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見える僕と見えない君  作者: ちび太
第1章

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9/25

「屋根の上のイエモリ」

読んでいただけると幸いです

 その日は、

最初から神社に寄るつもりではなかった。


最近は、

寄らなくても平気な日が増えていた。


それが少し、

大人になったみたいで――

でも、少しだけ寂しい。


***


学校帰り。


曇った空の下、

神社の前を通り過ぎようとして。


恒一は、

ふと足を止めた。


屋根の上。


瓦の隙間に、

何かが張りついている。


「……あ」


見間違いじゃない。


それは、

小さな妖怪だった。


全長は三十センチほど。

姿はヤモリに近いが、

体は半透明で、

薄い水色に淡く光っている。


目は大きく、

黒曜石みたいに丸い。


指先と足先には、

家紋のような薄い模様。


――イエモリ。


家や社に住みつき、

そこを静かに守る妖怪。


害はなく、

人の暮らしのすぐそばにいる存在。


ただし、

人前に姿を見せることは、ほとんどない。


「……やっぱり、いた」


恒一がそう呟くと、

イエモリは、ぴくりと尻尾を揺らした。


逃げない。


でも、

目は合わせない。


境内に入ると、

雨の匂いが強くなる。


「……降りそうだね」


独り言みたいに言う。


イエモリは、

屋根の上でじっとしていた。


瓦に腹をぴったりつけて、

影みたいに動かない。


ぽつ。


雨が落ちる。


ぽつ、ぽつ。


イエモリの体に、

雨粒が当たる。


透明な体を、

水がすり抜けていく。


「……濡れても平気?」


返事はない。


でも、

屋根を伝う水が増えてきた。


恒一は、

本殿の縁側に腰を下ろし、

カバンからタオルを取り出した。


「……ここ、

 水が落ちてくるから」


柱の根元に、

タオルを敷く。


イエモリは、

しばらく動かなかった。


だが――


とん。


小さな音。


屋根から柱へ。


イエモリが、

垂直の柱をするすると降り、

タオルの上に張りついた。


「……あ」


近くで見ると、

体の中に

ゆっくり流れる光が見える。


呼吸みたいに、

一定のリズムで。


「……ありがとう」


言葉にすると、

少し照れくさい。


イエモリは、

こちらを見ない。


ただ、

尻尾の先が

ほんの少し動いた。


***


雨が強くなった頃。


「何してる」


後ろから、

ヒナトの声がした。


振り返ると、

いつもの無表情。


「……雨宿りです」


「そいつか」


ヒナトは、

柱を見る。


「イエモリだな。

 ここを気に入ってる」


「……やっぱり」


「人には、

 滅多に姿を見せない」


「……そうなんですか」


ヒナトは、

少し間を置く。


「お前が、

 害を出さないからだ」


それ以上、

説明はしなかった。


雨音だけが、

境内を満たす。


やがて、

雨が弱まる。


イエモリは、

ゆっくり柱を登り、

また屋根へ戻っていく。


去り際。


一度だけ、

黒い目が

ちらりとこちらを向いた。


気のせいかもしれない。


でも。


恒一は、

確かに見た気がした。


***


帰り道。


空は、

少し明るくなっていた。


靴は濡れている。


でも、

気分は悪くなかった。


何か特別なことを

したわけじゃない。


ただ、

同じ場所で、

同じ時間を過ごしただけ。


それだけで。


神社が、

ほんの少しだけ

「知っている場所」になった気がした。


次回もイエモリ回です

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