「近づく気配」
読んでいただけると幸いです
颯太と別れたあと、
恒一はいつもの道を歩いていた。
神社へ向かう坂道。
夕暮れの色はきれいなのに、
なぜか胸の奥が落ち着かない。
「……?」
風が、冷たい。
この季節にしては、
少しおかしい。
境内に入ると、
ヒナトはすでにいた。
けれど、
いつもと違う。
「……遅い」
声が、硬い。
「すみません。今日は少し――」
「いい」
遮るように言われ、
恒一は言葉を止めた。
ヒナトは境内を見回している。
まるで、
何かを探しているように。
「……何か、ありました?」
「ある」
即答だった。
「ここ数日、
匂いが混じってる」
「匂い……?」
「良くないやつだ」
ヒナトは、
川のほうに目を向ける。
「人に見えないくせに、
人の近くをうろつく」
恒一の背中に、
ぞくりとしたものが走る。
「……危ない、ですか」
「大怪我はしない」
ヒナトはそう言ってから、
少しだけ言葉を選んだ。
「でも、
心を持っていかれる」
「心……」
「寂しいやつを狙う」
その一言が、
胸に刺さる。
ヒナトは、
恒一をまっすぐ見た。
「だから言っただろ。
ここに来るな、って」
「……」
「君は、
見えすぎる」
境内に、
重たい沈黙が落ちる。
恒一は、
ぎゅっと制服の袖を握った。
「……それでも」
声が、少し震えた。
「ここに来ると、
ちゃんと息ができるんです」
ヒナトの目が、
わずかに揺れる。
「学校で、
少しだけ話せました」
颯太の顔が、
頭に浮かぶ。
「……人とも」
ヒナトは、
小さく息を吐いた。
「……厄介だな」
「え?」
「離れろって言えない」
そう言って、
視線を逸らす。
「だから――
俺が見る」
「ヒナト……」
「勝手にいなくなるな」
その言葉は、
命令みたいで、
でもどこか、
心配の色を帯びていた。
そのとき。
境内の外、
木々の間で、
何かが動いた。
見えないはずの“何か”。
空気が、
一瞬だけ歪む。
ヒナトが、
すっと前に出る。
「今日は、もう帰れ」
「でも――」
「いいから」
いつもより、
強い声だった。
恒一は、
うなずくしかなかった。
石段を下りながら、
背後を振り返る。
ヒナトは、
まだそこに立っている。
守るみたいに。
見えない何かと、
対峙するみたいに。
その背中を見て、
恒一は思った。
ここは、
ただ優しい場所じゃない。
でも――
それでも、
帰ってきたいと思ってしまう場所だ。
次回ヒナト回です




