近づかない灯り
読んでいただけると幸いです
夜の道は、
静かだった。
街灯はまばらで、
家と家の間には暗がりが残っている。
クロギは、
その影の中を歩いていた。
足音は、
ない。
地面に触れているのに、
踏みしめる感覚がない。
「……ここだな」
小さな家。
古くて、
新しくもない。
庭先には、
手入れされた植木。
窓から、
薄い光が漏れている。
夕餉は、
もう終わった頃だ。
クロギは、
一歩、近づく。
その瞬間。
――温い。
不意に、
空気の質が変わった。
「……」
胸の奥が、
ざわつく。
嫌な感覚じゃない。
むしろ――
懐かしい。
クロギは、
眉をひそめる。
こういう家は、
久しく見ていない。
拒む結界もない。
祓う力もない。
それなのに。
「……入れない」
足が、
止まる。
家の中。
台所の灯りが消え、
廊下の電球だけが残っている。
その奥に、
気配がある。
強くはない。
でも、
揺るがない。
「……人間、か」
年老いた人間。
見えるわけでも、
感じ取っているわけでもない。
ただ――
そこに、いる。
クロギは、
歯噛みする。
「……なぜだ」
拒絶されていない。
なのに、
踏み込めない。
この家には、
線が引かれている。
見えない線。
「……守っているのか」
誰かを、
ではない。
この家そのものを。
静かな生活を。
当たり前の夜を。
クロギは、
窓の向こうを見つめる。
そこには、
少年の部屋。
灯りは、
もう消えている。
「……あの子」
見える子。
境界に立つ子。
だが、
ここでは――
ただの孫だ。
クロギは、
気づく。
この家では、
恒一は“特別”ではない。
選ばれた存在でも、
異質でもない。
ただ、
帰ってくる子。
それが、
ひどく――
「……羨ましいな」
ぽつりと、
零れる。
怒りは、
ない。
妬みも、
薄い。
あるのは、
理解できてしまったという感情。
「……だから、
壊せない」
クロギは、
一歩下がる。
夜の闇が、
再び体を包む。
「……あの家に、
触れたら」
きっと、
自分は――
戻れなくなる。
クロギは、
背を向けた。
去り際、
もう一度だけ振り返る。
廊下の灯りが、
消える。
完全な闇。
それでも、
家は温い。
「……次は、
あの子だ」
そう呟き、
クロギは夜に溶けた。
家は、
何も知らないまま。
静かに、
朝を待っている。
婆ちゃんの愛スゲェー




