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マイ・レボリューション  作者: 過酸化水素水子
一章
6/10

5: 館を探検Ⅱ

 

 次にアタシが連れて行かれたのは、館の東にある森だ。

 まず、敷地の中に森があること自体に呆れたけど、そろそろアタシも気付き始めていた。

 ここでは庶民の常識を当てはめて考えることが、そもそも違うって事に。


 ここは別世界なんだ。

 アタシはそう思う事に決めた。

 だから、もう何を見せられても驚いたりはしない。


「……で、こんな森でアタシに何を見せようって言うの? 嫌味のつもり?」

 森は見飽きたと言ったばかりの仕打ちに、アタシは不満の声を上げる。


「ちょっと待っててね。大丈夫。森には入らないから」

 アルフはそう言うと、手に持った笛のようなものを口に咥えて、思いっきり吹いた。

 ピーーという音を想像したんだけど、音は全く聞えなかった。


「何それ? 壊れてんの?」

「ううん。壊れてないよ。もうちょっとだけ待ってね。今来ると思うから……」

 

 来る? 何が?

 アタシが少年の奇行に首を捻っていると――――


 ドドドドドド、という地響きに似た音が聞えてきた気がした。

 一度チラリとアルフを見ると、何やら楽しそうな表情をしている。


 何だコイツ?

 眉を顰めて、アタシは音が聞える方を見つめる。


 やがて、森の中から三匹の白いものが飛び出してきた。

 それは物凄い勢いでこっちに駆け寄ってくる。

「け、毛玉が走ってる!?」

 

 驚いた。

 アタシには毛玉にしか見えなかったそれは、止まらずに走ってきて……アタシに飛び掛ってくる。

 毛玉の身体はアタシと変わらないほどに大きく、それが三匹だったので、抵抗する事も出来ずに、アタシは地面に押し倒されてしまった。

「うきゃあああああああああああ」

 視界が白い毛で覆われる。


 もっふもふだ!

 どこもかしこも、もっふもふ。

 それは冷静なら気持ち良かったのかもしれないけど、こんな状況下で喜べる筈もない――――


「どう? 気持ちいいでしょう?」

 アルフがのん気に声をかけてくるが、それどころじゃない。


 この毛玉たち……重い! 

 そして暑い!

 

「こら、どきなさいっ!! どけって!! 顔を舐めるな!!」

 懸命に押し返すが、三匹いたのではそれも適わない。

 アタシは毛玉たちが満足するまで顔を舐め回されて――――ようやく解放された。



「はぁはぁはぁ……」

「ははっ。マイカ、皆に気にいられたみたいだね」


 喧しい。

 怒鳴りたいけど、そんな力は湧いてこない。

 仕方なく、睨みつけるだけにとどめておいた。


「紹介するね。右からドレ、レミ、ミファだよ。三つ子なんだ」

 毛玉、改め犬っころを次々指差して、名前を教えてくる。

 横に並んだ犬達は、自分の名前が呼ばれるたびに、ウォフ、何て声を上げているけど――――


 はっきり言って、どれがドレ(・・・・)なのか全く分からない。

 三匹とも全く同じ白の毛玉で、首輪も付けてないからだ。

 全く同じ黒いクリクリした瞳が、アタシを興味深そうに見つめている。


「そいつら、ちゃんと抑えときなさいよ!!」

「大丈夫だよ。皆とっても頭が良いんだ。マイカの嫌がることなんて、絶対しないよ」


 押し倒されたのは、非常に嫌だったんですけど?

 アタシのそんな想いは届かない。

 アルフは柔らかく微笑みながら、犬たちの身体を撫で回していた。


 そんなアルフを憎々しげに見つめていたアタシだったけど、突然浮遊感を感じた。

「ほえ!?」

 慌てて下を見ると、足が地面から一メートルほど上がっている。

 そしてそれは更に高度が増していき、二メートル上空まで上がって、ようやく止まった。

 空中で暴れてみるが、どうにもできない。

 

「な、何。何なのよ!?」

 アタシの悲鳴に対しての、アルフの返答はのんびりしたものだった。

「キーサまで来たのかぁ~~」


「何よ! キーサって……」

 尋ねようとして気付いた。

 アタシの腹の辺りに、巻き付いているものの存在に。

 不意に、さっきの白蛇のことが思い浮かんだけど、触った感じはそんな風ではない。

 灰色をしたそれは、触ってみると微妙に温かく、割りと硬質だった。


 何これ?

 その巻き付いているものの後を追うようにして、背後に視線をやる。

 すると、そこには巨大な生物の姿があった。


「象!?」


 見まごうことなど無い、あるがままの象だった。

 とはいえ、実際に実物をこんな近くで見るのは初めてだったけど。


 その象は全長五、六メートルくらいで、耳は丸い。

 アタシの胴に巻きついてるのは、鼻だったようだ。

「そうだよ~~。キーサっていうんだ。女の子だよ」


 アルフの言葉に反応するように、キーサはアタシを軽く上下に揺する。

「や、やめなさい!! は、放して。放しなさいよ!」

 必死に叫んだけど、この象はアタシの悲鳴にはまるで反応しない。

 アタシを玩具か何かだとでも思ってるのか。


「ちょっとあんた! コイツに放すように言って!!」

「そう? 楽しそうなのに……。キーサ。マイカを放してあげて?」


 楽しそうってどっちのこと!? 

 アタシは全然楽しくないんだけど!!

 アルフの言葉は分かるのか、徐々に象の鼻の圧力は緩んでいった。


 助かった。

 と思ったのもつかの間、ここが二メートル上空である事を思い出す。

「ちょっ、地面に下ろしてから――――」


 放して、と告げる前に、象はアタシをその高さから落としやがった。

 当然アタシは落下する事になり、着地に失敗してお尻から落ちてしまった。

 あまりの痛みに声すら上げることが出来ず、もんどりうってお尻を撫で回す。

 果てしなく情けない格好に違いないけど、気にしてるような余裕はない。

 やがて痛みが治まるまで、アタシは暫くそれを続けることになったのだった。



***



「いい!? アタシを襲わないように、あいつらにちゃんと言い聞かせておきなさいよ!!」

「うん。分かったよ」


 象と犬っころ達から逃げるように離れて、アタシ達は再び館に向かっていた。

 獣たちは名残惜しそうに鳴いていたけど、そんなの知った事か。


「でも、みんなマイカの事が気になったみたいだよ」

「頼むから、気にならないで」

 そんなやり取りをしながら、館の東の出入り口から館に入った。

 そして、中央に向かって歩いていると、何か違和感に気付いた。


 何だろう? と考えて周囲を見渡し――――気付く。

 館の正面扉付近は、まるで新築のように塵一つ無く綺麗に掃除されていたが、この東口付近はどうも薄汚れているのだ。

 壁は白い事は白いんだけど、どこか埃に塗れているというか……。

 それは壁だけではなく、装飾品や、足元にも同様の事が言えた。


「どうしたの?」

 キョロキョロ周囲を見回し始めたアタシの様子が気になったのか、アルフが尋ねてくる。

「別に……大した事じゃないわ」

 その返答に、アルフは「そうなんだ」と頷いて、アタシに向かって何やら楽しげに色々話しかけ始める。

 それを適当に聞きながらしながら、アタシは考えていた。


 結局食堂ではうやむやになったけど、この館の他の住人についてだ。

 アルフの言葉からすると、館にはアルフの家族と爺さん以外居ないって事になる。

 確かにそれを証明するかのように、アタシは他の人間の姿を見ていない。

 

 アルフの家族は、どこかに出かけているのかな?

 まあ正直、アタシは不法侵入者なんで、あまり率先して会いたくはない。


 ただ、それにしても使用人が一人だけというのはおかしすぎる。

 大体、この広い屋敷の管理をどうするの――――と考えていたんだけど、もしかしたらこの東口の薄汚れた様子は、そういう事なのかもしれない。

 つまり、本当に一人しかしないから、必要最低限以外の場所には手が廻っていない、って事だ。 

 とは言っても、アタシはまだ他の使用人が居ないって事は、完全に信じちゃいないんだけど。


 大体、警備も儘らないでしょう。

 もし爺さんが有能だったとしても、年中睡眠を取らずにいられる訳も無い。

 必ずどこかで寝ている訳で、そうすろとその間はこの大豪邸の警備はまるで無い事になる。


 アタシは知らなかった・・・・・・・・・・・けど、こんな大豪邸が世にいる泥棒達の噂にならないわけが無い。

 もしかしたら、盗まれまくり、なんじゃ……と、思ってしまう。

 アタシが容易く侵入できた事もあって、余計に。

 警備は甘々なんじゃ?


 その事がどうしても気になり、まだしきりに何かを話しかけてきていた、アルフの話の腰を折って聞いてみた。

「ねえ。この豪邸の警備ってどうしてるの?」

「警備?」


 アルフは突然のアタシの質問に対して、不思議そうに目をパチクリしていたけど、何ら警戒することなく話し出した。

「うんとね。集中管理室ってとこで、管理してるんだよ」

「集中管理室?」

「うん。この家の施錠なんかや、さっき一緒に行った温室の空調とか、外門の開閉とか、そんなのを全部そこで管理してるんだよ」

「へぇーー。どこにあるの? その集中管理室ってとこは」

「地下だよ」


 こんな豪邸なんだ。

 確かに地下室の一つや二つ、あっても何らおかしくない。

 アタシは妙に納得してしまった。


「そこ、ちょっと見てみたいな」

 精一杯可愛い顔を作ってアタシは尋ねてみた。

 ちなみに、毎日鏡の前で、三十分は練習している顔だった。

 こんな豪邸を制御している部屋が、一体どんなところなのか非常に興味がある。


「それは……」

「あ。もしかして機密部屋だったりするの?」

 アルフの表情が珍しく曇ったので、アタシは慌てて確かめる。


「機密? うーーん。良く分かんない」

「どういうこと?」

「その……実は、ボクもその部屋がどこにあるか良く知らないんだ」


 情けない顔でアルフは苦笑する。

 ここの当主しか、知らない部屋、っていうことなんだろうか。

 だとしたら頷ける。


「そう……」

 少し沈んだ声が出る。

 そんなアタシの様子をどう思ったのか、アルフが取り繕うように言った。

「あ、でも。爺なら知ってると思うよ。何なら聞いてみようか?」


「えっ? い、いや……それは良いわ」

 もしその部屋が機密だったとして、あの筋肉執事に尋ねるのは怖すぎる。

 不審者と判断されて、また森に投げ出されたら、もれなく遭難の二文字が待っている。


「そう? じゃあ代わりに他の部屋に案内するよ! 集中管理室なんかより、ずっと面白い場所は、まだまだ一杯あるんだ!」

 アタシが落ち込んでいるとでも思ったのか、アルフは急に大きな声でアタシに提案する。

 そして、アタシの腕をがっちりと掴む。


「へ? ちょ、ちょっと」

 これじゃあ、最初と同じパターンだ。 

 だけどアルフは以後は何を言っても、大丈夫きっと面白いから、の一点張りでアタシの言葉を聞き入れない。


 そのまま、アタシは一日中アルフに連れ回される事になったのだった。


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