「昼の階段」
読んでいただけると幸いです
昼前の校舎は、どこかざわついていた。
授業と授業の間。
廊下を行き交う足音と笑い声が、重なって響く。
恒一は、颯太と並んで階段を下りていた。
少し前を歩く背中。
距離は近いはずなのに、恒一は半歩分だけ後ろにいる。
「なあ真壁、今日の昼どうする?」
颯太が、気軽な調子で振り返る。
「購買行く? 新しいパン出たらしいけど」
「……そうなんですね」
恒一は、そう答えるだけだった。
(まただ)
自分でも分かっている。
距離を取っているのは、自分のほうだ。
理由は、言えない。
踊り場に差し込む昼の光。
明るいはずのそこに、恒一の視界だけが違和感を拾った。
影。
壁に張りつくような、濃い影。
(……いる)
喉が、ひくりと鳴る。
「佐倉くん」
思わず、声が出た。
「ん?」
颯太が振り返った、その瞬間。
影が、階段の縁に滲み出た。
「危――」
言葉は、最後まで届かなかった。
颯太の足が、空を踏む。
「うわっ」
身体が前に流れ、
鈍い音とともに手が階段についた。
「っ……」
周囲の視線が集まる。
恒一は、駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか、佐倉くん!?」
颯太は一瞬だけ顔をしかめ、
すぐに、いつものように笑った。
「平気平気」
手のひらには、擦り傷。
血が、少し滲んでいる。
「ほら、このくらい」
「……」
「真壁のせいじゃないから」
その言葉が、胸に突き刺さる。
(違う)
でも、言えない。
影は、
颯太の怪我を一度だけ確かめるように見て、
階段の下へ溶けるように消えた。
誰にも、見えないまま。
「……すみません」
恒一の口から、勝手に言葉が落ちた。
「え?」
颯太が、不思議そうに首を傾げる。
「なんで真壁が謝るんだよ」
「いえ……」
それ以上、続けられなかった
「ちょっと保健室行ってくるわ」
颯太は、何でもないように言う。
その軽さが、
恒一には重かった。
階段を下りきっても、
恒一の胸はざわついたままだった。
昼の校舎は、
何事もなかったように動いている。
でも恒一は、
一度だけ振り返る。
影がいた場所。
明るい。
普通だ。
(……僕のせいだ)
声にできない思いを抱えたまま、
恒一は颯太の少し後ろを歩いた。
その距離を、
まだ縮められずに。
ついに昼間にも現れちゃうんだね




