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大学一年の課題で書いた短編  作者: 戌夜 凪


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「世間体」

先ほどと変わらず、お題は「恩返し」の一人称小説課題。

楽しく書いたのはいい物の、Where is 恩返し要素? となって没にした作品。

 まだ暑さの残る日盛り、お出かけにでもと誘った彼女は、ふっくらとしたお腹をして現れた。

 一月ほど会っていなかったのだから、体型が変わることもあるかと思ったが、首回りや腕回りは以前会った時のまま、弱々しくほっそりとしているのに、腹周りだけが太くなっている様子にとても違和感があった。

 久しぶりとの社交辞令的な挨拶もほどほどに喫茶店へ入った。彼女は「よっこいしょ」とおばさんくさく言いながら、テーブルに手をついてソファー椅子に座った。

 そうして、開口一番に「妊娠した」と重々しく言うのだから、私はとても驚いた。驚いたというよりも、喪失感に近しい何とも言えぬ漠然としたもやもや感があったと言った方が正しいかもしれない。

 相手は誰だ、や、いつからだ、と聞きたかったが、裏切られたような感情を抑え、冷静さを装って、やっとこさ出てきた言葉は「そうか」と短く他人ごとのような返事だった。

 続けて彼女は、一緒に育ててくれないかと言う。産みたくはないが殺したくはない、と。さらにはその相手の男もいないという。そこまで言うと、彼女はおいおいと泣き出してしまった。

 そんな彼女の泣き仕草があまりにわざとらしいように思えて、先ほどまで魅力的に見えていた彼女の事が、途端に醜く浅ましい性を笠に着て生きてきたいやしい女に見えてきた。私は長い沈黙の後に少し考えさせてくれ、とだけ返して、何も頼んでいないけれど千円を置いて足早にその場を後にした。

 苦学生の頃には世話にはなったがそれとこれとは話が別だ。男と女の浅い関係でありたいだけで、子育てだとか結婚だとかそんなものは御免だ。札を置いてきたせいで帰りの電車賃もなくなり、タバコをのみながら私は線路沿いに歩いていた。格好つけてあんな女のために金を置いてくるのではなかった。

 ……いや、しかし、相手の男がいないとなると、ちゃんとした関係でなくてもそういうことをする女なのかもしれない。であれば、金を置いて来たことは一概に悪手であったとも言えないか。寧ろよくやったと言えるくらいだ。

 けれど腹に子がいるままでは、重く、面倒で、望む様な展開にならないことは確定的であろう。殺人者にはなりたくはないが、それが邪魔であることには違いない。

 後日、彼女が私の家を訪ねてきた。彼女は普段よりも一層畏まった口調で私に迫ってくる。

「どうして、結婚してくださらないので? あなただって私に気がないわけではないでしょう?」

 彼女は違う? とでも言いたげにわかりやすく首をかしげる。

「他人の赤子を育てることは私にはできないよ」

「では、子どもがいなかったら結婚してくれるので?」

「付き合ってもいない相手を捕まえて、結婚話を持ち掛けるなど、どうしてそんなにも結婚を急ぐので?」

 私がそのように言うと彼女は口ごもってしまった。

「……覚悟はできているのですよ?」

「その覚悟を見てから考えるよ」

 私がそのように言うと、彼女は肯定とも否定とも取れぬ曖昧な返事をした。もう今にも崩れてしまいそうな彼女の背を見送りながら、約束を取り付けることにならなくてよかった、と安堵のため息をついた。しかし、その翌週には子を下せば結婚してくれるのか? と酷く切迫した声色で電話がかかってきた。今度は私が否定とも取れぬ曖昧な返事をした。

 うだうだと話を初めて果てには罪がどうのと彼女は言い出した、私はもうそんな面倒な話などさっさと切り上げて寝てしまいたかったから、私が一緒に閻魔様に説明でもしてあげますよ、と適当な返事をして電話を切った。

 それから数週間が過ぎてから、私のところに小さな箱が届いた。色褪せたリボンがひと巻き。箱を開けると、綿に埋もれた銀のペンダントがひとつ。

 彼女がいつも左手首に巻いているものだろうと思う。裏面に小さな傷があり、安っぽい光り方だった。箱の底に薄い紙片が折りたたまれていた。

「色々と気をかけて下さったのに、約束は守れなさそうです。これを私だと思ってどうか受け取ってください」

 手紙にはメモ書きの様にそのように書かれていた。殴り書いたのであろうが、彼女の丁寧さはそれでも残っていた。

 翌日、質屋からの帰りコンビニで少々高めのビール缶を買った。昼の公園の空気の中でプルタブを引いた。小気味のいい音がして、泡立つ苦味が喉を滑り落ちていった。うまかった。晴れ空の下、思ったよりも金にならなかったな、と一人ごちった。


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