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マイ・レボリューション  作者: 過酸化水素水子
一章
2/10

1: 森の奥の大豪邸

 

 どこまで行けば気が済むの……?

 いい加減、足が棒なんだけど。

 この――――


「鬱陶しい森は!!」


 本日何度目かの、雄叫びを上げる。

 そう。今、アタシの目の前には、大森林が広がっている。もとい、大森林しか広がってなかった。

 人海からは、完全に隔絶された深い森だ。


 一応道らしきものはあるんだけど、舗装なんて高尚なものは全くされていない。

 道なんて言うのも、おこがましいような獣道だった。

 

 脇に延々と広がっている森の草木が、偉そうに道に入り込んでいるので、アタシはそれをかき分けながら歩く羽目になっている。  

 

 その所為だろう。

 いや、その所為に違いない。

 ――――アタシは迷っていた。

 

 だってしょうがないでしょう?

 草の所為で、先の地面が全く見えないんだから。

 絶対。アタシじゃなくても迷った筈。


 なんて、責任を森に押し付けたとて、アタシの足の痛みが治まるわけでもなく。

 喉の渇きが潤されるわけでもない。

 

 この暑さの中、かれこれ五時間は歩いている。

 念の為に持ってきた水筒なんて、当の昔に空っぽになっていた。


 邪魔になったんで、腹いせにぶん投げてやった。

 森林保護団体とかから、説教ものの行動だったろうけど、そんなものはクソ喰らえだ!


 そんな使えないモノを、僅かでも持ち歩く余分な力なんてないのだ。

 こちとら、命が掛かっています。

 いや、冗談じゃなく。


 何で、うら若き乙女であるアタシが、こんな事をしないといけないのか…………。 


 ってまあ、それは言ってもしょうがない。

 ともかく、体力尽きる前に辿り着かないと…………。


+++


 更に一時間が経過した。


 いや、マジ、もうやばい。

 ごめんなさい。何に謝ってるのか分からないけど、ごめんなさい。

 ほんと、もう勘弁して。

 流石にこのムシムシした暑さの中、これ以上の行動は死ぬ繋がるわ……。


 アタシは朦朧とした意識で、足を進める。

 全く進まない。

 寧ろ、下がっているような錯覚さえ覚える。

 

 このまま人の訪れない、秘境のような場所で、アタシは一人寂しく死に絶えるんだ……。

 そんな思いが、涙を連れ立って込み上げてくる。


 そして、気付いた。 

 ああ、まだ体の中には、そんな余分な水分があったんだ……ってことに。

 

 ふと笑いが込み上げてきた。

 もちろん可笑しいからの笑いじゃない。オカシイからの哂いだ。


 ――――そんな時だった。

「あれ?」

 目の前の地面が消失した。


 冷静に考えると、地面が消えるわけはないので、急な段差があったのだろう。

 ――――なんてことを思ったのは、一瞬の時間だけだった。


 段差の先は坂になっていた。

 アタシはそのまま転がるようにして落ちていく。


「うひゃあああああああああああ!!」

 悲鳴が、アタシの意図とは関係なく口をついて出る。

 どこにそんな体力が残っていたのか。胸か? 


 ……………………。

 

 そんな余分なスペースは無かったあぁぁぁぁっ…………。



***



 ジリジリとした熱さを頬に感じて、アタシは意識を取り戻した。

 坂を転がる内に、いつの間にか気絶してしまっていたらしい。


「う、うん……」

 ゆっくりと目を開いて――――アタシはまだ夢を見ていると確信した。


 三途の川も、賽の河原も見えないので、どうやらまだ生きているらしい。

 だけどアタシの目の前には、こんな秘境にある訳がない、そんな光景が広がっていたからだ。


 そこは森の木々よりも高い塀に、どこまでも囲われていた。

 固く閉じられた高い門の隙間から見える庭には、あろうことか噴水があり、今もなお水を噴き上げている。

 その庭は、少なくともアタシの視界の範囲では綺麗に刈り取られており、優雅さすら感じられる。

 遥か先に微かに見える邸宅は、端が見えないほど広い。

 ――――そんな、大豪邸だった。


 これは夢ね。


 そう判断したアタシは、それと判断することの出来る、古来から伝わっている唯一の方法を実践する事にした。

 まず右手で右頬を、次に左手で左頬を掴んで――――(おもむろ)(つね)る!


「あいた~~~~~~~!!」

 

 痛かった。

 ってことは……夢じゃない!?


「うそ……」

 アタシの口から思わず呟きが漏れる。

 こんな非常識な場所が、本当にあるなんて……。


 アタシは暫く呆けていたけど……そんな場合じゃないと気付く。

 と、ともかく、中に入ってみよう。


 とりあえず大きな門の前に立ってみたけど、開くわけも無く。

 呼び鈴を探してみたけど、そんなものはどこにも見当たらなかった。


「くそっ……どうやって開けんのよっ!!」

 アタシは思わず門を蹴飛ばした。


 身長は百六五センチ、体重も……うん十五キロのアタシの蹴りが、このデカイ門をどうにか出来る破壊力を持っている訳もない。

 逆に破壊されそうになったのは、アタシの足の方だった。

「~~~っ!!」

 堪らず地面に転がって、足を擦る。


 だけど――――。

 どうだろう。

 まさかアタシには自分も知らない隠された力でもあったのか、巨大な門がゆっくりと開いていったではないか。


 呆然とするアタシの前で、それは徐々に広がっていき――――再び閉まり始めた。


「ええっ!? あわわ!? ちょ、ちょっと待って! 待ってって!!」

 足は痛んだけど、そんな事を気にしている場合じゃない。

 

 アタシは飛び込むように、門の隙間に身を投げだした。

「あつっ!」

 地面で体を打ちつける事になり、息が詰まる。

 何とか持ち直して、振り返ると――――


 そこには固く閉じられた巨大な門があった。

 先程と違うのは、今アタシは門の内側にいるという事だ。

 

「は、はぁ…………。何とか、間に合ったようね」

 ホッと吐息が漏れる。

 一体どんな仕組みだったのかは分からないけど、まあこれで――――


「水が飲める!!」


 アタシの視界には、先に広がっている大邸宅ではなく、涼しげに湧きあがる噴水しか映っていなかった。

 身体に残っていた力を振り絞って、噴水に走る。


 ここは一体どこなのか、とか。

 こんな綺麗に管理されている場所には絶対に人が住んでいる筈だ、とか。

 

 そんな事はどうでも良かった。

 ともかく、水を飲みたい。水を浴びたい。

 その欲求に支配されていたアタシは、噴水の前まで辿り着くと、何も考えずにそのまま噴水に向かってダイブした。


 ばっしゃーん。と、水飛沫が上がる。

 上げたのはアタシだ。

 全身が濡れてしまったけれど、服の替えなんて持ってないけど、そんな事はこの心地よさに比べたら些細な事だった。

 

「ああ~~~生き返る~~~」


 失った水分を、肌から吸収する。

 噴水から落ちてくる水を、口を開いて待ち構えて、ゴクゴクと嚥下した。

 なんというか、体を構成するもの全てが潤っていくのを感じた。


 それから暫く、目を瞑って噴水の中でプカプカと浮かんでいると、ふと顔に影が差したのを感じた。

 

 あの忌々しい太陽が、雲に隠されたのだろうか。

 もしそうなら、アタシが彷徨っている時に、そうして欲しかった。


 その太陽の醜態を見届けてやろうと、薄っすらと目を開けていくと――――何かが見えた気がした。

 再び目を閉じた。そして考える。


 太陽ではない。

 雲でもない。

 もっと、アタシの近くにそれはあった。


 もう一度目を開く。

 ああ――――なるほど。

 アタシは理解した。訂正する必要がある。

 もっと、アタシの近くにそれは――――居た。


 アタシが動かなかったのは、心地よさにもっと包まれていたかったからじゃない。

 アタシが動かなかったのは、動けなかったからだ。


 何せ――――それはアタシの体にグルグルと纏わりついてきた。

 体から足の先まで。

 首が締められていないのだけは幸いだった。


 ――――な~んて……。 

 落ち着いてる場合じゃないっ!!


「うきゃああああああああああああああああああ!!」

 アタシの口から(つんざ)くような悲鳴が漏れる。


 だけど叫ぶのは拙かったのかもしれない。

 叫びに刺激を受けたかのように、それが長い舌をシュルシュルと伸ばしたからだ。先端は二又に割れている。

 

 ――――巨大な、白蛇だった。


 白蛇は吉兆の化身なんて聞いたことがあるけれど、ものにはサイズってものがある。

 十メートルもあろうかと言う様なサイズでは、もはや恐怖以外の何者でもない!


 まさか、アタシを餌だと思ってるんだろうか。

 あ、あんまり美味しくないですよ? 痩せてるし。


 …………そう言えば、蛇は獲物を食べる時は、先ずはグルグルに纏わりついた後に、獲物の骨をバキバキに砕いてから、丸呑みするって聞いたことがあるような……。


 それを思い出した直後、その話を証明するかのように、締め付けの圧力が増していった。

 え? マジで?

 あ、ちょっと、拙いって。痛い。痛いよ?


 白大蛇はふてぶてしい顔を、どことなく嬉しそうに歪めている――――様に見える。

 目を背けたいけど、目がはなせない。

 一秒でも目を逸らしたら、バックリやられる気がしていた。

 

「……アタシの終わりって……こんなのって、なくない?」

 最悪の想像が頭に浮かんだ所為で、アタシの口から嘆きが溢れるようについ出てきた。


 一体、何が悪かったんだろう。 

 水筒を森に投げ捨てた事?

 門を蹴り飛ばした事?

 それとも、無断で人の家の噴水に飛び込んだ事?


「……そんな訳はないよね?」

 掠れる声で蛇に尋ねるが、当然答えは返ってこない。


 もし仮にそうだったとしても、それはしょうがないじゃない。

 だって、無断で人の家の噴水に飛び込んだらいけません、なんて、そんな事誰にも習わなかったしっ!!


 蛇の締め付けがどんどんきつくなっていく。

 ああ。アタシはほんとにここで死ぬんだ……。


 やりたかった事が、走馬灯のように次々と浮かんでいく。

 もっと美味しいものが食べたかった。

 もっと偉くなりたかった。

 そして、あの人ともっと親しくなりたかった……。


 アタシはせめて痛みを感じないように……それだけを願って、静かに瞳を閉じた…………。






「……何してるの?」


 突然人の声が聞えてくる。


「……邪魔しないで」

 アタシはそれに言い返す。


 今ようやく覚悟が完了したのだ。

 人に話しかけられた位で、この境地を邪魔されたくない。

 まったく…………ん?


「話しかけられた?」


 アタシは目を開く。

 目の前には当然蛇の顔があったけれど、その脇に。


「ナーちゃんと遊んでくれてるの?」


 と、嬉しそうに微笑みながら、アタシに尋ねてきた少年が居た。

 金髪で、綺麗な碧眼の、愛らしいという形容が相応しいような少年が。

 その少年は噴水の淵に腰掛けて、アタシを優しく見つめていた――――


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