「包帯の手」
読んでいただけると幸いです
昼休み前の教室は、少し騒がしかった。
椅子を引く音。
立ち上がる気配。
昼の始まりを待つ空気。
恒一は、自分の席でノートを閉じた。
視線が、前の席に向く。
颯太の右手。
白い包帯が、
机の上に置かれたままの手首に巻かれていた。
(……やっぱり)
昨日より、はっきりしている。
軽い怪我だと分かっていても、
胸の奥が、きゅっと縮む。
「なあ真壁」
颯太が、振り返る。
「今日さ、昼どうする?」
いつも通りの声。
いつも通りの顔。
「購買でもいいし、
外で食べてもいいし」
「……」
恒一は、一瞬だけ言葉に詰まった。
包帯が、
視界から離れない。
「……佐倉くん」
名前を呼ぶと、
颯太が少しだけ首を傾げる。
「その手……」
「これ?」
包帯を、軽く振ってみせる。
「昨日のやつ。
もう大したことないって」
「……そう、ですか」
安心したいのに、
できない。
あの影が、
頭から離れなかった。
「真壁?」
颯太は、
少し不思議そうな顔をしている。
「なんか、今日変じゃない?」
「いえ……」
否定しながら、
視線が泳ぐ。
そのとき。
教室の後ろ、
窓際の空気が、
わずかに歪んだ。
(……?)
一瞬。
人影のようなものが、
窓の外を横切った。
校舎の三階。
ありえない高さ。
恒一の背筋に、
冷たいものが走る。
「……」
颯太は、
何も気づいていない。
周囲の生徒たちも、
ただ昼の話をしているだけだ。
(昼でも……)
ヒナトの言葉が、
脳裏をよぎる。
――境が薄い場所は、時間を選ばない。
恒一は、
窓から目を離さずにいた。
すると、
歪みは、
包帯の巻かれた手に向かって、
ゆっくりと伸びる。
「……佐倉くん」
声が、低くなる。
「少し、
席を立ったほうがいいです」
「え?」
颯太が、
戸惑った顔をする。
「なんで?」
説明できない。
でも、
今は離すしかない。
「……お願いします」
一瞬だけ、
真剣な声。
颯太は、
それを聞いて、
小さく肩をすくめた。
「分かったよ」
椅子を引いて立ち上がる。
その瞬間。
歪みが、
すっと消えた。
何事もなかったように。
恒一は、
息を詰めていたことに気づき、
ゆっくりと吐き出す。
「……真壁?」
颯太が、
少し心配そうに見る。
「大丈夫か?」
「……はい」
大丈夫ではない。
でも、
颯太の手は、
もう狙われていない。
恒一は、
胸の奥で静かに決めた。
(今度は……)
今度こそ、
見ているだけでは終わらせない。
昼の教室で、
確かに何かが動き始めていた。
もう颯太に妖怪が見えるって言いなよ
もどかしい




