「呼ばれた名前」
読んでいただけると幸いです
昼の校舎は、
不思議と音が遠い。
階段の踊り場。
窓から差し込む光が、白く床に落ちていた。
「真壁」
後ろから呼ばれ、
恒一は足を止める。
振り返ると、
颯太が立っていた。
「また一人?」
「……はい」
「最近、ずっとだよな」
軽い口調。
でも、視線は逸らさない。
(ここは……)
空気が、
わずかに歪む。
弱いが、確実に“いる”。
「佐倉くん、ここは――」
言葉は、途中で途切れた。
ぐらり、と。
足元が揺れた“気がした”。
「っ!」
颯太の足が滑る。
「危ない!」
恒一は反射的に腕を伸ばし、
颯太の手首を掴んだ。
体重がかかり、
二人で一段、落ちる。
鈍い音。
「……っ」
「佐倉くん!」
颯太は階段に座り込み、
膝を押さえている。
「大丈夫」
そう言いながらも、
少し顔をしかめていた。
恒一の胸が、強く締め付けられる。
(……やっぱり)
「……すみません」
「だから、なんで真壁が謝るんだよ」
颯太は顔を上げた。
「俺が勝手に転んだだけだろ」
「……違います」
思わず、声が強くなる。
「俺が近くにいたからです」
沈黙。
風が窓を鳴らす。
「それで?」
颯太は、静かに言った。
「だから、離れてたんだな」
「……はい」
「勝手だな」
責める響きはなかった。
「でもさ」
一歩、近づく。
「俺に選ばせてくれよ」
恒一は、言葉を失う。
「危ないなら、言え」
「それでも一緒にいるかどうかは、俺が決める」
しばらく、沈黙。
颯太は、
少しだけ視線を落としてから言った。
「……なあ」
「はい」
「名前で呼んでもいい?」
唐突だった。
「真壁って距離、あるだろ」
恒一は、
一瞬、息を忘れる。
「……」
「嫌なら、やめるけど」
躊躇いのある声。
「……いいです」
やっと、そう答えた。
颯太は、
少し驚いた顔をしてから、
ゆっくり息を吐く。
「……恒一」
その名前が、
胸の奥に落ちた。
「……はい」
声が、
少し震えた。
「じゃあさ」
颯太は、照れたように笑う。
「俺のことも、颯太でいいから」
一瞬の沈黙。
恒一は、
小さく頷いた。
「……颯太」
呼び返した瞬間、
颯太は満足そうに笑った。
「うん」
階段の光が、
二人の影を並べる。
危険は、消えていない。
それでも。
名前で呼ばれた距離は、
もう、元には戻れなかった。
いいですね男同士の友情




