「守るということ」
読んでいただけると幸いです
――見えてしまった時点で、
あの子は、もう普通には戻れない。
ヒナトは、神社の拝殿の屋根に腰を下ろし、
夕暮れの境内を見下ろしていた。
風が吹く。
木々が揺れる。
異常は、まだ残っている。
「……間に合ってよかった」
今日、少し遅れていたら。
あの声に、もう一歩でも近づいていたら。
恒一は、
“連れていかれていた”。
(……面倒なことになった)
そう思いながらも、
胸の奥が妙にざわつく。
――まただ。
同じだ。
昔と、同じ。
ヒナトの視線の先には、
誰もいない境内。
だが、
見えない“境界”が、確かにそこにある。
人は気づかない。
妖怪は、知っている。
「……見える人間なんて」
そう呟いて、
ヒナトは目を閉じた。
***
昔から、
ここには時々“見える人間”が来た。
子ども。
迷い込んだ大人。
心に穴の空いた者。
ほとんどは、
すぐに来なくなる。
怖がるか、
忘れるか。
でも――
恒一は違った。
怖がらなかった。
逃げなかった。
それが、
一番厄介だった。
***
境内の端、
古い家のほうから気配がする。
ヒナトは、音もなく降りた。
「……イエモリ」
障子の向こうで、
何かが、きしりと動く。
「今日は、あの子は来ない」
そう告げると、
箒が、そっと立てかけられた。
――分かっている、という合図。
「……すまないな」
ヒナトは、
誰にともなく言った。
守るだけの存在は、
変化を嫌う。
それでも、
恒一は“変化そのもの”だった。
***
川辺に立つ。
水面は、静かだ。
だが、
その下には、別の流れがある。
「……近すぎる」
悪い妖怪は、
完全には消えていない。
声を失っただけだ。
(次は、
もっと巧くやる)
ヒナトは、
そう確信していた。
「……」
拳を、
ぎゅっと握る。
守るには、
距離が必要だ。
近すぎても、
遠すぎても、だめだ。
でも――
(あの子は、
近づいてくる)
息ができるから。
落ち着くから。
そんな理由で。
「……来るな、って言っただろ」
誰もいない空間に、
そう呟く。
けれど、
本心は違う。
(……来なくなるな)
その矛盾が、
胸を締めつける。
***
夕暮れの終わり。
ヒナトは、
境内の中央に立った。
もし次に、
悪い妖怪が現れるなら。
恒一が、
それに気づいてしまったなら。
(……選ばせるしかない)
守られる側でいるか。
それとも――
自分の足で立つか。
「……」
ヒナトは、
静かに空を見上げる。
見えない世界と、
見える世界の狭間で。
また一人、
守るべき存在が増えてしまった。
それが、
怖くて。
少しだけ――
嬉しかった。
次回
恒一のちょっとした成長が




