。

 気まずい空気が漂う。


「…………まぁ、アンタには、ドレミファとか蛇とかがいるのか」

「え? あ、うん。うん! そうだよ、皆友達なんだ! 他にもまだ沢山いるんだよ!」

 アルフはアタシの取り成すような言葉に、本当に嬉しそうに頷いた。


 別に気を使った訳じゃない。

 気の滅入る顔をされ続けたら、こっちが迷惑なだけ。

 ただそれだけ。

 

 そんな事を考えていたら、アルフが奇妙な事を言ってくる。

「マイカも、もう友達だよ」

「はぁ?」


 意味わかんない。いつそうなった?

 少なくともアタシは聞いてない。


 ただ、アタシが苦情の声を上げる前に、

「ほら、行こうよ!」

 そう言って、アルフはアタシの手を取って駆け出す。

 昨日も、何度こうやって振り回された事か。


「こら、引っ張るなって!!」

 昨日も、何度こう言って叱った事か。 

 悲しいかな、その効力は全く無いようだった。 


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