「それでも、戻ってきた」
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夕方の神社は、少しだけ人の気配があった。
参道の落ち葉は昼間のうちに掃かれたらしく、端に寄せられている。
昼と夜の境目みたいな時間帯で、空はまだ明るいのに、森の奥はもう暗い。
真壁恒一は、石段の下で立ち止まっていた。
――来ないほうがいい。
昨夜の言葉が、何度も頭に浮かぶ。
それでも足は、ここまで来てしまっていた。
「……少しだけなら」
誰に言うでもなく呟いて、石段を上る。
拝殿の前に立った瞬間、背後から声がした。
「……やっぱり来た」
低くて、少し困ったような声。
振り返ると、柱の影にヒナトが立っていた。
昨夜と同じ姿。
同じ場所。
「言ったよな。来るなって」
責める口調ではない。
むしろ、残念そうだった。
「……ごめんなさい」
恒一は素直に謝った。
理由を考えていたはずなのに、言葉にならない。
ヒナトは一瞬黙り込み、頭を掻いた。
「謝られても困るんだけど」
そう言って、少し距離を取る。
「ここはさ、君が思ってるより安全じゃない。
俺みたいなのばっかりじゃないから」
「……悪い妖怪も、いるんですか」
恒一が聞くと、ヒナトはゆっくりうなずいた。
「いるよ。
寂しいやつを見つけるのが、やたら上手いのが」
胸が、少しだけ痛んだ。
ヒナトはそれに気づいたのか、言い方を和らげる。
「だから――君みたいな人間は、来ないほうがいい」
「……でも」
恒一は、思い切って顔を上げた。
「ここにいると、少しだけ楽なんです」
ヒナトの目が、わずかに揺れる。
「学校では、誰とも話さなくて。
家でも、あんまり……」
言いながら、自分がこんなことを口にしているのが信じられなかった。
「ここだと、何も考えなくていい」
沈黙が落ちる。
風が吹いて、木々がざわめいた。
「……そういうのが、一番危ない」
ヒナトは小さく言った。
「楽な場所に居続けると、戻れなくなる」
「戻るって……」
「人間のほう」
ヒナトは恒一から目を逸らした。
「俺は守る側だからさ。
君をここに縛りつけるわけにはいかない」
その言葉は、やさしかった。
だからこそ、胸に引っかかる。
「じゃあ……」
恒一は、少しだけ勇気を出す。
「たまに、話すくらいもダメですか」
ヒナトは驚いたようにこちらを見る。
「……しつこいな」
そう言いながら、怒ってはいなかった。
「毎日はダメ。
夜遅くもダメ」
一拍置いて、付け足す。
「……俺がいるときだけだ」
恒一の胸が、少しだけ軽くなる。
「約束できます」
ヒナトは、あきらめたように小さく息を吐いた。
「……本当に、面倒なやつ」
そう言いながらも、拝殿の柱にもたれかかる。
「少しだけなら、話し相手くらいにはなってやる」
夕暮れの神社で、二人は並んで立っていた。
人には見えない存在と、
人に居場所を持てない少年。
その距離はまだ遠い。
けれど、昨夜よりは確かに近づいていた。
――その影で、森の奥が、わずかに歪んだことを、
恒一はまだ知らない。
ヒナト、ツンデレじゃん(笑)




