「離れる距離」
読んでいただけると幸いです
昼休みの終わりが近づくと、
教室の空気は自然と落ち着いていく。
恒一は、席に戻りながら前を見ないようにしていた。
颯太の席。
その隣。
そこに向かえば、
いつも通り話しかけられる。
それが分かっているから、
今日は通らない。
一つ手前の列で足を止め、
別の方向から回り込んで自分の席に戻る。
小さな回避。
でも、はっきりとした意図。
(……これでいい)
昼の教室でも、
もう安全とは言えない。
それなら、
近くにいないほうがいい。
「……真壁」
背後から声。
一瞬、
身体が強張る。
「さっきさ」
颯太だった。
振り返ると、
いつもと変わらない顔。
包帯は、もう取れている。
「昼、どこ行ってた?」
「……図書室です」
嘘ではない。
でも、理由は言っていない。
「へえ。珍しいな」
颯太は、
軽く笑った。
「最近、一緒に行かなくなったよな」
言葉は軽い。
でも、視線は外れていない。
「……すみません」
反射的に、そう言ってしまう。
「なんで謝るんだよ」
少しだけ、声が低くなる。
「俺、なんかした?」
「いえ」
即答だった。
「佐倉くんは、何も」
言い切る。
だからこそ、
それ以上は言えない。
「……そっか」
颯太は、
一瞬だけ黙った。
「まあ、いいけどさ」
そう言いながら、
納得していないのが分かる。
チャイムが鳴り、
会話はそこで切れた。
***
放課後。
恒一は、
人の少ない時間を選んで昇降口を出た。
校門の外。
風に揺れる木の枝。
(今日は……大丈夫)
昼に感じた歪みは、
今のところない。
安心しかけた、そのとき。
「真壁!」
呼び止められる。
胸が、
小さく跳ねた。
振り返ると、
颯太が少し息を切らして立っていた。
「一緒に帰ろうと思ったんだけど」
「……」
「最近、タイミング合わないな」
冗談めかした言い方。
でも、目は真剣だった。
「今日は……用事があるので」
「そっか」
短く答えたあと、
颯太は一歩近づく。
「なあ真壁」
距離が、近い。
恒一は、
思わず半歩下がった。
それを、
颯太は見逃さなかった。
「……避けてる?」
空気が止まる。
「いえ、そんな」
否定の言葉は、
どこか弱かった。
「昨日から、ずっと変だぞ」
颯太は、
困ったように笑う。
「心配になるだろ」
その一言が、
胸に深く刺さる。
(だから……)
心配させたくない。
巻き込みたくない。
「……すみません」
また、同じ言葉。
颯太は、
小さくため息をついた。
「真壁さ」
言いかけて、
一度言葉を切る。
「まあ、いいや」
無理に踏み込まない選択。
それが、
逆に重かった。
「でもさ」
颯太は、
背中を向ける前に言った。
「俺、勝手に離れられるのは、あんま好きじゃない」
それだけ言って、
歩き出す。
恒一は、
その背中を追えなかった。
(……これでいい)
そう言い聞かせながら、
胸の奥が静かに痛む。
距離は、
確かに離れた。
でも、
その分だけ。
颯太の存在が、
はっきりと大きくなっていた。
本当にもどかしいよ
颯太あんまり落ち込まないで




