「誰もいない家に、誰かがいる」
読んでいただけると幸いです
神社の裏手に、古い家がある。
境内から少し外れた場所に建っていて、
屋根瓦はずれ、障子は破れたまま。
人が住んでいる気配は、まったくない。
恒一は、学校帰りにその前で立ち止まった。
「……前から、ありましたっけ」
「ある」
隣で、ヒナトが短く答える。
「でも、人は戻らない」
家の中から、
――コトリ、と音がした。
「……今、何か」
「いる」
ヒナトは否定しなかった。
「家守だ」
戸口から中を覗くと、
床に散らばっていた木片がきれいに端へ寄せられている。
「……片づけてる」
「それが仕事だ」
奥で、影が揺れた。
人の形に近いが、
顔ははっきりしない。
「こんにちは」
恒一がそう言うと、
影の動きが、ぴたりと止まった。
返事はない。
けれど、
障子の向こうで、風もないのに紙が揺れる。
「……聞こえてる」
ヒナトが小さく言った。
そのとき、
床に転がっていた釘が、
音も立てずに箱の中へ転がった。
「……すごい」
恒一が息を漏らす。
「見せてるんだ」
ヒナトは言った。
「君に」
恒一は、少し迷ってから、
カバンを肩から下ろした。
「……これ」
中から、折りたたんだハンカチを取り出す。
「埃、拭くのに使ってください」
ヒナトが目を丸くする。
「渡すな」
「使わなくても、いいので」
そう言って、
玄関の板の上にそっと置いた。
しばらく、何も起きなかった。
――でも。
ハンカチが、
ゆっくりと畳み直され、
きれいに揃えられる。
まるで「預かる」と言うみたいに。
「……受け取ったな」
ヒナトが、少しだけ驚いた声で言う。
恒一の胸が、温かくなる。
「……また、来てもいいですか」
ヒナトではなく、
家の奥に向かって言った。
影が、ほんのわずかに揺れた。
それだけだった。
「長居するな」
ヒナトが言う。
「この家は、
“待つ場所”だからな」
「……はい」
帰り際、
玄関の靴が、来たときよりきれいに揃っていた。
自分の靴も。
「……ありがとうございます」
小さく言うと、
家の中で、柱がきしむ音がした。
返事の代わりみたいだった。
石段を下りながら、恒一は思う。
誰もいなくなっても、
誰かのために整え続ける存在がいる。
それは、
自分がまだ知らない“人との関わり方”に、
少し似ている気がした。
次はやっと他の人間が登場です




